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メンヘラオジサン、戦国で飯屋を始める ~戦えない俺は食と金で成り上がる~★296.4万PV突破★  作者: メンヘラオジサン【監視アカウント】


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博之45歳。四月一週目、いよいよ伊賀越え

四月一週目。

 朝。

 伊勢松阪屋の前には、すでに奈良の僧たちと、道中を手伝う者たちが集まっていた。

「ほな、行こか」

 博之がそう言って、荷車に乗り込む。

 周囲が一瞬、黙った。

「……大旦那」

「何?」

「歩くんでは?」

「歩くで」

「もう乗ってますやん」

「伊賀まで体力温存や」

 奈良の僧たちが苦笑する。

「昨日まで、足腰鍛える言うてませんでした?」

「鍛えた。十分鍛えた」

「どれぐらい?」

「ちょこちょこ歩いた」

「その結果が荷車ですか」

「本番は伊賀に入ってからや!」

 博之だけは胸を張っていた。

 今回の一行は、以前考えていたほど大きくない。

 蒸籠も必要最低限。

 粉、小豆、味噌、塩。

 道中で少し振る舞える程度の材料。

 大量の物資は別道で回すことにしていた。

「これはええ判断やったな」

 博之が荷車の上から言う。

「旦那さんが忘れてただけですけどな」

「もうその話はええやん」

 松坂から伊賀方面へ向かうにつれ、町の景色は少しずつ変わっていく。

 家が減り。

 畑が増え。

 道も狭くなる。

 博之は荷車から周囲を眺めながら、ぶつぶつ言い始めた。

「この辺、水場もう一個あってもええな」

「また始まりましたな」

「いや、旅人困るやろ」

「井戸でも掘ります?」

「そこまでせんでも、湧き水ある場所に目印つけるとか」

 少し進むと、今度は道の脇を指差す。

「あと厠な」

「厠?」

「人通るようになったら絶対いるやろ」

「山道にですか?」

「入り口とか、飯場の横ぐらいにはあってもええやん」

 奈良の僧が笑う。

「大旦那、まだ伊賀入ってませんよ」

「入る前やから考えられるんや」

 旅人が休める場所。

 水を飲める場所。

 用を足せる場所。

 雨を避けられる屋根。

「道を全部直すんは無理やけど、点で置いたらだいぶ違うんちゃう?」

「それは確かに」

「一里ごととかは無理やけどな」

「そこまでやったらほんまに領主ですよ」

「領主にはならん!」

 それだけは即答だった。

 昼前。

 一行は伊賀越えの入り口に近いところで一度休憩した。

 伊勢松阪屋から持ってきた握り飯と汁物を食べる。

「ここからか?」

「まだ少し先です」

「まだなん?」

「大旦那、もう疲れました?」

「いやいや。精神統一や」

「荷車乗ってきただけですやん」

「山を前にしたら心整えるやろ」

 僧たちが笑う。

 博之は握り飯を食べながら、周囲を見る。

 少し開けた場所。

 道が分かれ、人が立ち止まりやすい。

「……ここ、簡単な宿あってもええな」

「またですか」

「いや考えてみ」

 伊賀へ入る前に一泊する者。

 逆に伊賀を越えてきて、もうこれ以上歩きたくない者。

 荷を持った商人。

 奈良へ向かう僧。

「立派な宿いらんねん」

「では?」

「屋根。板の間。飯。水。できたら布団少し」

「それ、十分宿ですよ」

「小さいのでええ」

 さらに飯場も付ける。

 温かい汁。

 握り飯。

 季節によっては蒸した芋。

「朝早く伊賀入る人に飯食わせて、夕方越えてきた人にも飯食わせる」

「それは助かるでしょうな」

「やろ?」

 博之の顔が急に商売人になる。

「ここで荷物預かるんもありやな」

「大旦那」

「何?」

「今日は道を見る日です」

「分かってるよ」

「店作る日ではありません」

「まだ作ってへん!」

 昼を少し回ったところで、一行はいよいよ伊賀へ向かう道の手前に立った。

 ここから先は荷車では厳しい。

 博之もようやく降りる。

「……ほんまに歩くんやな」

「そのために来たんでしょう」

「そうやった」

 荷物は人ごとに分ける。

 前、中、後ろには声を通す者を置く。

 水も確認する。

「夕方までに寝る場所着ける?」

「普通に歩けば」

「普通ってどれぐらい?」

「旦那さんが休みすぎなければ」

「それ俺基準入ってる?」

「一番大事ですから」

 博之は道の先を見る。

 松阪周辺の平らな道とは明らかに違う。

 木々が近い。

 地面は ガタガタで、場所によっては石も多い。

「これ……道?」

「道です」

「細ない?」

「伊賀道ですから」

 少し歩いただけで博之は黙った。

 さらに少し。

「……休憩せえへん?」

「まだです」

「水飲むぐらい」

「さっき飲みました」

「四十五歳に厳しすぎへん?」

 奈良の僧たちが笑いながら先を歩く。

「大旦那、まだ入口ですよ」

「分かってる!」

 だが、不思議と嫌ではなかった。

 先に入れた者たちが草を刈った跡がある。

 危ない場所には簡単な足場も作られている。

「これ、整備してなかったらもっときつかったん?」

「そらそうです」

「……やっといてよかったな」

「旦那さんが一番恩恵受けてますけどな」

「みんなのためや!」

 そう言いながら、博之は一歩ずつ進む。

 蒸籠を背負った者。

 荷を持つ若い衆。

 奈良の僧。

 そして、その真ん中で早くも息を切らしている大旦那。

「今日中に着くぞ!」

「大旦那が止まらなければ」

「それ何回言うねん!」

 四月。

 博之はようやく、自分の足で伊賀の道へ踏み込んだ。

 そして歩き始めてまだ大して経っていないのに。

「帰りは絶対別の道にしよ」

 早くも、二度目はないと心に決め始めていた。

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