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一週間順調かと思いきやトラブルも引き寄せる。課題をひとつづつ潰していく。女の給仕さんを雇う

そこからの一週間は、順調すぎるほど順調だった。

豚汁は途切れず売れ、団子も軒先で回る。昼には客が並び、夕方には売り切れる。

ヨイチももう一人の子も、役割を覚え、手が回るようになってきた。

――うまくいきすぎやな。

博之は鍋をかき混ぜながら、そう思う。

うまくいくと、人が寄ってくる。

それは客だけじゃない。

「おい、この辺で商売しとるんやろ」

ある日の昼、見慣れない男が声をかけてきた。

腕を組み、こちらを見下ろしている。

「うちの顔、立てに来いよ」

 ――来たか。

 広行は軽く息を吐く。

「何の話や」

「何って、わかるやろ」

男はにやりと笑う。

要するに、縄張りだ。顔出しだ。あるいは金だ。

博之は鍋を止めずに答える。

「今は手ぇ離せん。また今度や」

男は舌打ちしたが、それ以上は何も言わずに去っていった。

その代わり、別の日にはこういうのも来る。

「腹減っとるんや。食わせろや」

銭も出さずに言ってくる男。

博之は首を振る。

「働け。そしたら食わせる」

「ケチくさいこと言うなや」

声が荒くなる。

空気が少し張り詰める。

 ――ここで引いたら終わりや。

広行は目を逸らさない。

「出すもん出すか、働くか。どっちかや」

しばらく睨み合いが続いたが、やがて男は舌打ちして去っていった。

その様子を見て、ヨイチがぽつりと呟く。

「……怖いな」

「ああ」

博之も素直にうなずく。

「そのうち、もっと面倒なんも来る」

「……どうするんや」

「どうもせん。今はな」

だが、頭の中では別のことを考えている。

――用心棒、欲しいな。

暴力沙汰になりかける場面が増えてきた。今は運よく引いてくれているだけだ。

いつか、本当にぶつかる。

もう一つ。

――人手も足りん。

仕込み、販売、掃除、薪。三人ではギリギリだ。

その日の夜、広行はヨイチと話す。

「なあ」

「なんや、旦那」

「あと二人は欲しいな」

「二人?」

「一人は雑用や。薪と掃除。飯食わせるだけでもええ」

「……うん」

「もう一人は、愛想のええやつや」

ヨイチが首をかしげる。

「愛想?」

「客と喋れるやつや。場が柔らかくなる」

 少し間を置く。

「できれば女がええ」

「……なんで?」

ヨイチが素直に聞く。

広行は苦笑する。

「男ばっかやと、どうしても荒くなる」

「……ああ」

「それに、客も増える」

 ヨイチは少し考えてからうなずいた。

「用心棒は?」

「欲しい。でも優先は低い」

 広行は薪を見ながら言う。

「変なやつ入れたら逆に壊れる」

「……せやな」

「世話役みたいなんが先や」

ヨイチは納得したようにうなずいた。

「でも旦那」

「なんや」

「侍来たら、どうするんや」

広行は少し笑う。

「出すもん出すしかないやろ」

「……やっぱ怖いな」

「ああ」

短く答える。

そして続ける。

「だからな、読み書きと計算や」

「またそれか」

「銭の流れが見えたら、もう一段上に行ける」

 ヨイチは首をかしげる。

「寺の話もそれや」

「……なるほど」

「人数増えたら、教えるやつ雇うのもありや」

 広行はふっと笑う。

「教室や。飯屋の横でな」

「……なんかすごいな」

「先の話や」

そう言って立ち上がる。

「まあ、もう一週間や」

「うん」

「回し続けるしかない」

そんな話をしていた数日後だった。

店に、よく顔を出す女がいる。

背が高く、しっかりした体つき。口も達者で、客とも自然に会話している。

――ああいうのや。

博之は鍋を見ながら決めた。

客が引いた頃、声をかける。

「なあ」

「なんや?」

「昼だけでええ。手伝わんか」

 女は少し驚いた顔をした。

「手伝い?」

「日当は五十文」

 言ってから、少し間を置く。

「……いや、飯付きで三十文でもええ」

 女は少し考えたあと、あっさりと言った。

「それでええで」

「ええんか」

「昼だけやろ?」

「ああ」

「ほな、やるわ」

博之は軽くうなずいた。

「助かる」

 ヨイチが横で小さく呟く。

「……すぐ決まったな」

「こういうのは早い方がええ」

 博之は火を強める。

 新しい風が、少しずつ店に入り始めていた。

 ――広がるな。

 そう思いながら、博之はまた鍋をかき混ぜた。

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