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メンヘラオジサン、戦国で飯屋を始める ~戦えない俺は食と金で成り上がる~★296.4万PV突破★  作者: メンヘラオジサン【監視アカウント】


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博之45歳。三月四週目、九鬼の子供たちが礼に来る

 博之が九鬼水軍の拠点をあとにした、その日のうち。

 水軍衆の間では、早速こんな話になっていた。

「さすがに、子供らに礼ぐらい言わせに行かなあかんな」

「大旦那、もうすぐ伊賀へ出るんやろ?」

「四月入ったらしばらくおらんらしい」

「ほな早い方がええ」

 博之が置いていった四万文。

 表向きは子供たちが一週間働いて稼ぐ一日四十文、七日で二百八十文を持って伊勢参りをする。

 だが四万文は、それとは別。

 引率する大人の費用。

 そして二百八十文だけでは足りない時に、後ろから少し足してやるための銭だった。

「本人らには言うなよ」

「大旦那も裏の銭言うてたからな」

 九鬼水軍から、地元の寺や神社へすぐに使いが走った。

「伊勢松坂屋の大旦那が、松坂の子らにやったのと同じようなことを、

 こっちでもやってくれるそうです」

 話を聞いた住職も神主も、最初は耳を疑った。

「伊勢神宮へ?」

「はい」

「働かせたうえで?」

「一週間、伊勢松坂屋で軽い仕事をして、一日四十文。七日で二百八十文。それを本人の銭として

 持たせるそうです」

「そこまで考えてはるんか」

 住職は感心したように唸った。

「ただ銭を配るだけやないんやな」

「そういうことらしいです」

「そら、あれだけ商い大きくなるわなあ」

 別の者が笑う。

「比叡山と揉めるようなところまで縄張り広げて、織田のお殿様とも話できるんやからな」

「飯屋や言うてるらしいけどな」

「飯屋の規模ちゃうやろ」

 ともかく、選ぶのは寺と神社側。

 独断と偏見でよい。

 普段から掃除をしている。

 薪を運ぶ。

 年下の子の面倒を見る。

 祭りの手伝いをする。

 そうした子供を優先する。

「うちらの縄張り分としては、四十人のうち十人はまず確定や」

「残りは?」

「伊勢や鳥羽の寺社からやな。あぶれたところは水軍衆で何人か拾う」

 住職は早速、普段から顔を出している十歳以上の子を何人か選び始めた。

「お前、来週から一週間、伊勢松坂屋で働け」

「え?」

「その後、伊勢神宮行けるぞ」

「ほんま!?」

「ほんまや」

 一瞬で顔が明るくなる。

「和尚さんも行く?」

「そら引率やからな」

「ずるい!」

「何がずるいねん。わしが選ぶ権限持っとるんや」

 神主まで笑い出した。

「和尚が一番楽しみにしてへんか?」

「いやいや、子供のためじゃ」

「顔が笑っとるぞ」

 そうして数人の子供を先に集め、九鬼水軍の若い衆、住職、神主らで荷車へ乗せ、

 松阪へ向かうことになった。

「せめて大旦那が伊賀へ出る前に、礼だけ言わせとこう」

 伊勢松坂屋へ着くと、ちょうど博之は店先で帳面でもなく、料理でもなく、

 ぼんやり人の流れを眺めていた。

「旦那様」

「ん?」

 振り返ると、子供たちが並んでいる。

「何や何や」

 住職が頭を下げた。

「このたびはお世話になります」

「ええって、そんな挨拶まで」

「いやいや。水軍衆から話聞きましてな。伊賀へ行かれる前に、せめて地元の子だけでも

 礼言わせなと思いまして」

「九鬼さんにはちゃんと言うてあるから、気ぃ遣わんでええのに」

 それでも子供たちは、教えられた通り頭を下げた。

「大旦那様、ありがとうございます!」

「おお」

 少し遅れて、一人が言う。

「おっちゃん、ありがとう!」

「おっちゃんちゃう!」

 住職が慌てる。

「大旦那様や!」

「ええよええよ」

 博之は笑った。

「四十五歳やし、おっちゃんで間違ってへん」

「でも大旦那やで」

「どっちでもええわ」

 子供たちも笑う。

「一週間、ここで働くんやろ?」

「はい!」

「掃除とか薪運びとか、軽い仕事やけど、遊びではないからな」

「はい!」

「しんどなったら休んでもええ。風邪ひいたら無理せんでええ」

 博之は少しだけ声を柔らかくした。

「弱音吐くのもええ。ただ、元気やのに途中で投げ出すのはあかん」

「はい!」

「それ終わったら二百八十文持って、伊勢神宮行っといで」

 子供たちの顔が一気に輝く。

「水軍のおっちゃんと、和尚さんと、神主さんの言うことちゃんと聞くんやぞ」

「はい!」

「迷子だけは絶対あかんからな」

「はい!」

 住職が改めて頭を下げた。

「ほんまにありがたいことです」

「いやいや」

 博之は手を振る。

「うちもこの辺で商いさせてもろてるしな」

 この子たちが将来、伊勢松坂屋で働くかもしれない。

 あるいは別の仕事をして、普通の客として店へ来るかもしれない。

「最低でも、将来のお客さんにはなるかもしれんやろ」

「そこまで考えてはるんですな」

「半分はな」

「残り半分は?」

「子供らが喜んでるの見たら、なんか嬉しいねん」

 博之は少し照れたように笑った。

「俗物的やけどさ。施しして、ありがとう言われて、笑顔見たら、そら悪い気せえへんやろ」

「旦那様らしいですな」

「まあ、その分銭は出てくけどな」

「八億以上あるんでしょう?」

「それ言われたら何も言えへん」

 博之は子供たちを見回した。

「ほな、せっかく来たんや。飯食っていき」

「ええんですか!?」

「ええよ」

 住職が笑う。

「また太っ腹ですな」

「子供に飯食わせるぐらいで太っ腹言うな」

 伊勢松坂屋の者が、すぐに飯と汁物を並べ始めた。

 子供たちは嬉しそうに座り込み、目の前の膳を見てまた騒ぎ出す。

「これ全部食ってええの?」

「ええぞ」

「伊勢行く前からご馳走や!」

「本番は一週間働いてからやからな!」

 博之も笑った。

 伊賀越えまで、あとわずか。

 道も、荷物も、同行者もだいたい整った。

 その出発前に、自分が投げた小さな約束がちゃんと子供たちへ届いたのを見て。

「……まあ、これはこれでやってよかったな」

 博之は少し満足そうに、子供たちが飯を食う姿を眺めていた。

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