年越しに古参の面々と猥談を混ぜながら飯についてや今年の色々を語る博之。来年もいい飯食いましょう。
年末の夜、博之は古参の者たちと飯玉を食いながら、だらだらと話していた。
火鉢のそばに座り、たくあんの混ぜ飯、梅と紫蘇の飯玉、少し残ったすり身天をつまむ。
大きな会議でもなく、帳簿でもなく、ただ年の瀬に古い面子で飯を囲んでいるだけだった。
「日の本のやつらは、あれやな」
博之が飯玉をかじりながら言った。
「飯食うのが好きなんちゃうかな」
ヨイチがすぐ返す。
「それ、旦那だけちゃいますか」
「いやいやいやいや」
博之は首を振る。
「よりうまいものを食いたいって欲が、みんなすごいんやと思うねん。昔からみんな、
ただ飯食うてたわけやろ。けど、そこに“もっとこうしたらうまいんちゃうか”って気持ちは、
絶対あったと思うねん」
「それを旦那の性根が異様な形になっているだけでは」
「まあ、それはある」
博之は少し笑った。
「俺が一文無しになって、食えへんようになった経験がそうさせてるんかもしれんけどな」
その言葉に、場が少しだけ静かになる。
ヨイチが頷いた。
「それはあるかもしれませんな」
「城下や港町で雇うやつらは、なんか少し薄い気がするんや」
「薄い?」
「やる気というか、貪欲さというか」
博之は飯玉を見つめた。
「俺とかヨイチは、ほんまに食うに困って、どうしようもない状態やったやんか。
だから根っこの部分で、飯に対して欲望が強い気がするねん」
「まあ、僕は飯まかない付きで一日十文で始めましたからね」
「そうや。それでもありがたかったやろ」
「ありがたかったです」
博之は笑いながら続けた。
「しかも俺の場合、なんやろな。性欲が全部食欲にいってる気がする」
その瞬間、場がざわっと笑った。
「それは、旦那見てたら思います」
古参の一人が真顔で言う。
「そこが尖ってるから、女性運がないんだと思います」
「ひどいこと言うな」
「でも、事実です」
博之は腕を組み、少し芝居がかった声で言った。
「愛を知らん男と呼んでくれ」
皆が一斉に笑い出した。
「旦那、一緒に寝たことはあるんでしょ」
「あるにはある」
「ほら」
「違う。あれは銭を払って寝ただけや。本物の愛を知らんねん」
ヨイチが腹を抱えて笑った。
「本物の愛て」
「愛があったら、なんか目覚めるものもあるんちゃうか」
「旦那、それ以上目覚めたらどうなるんですか」
「飯がさらにうまくなる」
「全部飯に戻るやないですか」
また笑いが起きた。
お花も横で口元を押さえていた。
「でも、その代わり、商いと飯の才能に恵まれてるから、今、私たちは食えているんですよ」
「ええこと言うな」
「年末にまた笑わせてくれますね、旦那は」
古参の女衆がそう言うと、別の者も続けた。
「偉そうぶらないところと、根性がねじ曲がってるところが、私たちは大好きです」
「なんじゃそりゃ」
博之は眉をひそめたが、少し嬉しそうでもあった。
「でも、そこがいろんなお偉方の懐に入れてるところちゃいますか」
侍の一人が言う。
「今の世の偉い方は、皆さん癖者が多いですから」
「それは分かる」
「旦那も、ねじ曲がったところを隠さず出してるでしょう。敵を作りたくないから飯を配ります、
とか。採用で断った者に恨まれたくないから炊き出しします、とか」
「本音やからな」
「その本音が、逆に噛み合うんです。偉い方になるには、なるなりの尖り方がある。
そこに旦那のねじ曲がりが合うんやと思います」
博之は複雑そうな顔をした。
「悪口なんか褒め言葉なんか分からんな」
「褒めてます」
「ならええか」
場が少し落ち着くと、博之はまた飯玉を手に取った。
「でもな、やっぱり、よりうまい飯を食いたいって気持ちは止められへんぞ」
「まだ考えるんですか」
「考える。来年も新しい飯を作りたい」
博之は指を折る。
「周りの政治や勢力争いの話も大事や。北畠様、九鬼様、長野様、伊勢、津、尾張。そこも見る。
けど、やっぱりうまい飯は食いたい」
「旦那らしいですな」
「次は砂糖やな。砂糖と酒」
「どっちも高いですよ」
「高い。だからこそや」
今の伊勢松坂屋では、甘味といえば蜂蜜饅頭が中心だった。蜂蜜も簡単には手に入らないが、
砂糖よりはまだ現実味がある。
「蜂蜜を安定して取れればな」
「山の者や薬売りですね」
「そうや。蜂蜜を扱える者を探す。あとは酒や。酒があれば、料理も変わる」
「酒を飲むだけやなくて、料理にも使うんですか」
「使えるはずや」
博之は少し遠くを見るような顔をした。
「まあ、とにかく、みんなもうまいものを食うためにどうしたらいいか考えといてくれ」
「それ、仕事ですか」
「仕事や。うまいものは商品になる。商品になれば人を雇える。人を雇えば食えるやつが増える」
ヨイチが苦笑した。
「結局そこに戻るんですね」
「戻る」
博之は頷いた。
「布団だってそうや。うちで仕入れて従業員向けに売ったら、思った以上に商いになったやろ」
「それは笑えませんよ」
ヨイチが言った。
「百着も布団を買う布団屋なんて、町場でもそうそうないでしょうに。うちは勝手に仕入れて、
しかもどえらい値段で従業員に売って、完売ですからね」
「運搬と見立て込みや」
「確実に儲かる布団屋をやったようなもんです。何の参考にもならないです」
皆が笑う。
「でも、そういう冗談を年末に言えるぐらいでかくなったのは、嬉しいよな」
博之は静かに言った。
「ヨイチも俺も、ほぼ無一文やった。ヨイチなんて、飯まかない月十文で始めたんやからな」
「今考えると、ひどい待遇ですな」
「でも飯は食えたやろ」
「それが一番ありがたかったです」
少ししみじみした空気になりかけたところで、博之が余計なことを言った。
「城下で雇ったやつらも、二日三日、どっか野原で飢えを体験させた方がええんかな」
「旦那、それはみんな辞めてしまいます」
お花が即座に言った。
ヨイチも笑いながら手を振る。
「それは駄目です。せっかく雇ったのに逃げます」
「やっぱりあかんか」
「当たり前です」
「でも、食えへん経験をすると、飯のありがたみが分かるぞ」
「分かりますけど、やらせたら駄目です」
皆がまた大笑いした。
年の瀬の屋敷に、飯の匂いと笑い声が満ちていた。
博之は、たくあん飯をもう一口食べる。
ただの飯玉だ。
だが、刻んだ漬物を混ぜ、笹で包み、道中の飯にしただけで、人が喜ぶものになった。
小魚もそうだ。
すり身にして揚げれば、名物になる。
布団もそうだ。
ただ買って運ぶだけで、暮らしが変わる。
「来年も、うまい飯を作ろう」
博之がぽつりと言った。
誰かが答えた。
「はい。食うために」
別の誰かが続ける。
「売るために」
ヨイチが笑う。
「そして、旦那がまた変な方向に広げるために」
「変な方向ちゃう」
博之は笑って返した。
「飯の道や」
その言葉に、皆がまた笑った。
だが、その笑いの中には、確かな安心があった。
今年は食えた。
布団で眠れた。
湯にも入れた。
そして来年も、きっと何か新しい飯が出てくる。
それだけで、伊勢松坂屋の者たちは、少しだけ前を向いて年を越せそうだった。




