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メンヘラオジサン、戦国で飯屋を始める ~戦えない俺は食と金で成り上がる~  作者: メンヘラオジサン【監視アカウント】


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伊勢の港の端で横丁が始まる。ふるまい飯を受け取ってもらい安堵する。あいさつ回りをし、陸路で帰る前に古参集に色々アドバイスする

伊勢の港の端に、仮の竈が組まれた。

松坂から持ってきた鍋、油、味噌だまり、塩、笹包み、焼印を押した木箱。港で借りた水と薪。

魚を捌く台も、風下に置いた。

博之はまず、港の顔役や近くの者たちへ向かって深く頭を下げた。

「本日より、うちの者がお世話になります。伊勢松坂屋の博之でございます」

 紋付き袴を着た古参たちも、それに合わせて頭を下げる。

「今日は顔見せも兼ねて、松坂の港で作っている飯を持ってまいりました。

 少し新しい食べ方ですので、怖いところもあるかもしれませんが、松坂ではたいへん好評を

いただいております。毒が入っているとか、怪しいものではございません」

 港の者たちの何人かが、少し笑った。

 博之は続けた。

「本日のみ、少しずつ振る舞わせていただきます。周りの皆さんがご商売されている中で、

 ただ飯を配り続けると角が立ちますので、今日だけでございます。よければ足を止めて、

 少し食べていただけたらありがたいです」

 その間にも、下の者たちは持ってきた料理を温め直していた。

 大鍋には、鮪の煮込み汁。赤身の端を、ねぎ、生姜、大葉、味噌だまりで煮込んだものだ。

 隣では、すり身の天ぷらを揚げ直している。アジやイワシの小魚を捌き、

 内臓や血合いを丁寧に取り、すり潰して香りをつけ、菜種油で揚げたもの。

 串に刺した団子状のものもあれば、平たく揚げたものもある。

 女衆は慣れたものだった。

「どうぞ、少しだけですが食べていってください」

「こちら、鮪の汁物です。よく火を通しております」

「こちらは魚のすり身を揚げたものです。熱いのでお気をつけください」

 ちゃきちゃきと動き、声をかけ、椀を渡し、串を差し出す。

 飯を作る者たちも無駄がない。鍋を見る者、椀を並べる者、油を見る者、使った器を下げる者。

 松坂で仕込んだ古参だからこそ、初めての土地でも慌てすぎずに動けていた。

 博之はそれを横目で見ながら、胸の中で小さく頷いた。

 まずは飯を受け取ってもらえるか。

 そこが第一だった。

 一人、また一人と、港の者たちが椀を受け取る。最初は警戒していた男も、

 九鬼方の家臣が横にいるのを見て、少し安心したように近づいてくる。

 博之は、特に鮪の汁物に口をつける瞬間を見逃さなかった。

 鮪は怖がられる。

 臭いと思われる。

 食えぬものだと思われる。

 だから、最初の一口が勝負だった。

 港の中年の男が、椀を口に運んだ。

 すすった。

 少し沈黙した。

 そして、顔を上げた。

「……これ、うまいな」

 博之の肩から、わずかに力が抜けた。

「ありがとうございます」

「でも、あれやろ。鮪の端やろ。捨てるようなもんやないのか」

「そこなんです」

 博之はすぐに前へ出た。

「そのままでは食べにくいところです。ですので、血の臭いところ、脂のきついところは

 抜いております。使える赤身を、ほろほろになるまで煮込み、生姜、大葉、ねぎで臭みを

 抑えております」

「へえ」

「この食べ方は、松坂の九鬼様の館でもたいへん好評をいただきました」

 ここぞとばかりに、博之は九鬼の名を出した。

 港の者たちの顔が少し変わる。

「九鬼様のところで出したのか」

「はい。海に強い方々にも食べていただき、これなら港飯になるとお言葉をいただいております」

「なるほどな。そら試す価値あるわ」

 別の男が、すり身天の串を手に取った。

「これは何や」

「アジやイワシなどの小魚を使っております。内臓や血の臭いところを取り、すり潰し、

