博之45歳。四月二週目、信楽焼の工房を巡る
信楽で一日ゆっくり話をした翌朝。
博之は、昨日知り合った職人や土地の者に案内されながら、信楽焼の工房を一つずつ
見て回ることにした。
「これが一級品です」
「ほう……」
形が整い、焼き色も美しい。
触ってみれば、確かに昨日見せてもらった器とは違う。
「こういう物は、大名家や寺社、それなりの商家へ出します」
「なるほどなあ」
博之は頷く。
ところが、その横に積まれている器の方が気になった。
「こっちは?」
「それは若い者の練習物です」
「これが?」
一枚手に取る。
少し歪んでいる。
色も一級品ほど揃っていない。
だが、飯を盛れないわけではない。
「十分やん」
「いやいや。まだ修行中の物ですから」
「これで飯出されたら、施しに来た人めちゃくちゃ喜ぶで」
職人が苦笑した。
「大旦那は、また妙なところへ目を付けますな」
「何で?」
「普通、一級品見たらそっちの美しさを褒めるもんです」
「いや、それも分かるよ」
博之は一級品を指差す。
「こういうのは偉いさんへの贈答にええ」
奈良の寺。
京都郊外で世話になった者。
山科の縁筋。
場合によっては大名家。
「挨拶行く時に、ええ器持ってく意味ぐらい俺も分かってる」
「それなら安心しました」
「でも俺、基本は根なし草のおっさんやからな」
「またそれ言います?」
「みんなが高いもんありがたがるなら、俺ぐらい安い方ありがたがってもええやろ」
「変わってますな」
「実用的と言うてくれ」
別の工房でも同じだった。
博之は一級品を見て感心する。
しかし、そのあと必ず練習品の山を覗き込む。
「これ捨てる?」
「売れなければ」
「もったいないなあ」
伊勢松坂屋なら使い道はいくらでもある。
飯場。
賄い。
新しい拠点。
炊き出し。
比叡山の時のように、大勢へ飯を出す場面。
「器なんか、一級品である必要ない場面の方が多いねん」
「確かに」
「ほんで使った人が『これ何です?』言うたら、『信楽焼です』って言える」
「宣伝にもなる」
「そうそう」
ただし、博之は何度も念を押した。
「安いからって作りすぎたらあかんで」
「はい」
「信楽焼の名前に傷ついたら、うちも困る」
伊勢松阪屋は、すでに信楽焼の商いに助けられている。
伊勢方面では信楽の名を聞いて欲しがる者も多い。
「信楽では珍しくないかもしれへんけどな」
「地元ですからな」
「でも伊勢、京都、堺。この辺は金持ってる人おるやろ」
高い品を欲しがる層は確実にいる。
逆に瀬戸へ行けば瀬戸焼がある。
「瀬戸の人からしたら信楽はどうなんやろな」
「逆に信楽では瀬戸の物が珍しいですしな」
「そうそう。そこら辺の力関係は俺もよう分からん」
だからこそ、供給しすぎない。
高級品の値打ちは守る。
しかし練習品を捨てるのも惜しい。
「そこだけうちが拾う」
「若い者にはありがたいです」
「小遣いにでもなったら、うまいもん食ってくれ」
「大旦那らしいですな」
そんな調子で工房を何軒も回っていると、案内役が苦笑した。
「大旦那」
「何?」
「あんまり全部見て回ったら、今日終わってしまいますよ」
「それ先言うてくれよ!」
「楽しそうでしたから」
「いや、ええもんいっぱいあるねんもん」
この皿もいい。
この壺も面白い。
この焼き色も好きだ。
「あれも欲しい、これも欲しいってなるな」
「では買います?」
「いやいや。俺が買うんちゃう」
「え?」
「買い付け隊に任せる」
博之が一つ一つ欲しいと言い始めたら、基準がおかしくなる。
「俺は仕組みだけ作ったらええねん」
「珍しく大旦那らしいこと言いましたな」
「珍しくは余計や」
昼を過ぎたころ、今後の旅程の話になった。
「このあと草津方面へ行く」
「京都へ?」
「京都の町中には今回は入らんかな」
京都郊外を見て、大津。
坂本。
比叡山周辺。
さらに北へ。
「できたら今津の先も見たい」
「敦賀まで?」
「そこまで行けたらおもろいなと思ってる」
職人が目を丸くした。
「信楽焼、敦賀まで持っていったら面白いかもしれませんな」
「俺も今それ思った」
北陸まで行けば、また客層が違う。
「朝倉様なんか名門やろ?」
「ええ」
「そら器欲しがる人もおるんちゃう?」
「あり得ますな」
「北の方で信楽焼がどれぐらい知られてるか、俺もまだよう知らんし」
信楽から京都。
伊勢。
堺。
熱田。
さらに北へ敦賀。
一つの器を眺めているだけなのに、博之の頭の中ではまた道が伸びていく。
「大旦那、また何か考えてますな」
「いやいや」
「顔が商売の顔になってます」
「まだ見るだけや」
「昨日もそう言ってませんでした?」
周囲が笑った。
博之も笑いながら、最後にもう一度練習品の棚を見る。
「でも、これ捨てるぐらいやったら、ほんまにうちへ回してな」
「分かりました」
「一級品は一級品として高う売る」
「はい」
「若い子の練習物は、飯を食わせる道具として生かす」
「はい」
「ほんで人が育ったら、その子がいつか一級品焼くんやろ」
職人は少し笑って頷いた。
「その通りです」
「ほな、ええやん」
高い器も。
安い器も。
どちらも捨てずに次へ繋げる。
信楽まで自分の足で来たことで、博之にはまた一つ、新しい商いの線が見え始めていた。




