博之45歳。四月二週目、信楽焼の値段と修行物
四月二週目。
信楽へ向かう道は、博之が思っていた以上にきつかった。
「ちょっと休も」
「またですか?」
「またや」
道端の石へ腰を下ろす。
水を飲む。
少し歩く。
「……あそこ木陰あるな」
「休みませんよ」
「まだ何も言うてへんやん」
「顔が言うてます」
同行する者たちも、もう慣れていた。
「大旦那、昨日の宿からそんな経ってませんで」
「昨日の疲れが残ってんねん」
「四十五歳って毎日言うようになりましたな」
「四十五歳は免罪符になると思ってる」
そんなことを言いながらも、博之は道だけはよく見ていた。
「ここ水場あるやん」
「ありますな」
「もうちょい分かりやすくしたらええのにな」
少し進めば、今度は平らな場所を指差す。
「ここ、屋根一つあったら休憩所にできるやろ」
「また作る気ですか」
「簡単なんでええねん。雨避けできたら全然ちゃうやろ」
さらに小さな沢。
「ここ板もう一枚渡したいな」
「大旦那」
「何?」
「やりすぎるとほんまに領主ですよ」
「嫌や!」
博之は即答した。
「領地はいらん!」
「でも道直して、水場整えて、休み処作るんでしょう?」
「商人が通りやすくするだけや!」
「領主も似たようなこと言いますよ」
「ちゃう!」
周囲から笑いが起きる。
ただ、博之の考え自体は真面目だった。
「この道、もうちょい使いやすくしたら人も荷も増えるやろ」
「まあ、それは」
「伊賀から信楽。信楽から近江。この線が太くなったら、別の道が駄目な時にも使える」
「銭も落ちますしな」
「そうそう」
全部を立派な街道にする必要はない。
だが水場。
休憩所。
危ない足場。
それだけでも随分違う。
「俺みたいなんでも歩ける道にする」
「それ基準低すぎません?」
「誰でも歩けるいうことや!」
そうして何度も休みながら、信楽へ着いたのは夕方だった。
「大旦那!」
「よう来られました!」
「ほんまに歩いて来たんですな!」
「途中めっちゃ休んだけどな」
迎えてくれた者たちは、それでも大喜びだった。
早速、博之は持ってきた蒸籠を出させる。
「ほな飯やろ」
「着いてすぐですか?」
「飯出した方が話早いやろ」
菜を蒸す。
芋を蒸す。
肉饅頭。
小豆餡の甘い饅頭。
蒸籠から白い湯気が上がると、集まっていた者たちが自然と近寄ってきた。
「これが噂の饅頭ですか?」
「そうそう」
「熱田でもやってるいう」
「まだ試しながらやけどな」
一口食べれば、
「うまい!」
「皮が面白いな」
「甘い方、子供好きやぞ」
と評判は上々だった。
「やっぱ蒸籠強いな」
博之が満足そうに笑っていると、地元の者が一人の男を連れてきた。
「大旦那、こちら焼物の職人です」
「おお!」
「伊勢松坂屋さんには、いつも世話になっております」
「いやいや、こちらこそ」
挨拶を済ませると、博之の目が急に変わった。
「ちょっと聞いてええ?」
「何でしょう」
「信楽焼って、一番ええやつはどこ行くん?」
「殿様方や寺社、銭のある商家ですな」
「大名向け?」
「そうです」
「それは売れる?」
「売れます」
「じゃあ普通の家が使うようなんは?」
職人が少し難しい顔をする。
「そこは……あまり」
「何で?」
「高いですから」
焼く。
失敗する。
運ぶ。
割れる。
どうしても木椀や安い器より値が張る。
「ほな中間は?」
「中間?」
「大名に出すほどではない。でも普通に使えるやつ」
「もちろんあります。ただ、それもなかなか数は」
「ふむ」
博之は饅頭を片手に、さらに質問を続けた。
「若い職人は?」
「おります」
「練習で焼くやろ?」
「焼きますな」
「それ売れる?」
「……ほとんど銭にはなりません」
「そこや!」
博之が声を上げた。
周りが驚く。
「何がです?」
「課題見つけた」
若い職人が作る物は、焼きが甘い。
形が少し歪む。
色が揃わない。
大名や裕福な商家へ出せる品質ではない。
「でも器として使えへんわけちゃうんやろ?」
「使える物も多いです」
「それ捨てる?」
「割ることもあります」
「もったいな!」
博之の頭が回り始める。
「伊勢松坂屋の飯場で使えるんちゃうか」
「旦那様、また始まりましたね」
「いや待って」
高級品の値段を壊す気はない。
むしろ壊してはいけない。
大名向けは大名向け。
普通の品も、それなりの値段で売る。
「修行用だけ別の流れ作れへんかな」
「別の流れ?」
「伊勢松坂屋が買って、飯場とか従業員の器にする」
少し歪んでいても飯は食える。
色が揃わなくても汁は飲める。
「若い子は練習できる。窯は少しでも銭になる。うちは器増える」
職人が腕を組む。
「確かに……」
「ただし」
博之はすぐ続けた。
「安い器を作れ言う話にはしたない」
「と言いますと?」
「練習の結果できた物を買うんや。最初から安物量産したらあかん」
そこは守らなければならない。
「大名向けの値打ちまで壊したら元も子もないからな」
職人は少し驚いたように博之を見る。
「そこまで考えてくださるんですか」
「まだ考えてる途中やけど」
博之は目の前の酒を見る。
「まあええわ」
「え?」
「今日は飲も」
「さっきまで真面目な話してたでしょう」
「歩き疲れた」
盃を持ち上げる。
「細かい仕組みは酒飲んでから考えよ」
「酒飲んだら考えられへんのでは?」
「明日の俺が考える」
周囲から笑いが起きた。
その夜。
信楽では、肉饅頭と甘い饅頭が好評を博し。
博之は酒を飲みながら、若い職人の練習で生まれる焼物をどう銭に変えるかを、
酔った頭で延々と考えていた。
そして周囲の者たちは、薄々気づき始めていた。
大旦那が信楽まで来たことで。
また一つ、新しい商いが始まりそうだと。




