博之45歳。3月2週目。小牧山の帰りに尾張周辺を巡回して話を聞いて回る博之
三月二週目。
せっかく小牧山まで来たのだから、そのまま松阪へ帰るのももったいない。
「一週間ぐらい、尾張から三河の店見て回ろか」
博之がそう言うと、同行していた者たちは特に驚かなかった。
「また急ですね」
「最近、俺ほんまに暇やからな」
「それと店回りは関係あるんです?」
「ある。あと歩く」
「歩く?」
「四月の伊賀越えあるやろ」
博之は胸を張った。
「そろそろ足作っとかなあかん」
小牧山を出て、尾張の店や飯場を順に見ながら南へ。
最初の半日は元気だった。
「ほら。意外と歩けるやろ」
「旦那様、まだ昼ですよ」
「今日は荷車乗らへんで」
ところが夕方。
「……足痛い」
「早いですね」
「思ってたより道長いな」
「旦那様が歩く言うたんでしょう」
「誰か荷車呼んで」
「伊賀越えどうするんです?」
「四月までまだある」
結局、翌日からは歩いて、疲れたら荷車。
また歩いて、疲れたら荷車。
という何とも中途半端な鍛錬になった。
「これ訓練になってます?」
「昨日より一里余分に歩いたら成長や」
「基準低いですね」
「四十五歳なめんな」
そんな調子で熱田へ入る。
熱田神宮へ参り、その周辺の伊勢松坂屋を見て回った。
「饅頭、どう?」
「甘い方も売れますけど、肉の方が強いです」
「やっぱりな」
蒸籠から白い湯気が上がるだけで、人が足を止める。
「小牧山でも思ったけど、これ見せる商売として強いな」
「海鮮焼きほど派手ではありませんが」
「こっちは設備軽いからな」
料理人の焼き方、蒸し時間、皮の厚さまで確認する。
「これちょっと皮厚いな」
「腹持ち重視で」
「それはそれでええ。でも熱田の基準は決めといて」
「はい」
師範とも座って話す。
「最近どう?」
「人は増えております。任せも二人増やしました」
「また俺知らん人?」
「旦那様がそういう仕組みにしたんでしょう」
「分かってるけど、ちょっと寂しいねん」
師範が笑う。
「若い者はよう働きますよ」
「失敗は?」
「あります」
「それでええ。失敗隠す方があかん」
店の帳面より、人の顔を見る。
料理を一口食べる。
近所の者に評判を聞く。
それが今回の巡回の目的だった。
さらに知多側を回りながら三河へ。
安城近くの小さな拠点にも顔を出した。
「信楽焼、どうや?」
「少しずつです」
「それでええ。いきなり大量に入れんなよ」
「はい。値崩れさせないようにしております」
「よし」
そこで、師範の顔が少し曇った。
「一つ、気になる話があります」
「何?」
「この辺り、松平様の領分ではありますが、一向宗の寺がかなり力を持っております」
「ふむ」
「寄進に行った者が、少し嫌な思いをしたようで」
「何された?」
「何というか……出して当然、という感じで」
「偉そう?」
「まあ……言葉を選べば」
「木下さんみたいやな」
「誰です?」
「こっちの話」
博之は笑ったが、すぐ真面目になった。
「別に喧嘩せんでええ」
「はい」
「でも、無理に仲良くもせんでええ」
寄進はする。
寺社との関係も大事。
だが、銭を出して当然と思われ始めれば話が変わる。
「程よく距離取っとけ」
「寄進は?」
「今までの付き合い程度でええ。増やさんでいい」
「分かりました」
「向こうが偉そうやからって、こっちまで偉そうにすんなよ」
「はい」
「飯場に来る人には普通に飯出す。困ってる人がおったら助ける。それと寺の都合は別や」
師範が頷いた。
「この辺り、少し難しいです」
「せやろな」
博之は店の外を眺める。
「だから余計に、うちは飯屋でおったらええ」
「飯屋、ですか」
「松平がどう、一向宗がどう、で全部色付けされたら動きにくいやろ」
「確かに」
「村で野菜買って、魚買って、客に飯食わせて、ちゃんと銭払う。それでええ」
その後も料理人を一人ずつ見る。
「この汁、うまい」
「ありがとうございます!」
「こっちの焼き物は少し火強いな」
「直します」
「任せの子は?」
「向こうです」
「名前なんやった?」
「旦那様、ほんまに覚えてないんですね」
「増えすぎや!」
それでも、知らない顔が増えているのは悪いことではない。
自分が全部覚えなくても店が回る。
師範が人を見て、任せを育てる。
それが目指した形だった。
一週間の巡回を終える頃。
博之は宿で足を揉みながら唸っていた。
「伊賀、ほんまに大丈夫かな」
「今回かなり歩いたでしょう」
「かなり歩いた」
「途中かなり乗ってましたけど」
「それは休憩や」
「荷車で二刻は休憩じゃないです」
「うるさいなあ」
ただ、店は育っていた。
熱田では饅頭が売れ、安城では信楽焼が少しずつ動き、人も増えている。
一方で、三河には三河の難しさがある。
「まあ、急がんでええな」
博之は布団へ転がった。
「店も道も、人も。ちょっとずつや」
「伊賀越えも?」
「それはもうちょっと急いで足作る」
「明日も歩きます?」
「明日は荷車で帰る」
「駄目じゃないですか」
そんなやり取りをしながら、一週間の尾張・三河巡回は終わった。




