博之45歳。四月二週目、信楽焼の育成と販路
翌日。
昨夜は酒を飲んで「細かいことは明日考える」と言っていた博之だったが、朝飯を食べるころには、
もう職人たちを集めていた。
「昨日の話やけどな」
「修行中の者が焼いた器ですか」
「そう。それ、うちで買おか」
職人たちが顔を見合わせる。
「ただし、安く買いたたく気はないで」
「では、どの程度で?」
「そっちと伊勢松坂屋で決めたらええやん。正規の品の八掛けぐらいでもええ」
「そんなに?」
「安すぎて若い子の腹の足しにもならんかったら意味ないやろ」
形が少し歪んでいる。
色が揃わない。
師匠の名を付けて高値では売れない。
しかし器として使うには何の問題もない。
「まず、うちの賄い用」
「はい」
「あと施し用や」
「施しに焼物を?」
「比叡山の時みたいなんあるやろ」
大量の炊き出しが必要になる。
飯場を新しく作る。
祭りや催しで何百人にも飯を出す。
「そういう時、全部ええ器いらんやろ」
「確かに」
「各地の蔵に置いといたらええねん」
さらに、新しい町へ進出する時にも使える。
「移動したら割れるかもしれん。最初から一級品持っていく必要ない」
「なるほど」
「ほんで客に聞かれたら、『これは信楽で若い職人が修行で焼いた器ですよ』って言える」
「宣伝にもなると」
「そうそう」
もし気に入って買いたい者がいれば売ればいい。
その銭は信楽へ戻す。
「修行中の子の銭になるやろ」
博之は続けた。
「ただし、それだけやない」
「まだあるんですか?」
「伊勢神宮」
職人たちが一斉に顔を上げた。
「あと熱田神宮」
「そこで信楽焼を?」
「直営で売る気ない?」
伊勢松坂屋が仕入れて転売するのではない。
信楽の工房から番頭なり弟子なりを出し、自分たちで売る。
「熱田は織田様のところやから、俺から話したら比較的早い」
「伊勢は?」
「多少話はいるやろうけど、うちもう店あるし、小物も扱ってる。一角使ったらええ」
ただし、持っていく商品は選ぶ。
「安い器持ってく必要ないぞ」
「と言いますと?」
「大名向けとか、金持った商人が欲しがるようなんだけ」
職人の顔が少し困る。
「でも、それほど高い物が旅先で売れますか?」
「伊勢やぞ?」
博之が笑った。
「逆や。旅先やから売れるんや」
例えば、信楽で一万文の器。
「伊勢では三万文で売ってみ」
「三倍?」
「うちは実際、それぐらいで売れる物あるからな」
「そんな……」
「ただ器置くだけやったらあかんで」
そこからが重要だった。
「『これは三好家の誰それ様が使ってる職人の品です』とか」
「はい」
「『この作者の器を求めて、わざわざ信楽まで来る商人がおります』とか」
「物語を付けるんですな」
「そう」
旅人は伊勢へ来ている。
気持ちも財布も普段より緩んでいる。
そこで「信楽まで行かなければ買えない品」が目の前にあれば、値段が高いこと自体が価値になる。
「信楽まで行けば一万文。でも伊勢で見れて、その場で持って帰れる。それが三万文」
「確かに……」
「全部売れんでええ。売れるやつに売ったらええ」
職人の一人が腕を組んだ。
「それなら、若い者の修行物を安く出して、上物は高く売る。両方の道ができますな」
「そこや」
博之は指を差した。
「でも、一人の番頭が銭全部抱え込むとかはあかんぞ」
「もちろんです」
「寄り合い作ったら?」
「寄り合い?」
「工房同士でな」
売上の一部を若手の育成へ回す。
薪。
土。
窯。
食費。
修行する若者が、食えずに辞めなくて済む仕組みにする。
「信楽焼の価値を下げんようにしながら、若い子を育てる」
「簡単ではありませんが」
「簡単やったら俺いらんやろ」
笑いが起こる。
「伊勢松坂屋だけに頼る必要もないからな」
「え?」
「今はうちがちょっとでかなってるだけや」
博之はさらりと言う。
「何十年かしたら流行り廃りもある。俺が死んだ後、伊勢松坂屋がどうなるかも分からん」
「大旦那、縁起でもない」
「でもほんまやろ」
一つの商家だけに販路を頼れば、その商家が傾いた瞬間に終わる。
「せやから育成の仕組みと、売る道だけ残したらええ」
職人たちはしばらく黙った。
やがて一人が頷く。
「今のところ、それが一番ええ手に思えます」
「特に伊勢でそんな値が付くいうのは、考えたことありませんでした」
「京都もありやで」
「京都?」
「直営店置いたらええやん」
「そんな簡単に言われても」
「うち、もう京都でも動いてるから」
博之は平然と言う。
「どっか一角ぐらい作れるやろ」
「伊勢松坂屋さんで売っていただく?」
「ちゃうちゃう。信楽の店や」
伊勢松坂屋は場所と人脈だけ貸す。
「中間の手数料なんかいらん」
「ほんまですか?」
「若い職人育った方が、うちも後々器買えるやん」
「結局、商売でもあるんですな」
「そらそうよ」
博之は笑った。
「善意だけで何十年も続く仕組みなんか作られへん」
施し用の修行物。
飯場で使う器。
伊勢神宮と熱田神宮の高級品。
そして京都の直営店。
一晩前まで「酒飲んでから考える」と言っていた話が、朝にはすでに幾つもの販路へ
枝分かれしていた。
「旦那様」
「何?」
「また話でかなりましたね」
「俺もそう思う」
それでも博之は楽しそうだった。
「まあ、まず小さくやろ」
「どこから?」
「修行物を百枚ぐらい買うとこから」
大きな話をした後ほど、最初の一歩は小さく。
それが博之なりの、失敗しても戻れる商売のやり方だった。




