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北畠様のあとに九鬼水軍に挨拶に行く。飯の話で大きく盛り上がり、マグロの食べ方を提案する。捨てるものが銭になる可能性に先方も興味を引く

翌日、博之は九鬼水軍の方へ年賀の挨拶に向かった。

正月の品と、弁当、握り飯。さらに、港横丁で仕込ませた少しばかりの料理も持たせる。

道すがら、街道沿いの店にも顔を出した。

「明けましておめでとう。今年も頼むで」

「旦那、おめでとうございます」

「寒いから、火の番だけ気をつけろよ」

 港に近づくと、九鬼方のお膝元にある横丁にも寄った。魚の匂いと、あら汁の湯気と、

すり身串を炙る香ばしさが混じっている。

「今年も、ここは大事や」

 博之は横丁の者たちにそう言った。

「港の飯は、松坂の飯とは違う。魚を無駄にせんように、よう見とけ」

 そして九鬼方へ向かった。

 通されると、九鬼方の家臣は機嫌よく迎えてくれた。

「お、来たか。明けましておめでとう」

「明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします」

 博之は深く頭を下げた。

「去年はようやってくれたな」

 家臣は笑った。

「特に年末の炊き出しと、あれや。魚のすり身の団子。あれには驚いたぞ」

「ありがとうございます」

「値にもならんような魚が、あんな食い方になるとはな。港の者も面白がっておった。

 今年も、ああいううまいやり方を見せてくれ」

 博之は少しだけ目を輝かせた。

「実は、気になることはいくつかございます」

「なんや」

「まず、海老でございます」

「海老?」

「伊勢海老の殻、頭、尻尾。あのあたりを砕いて、一度出汁を取ってみたいのです」

 家臣は腕を組んだ。

「ほう。身ではなく殻か」

「はい。身は当然、高く売れます。けれど、殻や頭にも香りがあるはずです。煮出して、

 野菜出汁や小魚出汁と合わせれば、あら汁の強化に使えるのではないかと思っております」

「なるほどな。尻尾や頭を汁に使うわけか」

「はい。松坂の郊外や街道では無理です。けれど、港横丁なら、その日に出た殻をその日に煮られます」

 博之は続けた。

「それと、鮪でございます」

「鮪?」

 家臣は少し顔をしかめた。

「あれは脂が強すぎる。傷みも早い。捨てることも多いぞ」

「そこです」

 博之は頷いた。

「脂のきついところは難しいです。衛生のことを考えても、無理なものは無理です。

 けれど、赤身や、売りにくいところを大鍋で煮てみたいのです」

「煮る?」

「はい。小魚の出汁、野菜の出汁、味噌だまりの上澄み。そこに、

 ねぎ、生姜、大根を入れて、鮪をほろほろになるまで煮る」

 家臣の目が少し細くなる。

「臭みはどうする」

「生姜とねぎで抑えます。大葉も使えるかもしれません。焼くより、煮る方が安全です。

 港の男衆が食う大鍋飯にできるのではないかと」

「正月早々、面白いことを考えるな」

 家臣は笑った。

「つまり、また捨てるものを飯に変える気か」

「はい」

「錬金術やな」

「港だけの錬金術でございます」

 博之は頭を下げた。

「保存を考えれば、町場や郊外には出せません。港で仕入れて、港で煮て、港で食わせる。

 漁師飯としてなら、いけると思っております」

「火を通せば、確かに話は変わるか」

「はい。生でどうこうする気はございません。必ず煮ます」

 家臣は面白そうに頷いた。

「他にもあるのか」

「ウナギとアナゴも、いろいろ試したいと思っております」

「どんどん出てくるな」

「飯のことになると、どうにも止まりません」

 家臣は大きく笑った。

「やっぱり、お前を料理頭にすべきやったかな。脅してでも」

「いやいやいや、私が抜けたら、皆が路頭に迷います」

 博之は慌てて両手を振った。

「うちは三月まで無一文の者が、文字もろくに読めない者たちを拾って、ここまでやってきた店です。