 香りをつけて、菜種油で揚げました」

「魚を団子にしたんか」

「はい。身が小さくても、端の身でも、こうすれば食べやすくなります」

 男は串をかじった。

「熱っ……でも、うまいな」

「飯にも合います」

 女衆がすかさず横から言う。

「塩を少し足しても、大根おろしと合わせてもよいです」

「よう喋るな」

「飯屋ですから」

 その受け答えに、港の者たちが笑う。

 少しずつ、人が増えてきた。

「何や、ただで食えるんか」

「今日だけです」

「この鮪のやつ、うまいらしいぞ」

「すり身の揚げもんもある」

「九鬼様のところで出した飯らしい」

 噂は港では早い。

 博之はすぐに古参へ声をかけた。

「出しすぎるな。少しずつや。今日は顔見せやからな」

「はい」

「鮪は椀を小さめに。すり身天は一人一本。あら汁はまだ出すな。混ざる」

「分かりました」

 女衆たちも声を揃える。

「今日だけでございます」

「今後はお店で出しますので、また寄ってください」

「場所は港の端でございます」

「伊勢松坂屋でございます」

 同じ口上を繰り返しながら、確実に名を残していく。

 やがて、用意した分はほとんどはけた。

 博之は港の様子を見回し、静かに息を吐いた。

「まずまずやな」

 ヨイチが横に来る。

「上々でしょう」

「まだ分からん。明日から金を取って食うかどうかや」

「でも、最初の一口は勝ちました」

「それは大きい」

 振る舞いが終わると、博之は残る古参たちを集めた。

「ここからはお前らで回す」

 皆、真剣な顔になる。

「魚の仕入れは、顔役と漁師に筋を通せ。値を叩きすぎるな。高く買いすぎるな。

 誰から何をいくらで買ったか、必ず書け」

「はい」

「調味料は、一通り松坂から持ってきてある。味噌だまり、塩、生姜、大葉、油。けど、

 全部松坂頼みにするな。地元で買えるものは探せ」

「分かりました」

「鮪は毎日出すな。入った日だけや。量が多ければ、売る分、まかない、炊き出し、

 全部分けろ。臭いと思ったら使うな」

「はい」

「すり身は下処理を雑にするな。内臓と血の臭いところを取らなかったら、一発で嫌われる」

 博之は一人一人を見る。

「買い付けの銭は置いていく。しばらくはこれでやってみろ」

「旦那様は」

「俺は寺社と神社を回る。ここで商売する以上、港だけに頭を下げても足りん」

「いつ戻られますか」

「挨拶が終わったら、いったん松坂へ戻る」

 古参たちの顔に少し緊張が走る。

 博之はそれを見て、少し笑った。

「怖いか」

「少し」

「怖いぐらいでちょうどええ」

 さらに博之は続けた。

「それと、湯あみや」

「湯浴みですか」

「そうや。この辺で頼れる湯浴み屋を探せ。うちの者が通って迷惑にならんところや。

 女衆が安心して行けるところも見ろ」

「無理なら?」

「残してる銭で、簡易の湯あみを作れ」

 皆が少し驚いた。

「男と女を分けるか、時間で分けるか、日で分けるかは任せる。最初から畳敷きの高いものを

 作らんでええ。けど、身体を洗える場所はいる」

「松坂と同じですね」

「松坂と同じや。飯と寝床だけでは続かん。湯浴みがあると、人は残る」

 博之は最後に、港の端に立つ仮の横丁を見た。

 まだ粗い。

 まだ頼りない。

 だが、火は入った。

 鮪の汁を飲んだ者が「うまい」と言った。

 すり身天を食べた者が、もう一度こちらを見た。

 それだけで、最初の楔としては十分だった。

「ここを、伊勢の港の伊勢松坂屋にする」

 博之は静かに言った。

「焦るな。けど、止まるな」

 古参たちは揃って頭を下げた。

「はい」

 博之は頷き、ヨイチに目を向けた。

「ほな、寺と神社を回るぞ」

「また挨拶ですね」

「それが一番大事や」

 港の端では、まだすり身天の香りが残っている。

 伊勢松坂屋は、伊勢の港で最初の飯を配り終えた。

 ここからは、飯と帳簿と挨拶で、この土地に根を張っていく番だった。

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