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メンヘラオジサン、戦国で飯屋を始める ~戦えない俺は食と金で成り上がる~★296.4万PV突破★  作者: メンヘラオジサン【監視アカウント】


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博之45歳。四月一週目、信楽手前の宿と昔の野武士

四月一週目。

 伊賀の集落を出た博之一行は、何度か休憩を挟みながら信楽方面へ進んだ。

「今日は無理せんぞ」

「昨日もそれ言うてましたよ」

「昨日は無理した結果、夜になったやろ」

「休みすぎた結果です」

「細かいなあ」

 それでも昨日よりは道にも慣れた。

 夕方になる前には、信楽へ入る少し手前の小さな宿へたどり着くことができた。

「今日はここでええわ」

「信楽までもう少しですよ」

「もう少しが怖いねん」

 一同が笑う。

 宿へ入り、伊勢松坂屋の者たちが簡単な炊き出しの準備を始めていると、外から声がした。

「大旦那!」

「ん?」

 現れたのは、土地勘のある野武士だった。

 博之は顔を見るなり笑った。

「ああ! 久しぶりやな!」

「覚えておられましたか」

「そら覚えてるわ」

 以前、まだ伊勢松坂屋が今ほど大きくなかった頃。

 この辺りを行き来した時に縁ができた男だった。

「昔、お前ら身代金取ろうとしてきたよな」

「旦那、それ今言います?」

「言うやろ。懐かしいやん」

 野武士も大笑いする。

「あの頃は、大旦那も今ほどではありませんでしたからな」

「俺から銭取ったら儲かると思った?」

「正直に言うたら」

「ひどいな!」

「でも結局、飯食わせてもらって、仕事まで回してもらいましたやろ」

「そうやったな」

 今では、その伊勢松坂屋が松阪どころか尾張、近江、奈良、三河にまで名前を広げている。

「もう押しも押されぬ大店ですな」

「そんな大層な」

「いやいや。こっちじゃ、わしまで鼻高いですよ」

「何でお前が?」

「昔から大旦那知ってる言えるからです」

「身代金要求した側やろ!」

 また笑いが起きた。

 だが、野武士の存在は今回ありがたかった。

「信楽の焼物の店にも顔利きますよ」

「ほんま?」

「何軒かは」

「それ助かるわ」

 博之の表情が商売人に変わった。

「別に値切り倒したいわけちゃうで」

「分かってます」

「若い職人の焼いたやつとか、ちょっと形が揃ってへんやつとか、そういうの見たいねん」

「練習物ですか」

「そうそう。店で使う器なら、全部一級品じゃなくてもええやろ」

 ただし、安物ばかり買って相場を壊すつもりはない。

「その辺、明日紹介して」

「任せてください」

 そう話していると、宿の隅から一人の少年がこちらを見ていた。

「何?」

 博之が声をかける。

 少年は慌てて頭を下げた。

「大旦那様」

「知ってんの?」

「はい」

 よく見ると、どこか見覚えがある。

「あれ……お前、前に松坂来たことある?」

「あります!」

 野武士が笑った。

「昔、大旦那について松坂まで行った子ですよ」

「ああ!」

 当時はまだ小さかった。

 それが今では、薪を運び、膳を並べ、宿の手伝いをする年頃になっている。

「でかくなったなあ」

「はい!」

「何歳になった?」

 少年が答えると、博之はしみじみと頷いた。

「そら俺も歳取るわ」

「旦那、そこですか」

 少年は少し緊張しながら続けた。

「僕、もっと大きくなったら伊勢松坂屋で働きたいです」

「ほんま?」

「はい」

 その目は真剣だった。

「料理人?」

「それもええですけど……」

 少年は信楽の方角を見る。

「信楽焼の買い付け隊に入りたいです」

「ほう」

「ここで焼物のこと覚えて、松坂とか伊勢とか、もっと遠いところに持っていけたら」

 さらに少し照れながら言う。

「それで稼げたら、最高やなって」

 博之は一瞬、言葉を止めた。

 昔、自分について松坂まで来ただけの子供が。

 今は土地の品物を見て、自分の将来を考えている。

「ええやん」

「ほんまですか?」

「ええと思うで」

 博之は炊き出しの椀を一つ受け取り、少年へ渡した。

「ほら。まず食え」

「ありがとうございます」

「ただな」

「はい」

「買い付け隊、楽ちゃうぞ」

「分かってます」

「荷物重い。道長い。値段覚えなあかん。騙されんようにせなあかん」

「はい」

「信楽焼だけ知っててもあかん。どこの店で何が売れるかも覚えなあかん」

「覚えます」

 即答だった。

 博之は笑う。

「ほな頑張れ」

「はい!」

「読み書きと算盤もやっとけよ」

「はい!」

「体も鍛えろ」

「はい!」

 横から野武士が言う。

「大旦那みたいに途中で休みまくったらあきませんぞ」

「おい」

 少年が吹き出した。

「そこ教えんでええねん」

 炊き出しを食べながら、少年は信楽の話を次々としてくれた。

 どこの窯が忙しい。

 誰が若手なのに腕がいい。

 どの道なら荷が運びやすい。

「もう結構知ってるやん」

「手伝ってますから」

「ほんまに買い付け向いてるかもしれんな」

 少年の顔が明るくなる。

 その姿を見ながら、博之は不思議な気持ちになった。

 昔は、ただ飯を食わせただけだった。

 松坂へ連れていっただけだった。

 それが何年か経てば、その子供が伊勢松坂屋で働きたいと言う。

「……こういうのもあるんやな」

「何がです?」

「いや、こっちの話」

 博之は少年の頭を軽く叩いた。

「焦らんでええ。ちゃんと覚えろ」

「はい」

「ほんで、ほんまに来たかったら、その時また来い」

「絶対行きます!」

「絶対まで言わんでええ」

 そう言いながらも、博之の顔は完全に親のようになっていた。

「でも、来たら面倒は見たる」

 昔、身代金を取ろうとしてきた野武士と笑い。

 その土地の子供が、今度は伊勢松坂屋で働く夢を語る。

 信楽へ着く前から。

 博之は、自分が作ってきた道の先に、少しずつ人の人生まで乗り始めていることを感じていた。

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