 今でも、挨拶回り一つ満足にできない者もおります」

「そうなのか」

「はい。この前も、津方面の街道に小さな拠点を作らせたのですが、

 近所の寺社への挨拶をろくにしておらず、慌てて私や古参が行って、頭を下げてきました」

 家臣は少し意外そうに聞いていた。

「店を作って飯を売るだけでは、土地に根づけません。寺社仏閣、漁師の方、近くの店、顔役。

 そういう方々に挨拶して、飯を持っていき、少し寄進をする。そういうことを紙に書いて、

 ようやく教えているところです」

「なるほどな」

 家臣はしみじみと言った。

「博之も博之で、困っておるのやな」

「かなり困っております」

「飯の才は抜群やが、伝えるのは難しいか」

「はい。私一人で分かっていても、皆ができなければ意味がありません。料理も、挨拶も、

 帳面も、全部教え込まないと、手が離せないのです」

 家臣は少し笑った。

「わしも漁師を束ねておると、思うように伝わらんことはある。まさか飯屋と

 そんなところで通じ合うとはな」

「恐れ入ります」

「だが、その飯の考え方は面白い」

 家臣は、浜すり身串を一本取って眺めるような仕草をした。

「魚の端、あら、海老の殻、鮪の端。お前は、みんなが捨てるものを見て、飯を考える」

「捨てるには惜しいので」

「そこがよい」

 そして家臣は、少し声を落とした。

「次に、その鮪の食い方を形にして見せてくれ」

「はい」

「うまくいったら、伊勢と津の港の話、もう少し通してやる」

 博之は思わず顔を上げた。

「本当でございますか」

「港で飯屋を出すなら、魚をうまく扱える者は重宝する。お前の飯が評判になるなら、

 こちらにも得がある」

「ありがとうございます」

「その代わり、うまい飯を食わせろ」

「もちろんでございます」

「正月の挨拶は受けた。今年もよろしく頼む」

 博之は深く頭を下げた。

「本年もよろしくお願いいたします。鮪の鍋、港横丁で必ず試してみます」

 帰り道、潮風が冷たかった。

 ヨイチは横でくすくす笑っていた。

「旦那、ほんま飯のことに関しては天才的ですね」

「飯だけや」

「その飯だけで、伊勢と津の港の口利きまで引っ張ってるんですから、十分です」

 博之は少し照れたように鼻を鳴らした。

「これがうまくいったら、早々に伊勢と津に横丁できてしまうかもしれんな」

「できますよ、多分」

 ヨイチは言った。

「旦那、鮪の食い方、もう頭の中ではできてるんでしょう。あの話しぶりなら」

「できてる」

 博之はあっさり答えた。

「大鍋や。鮪の赤身の端を入れて、ねぎと生姜を山ほど入れる。小魚出汁と野菜出汁で煮る。

 味噌だまりで味を整える。臭みが出る前に、港でその日のうちに食わせる」

「やっぱりできてるやないですか」

「でも、港町に横丁を出すには、根回しがいる」

 博之は言った。

「寺社に挨拶せなあかん。漁師にも顔を立てなあかん。土地の者に飯を配らなあかん。

 人も育てなあかん」

「そこが時間かかりますね」

「そうや」

 博之は少し息を吐いた。

「だから、まだ出すタイミングは先や。でも、準備はする」

 そして、空を見上げた。

「俺一人で知識を持っててもしゃあない。料理も、商いも、挨拶も、皆ができんと意味がないやろ」

 ヨイチは静かに頷いた。

「次は、お披露目会ですか」

「やる」

 博之は即答した。

「鮪のねぎ鍋、海老殻出汁の港汁、ウナギとアナゴ。皆に食わせて、作り方を覚えさせる」

「また年明けから忙しくなりますな」

「飯屋やからな」

 博之はそう言って笑った。

 松坂港の向こうに、伊勢湾が広がっている。

 その海の先に、伊勢があり、津があり、さらに遠くの港がある。

 魚の端から始まった飯の道は、今年もまた、少しずつ広がろうとしていた。

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