博之45歳。3月1週目。帳面合わせ。不細工番付の男衆を励ましたいwww宴会を開き勇気づけるwww
三月一週目。
「旦那様、帳面合わせです」
「はいはい。もうざっくりでええよ」
ヨイチが帳面を広げる。
「今期の利益が、およそ三千八百万文。各地の催しや移動費、伊勢参りなど諸々で
三百万文ほど見て――」
「差し引き三千五百万文増えた、と」
「はい」
「……もう分からんなってきたな」
「何がです?」
「三千五百万文増えました言われても、前ほど驚かへん自分が怖い」
「旦那様が麻痺してるだけです」
商いそのものは順調だった。
ところがヨイチは、帳面とは別の報告を一つ持ってきた。
「そういえば、以前の男衆番付ですが」
「一般と不細工の?」
「はい。不細工部門の者たちが、少し微妙な感じになっております」
「何で?」
「最初は盛り上がりましたけど、その後は別に女衆から注目されるわけでもないので」
「……それはあかんな」
仕事は真面目にしている。
包丁をもらって喜び、料理の腕も上げている。
だが結局、一般部門の人気者には女衆が集まる。
「ほな宴会や」
「また急ですね」
「宴会やったら喋れるやろ」
ただし、不細工部門だけ集めても女衆が来ない可能性が高い。
「一般部門の男も混ぜよ」
「それでは結局そちらへ集まりません?」
「……確かに」
実際、その通りになった。
宴が始まると、女衆の多くは料理教室でも人気の男たちの周りへ集まった。
「見てられへんな、お前ら」
博之は不細工部門の男たちを呼び寄せた。
「しゃあない。お前ら料理作れ」
「今からですか?」
「一品か二品。値段考えんでええ。自分が一番うまいと思うやつ」
男たちは顔を見合わせたが、そこは伊勢松坂屋の料理人である。
しばらくすると、丁寧に焼いた魚、親鶏と野菜の煮物、小さな汁物などが並んだ。
「食べてください」
最初は数人だけだった。
だが、一口食べた女が目を丸くする。
「これ、あなたが作ったんですか?」
「はい。今、任せをやってます」
「すごいですね」
「旦那様から包丁もろたんで、次は師範代目指してます」
「こんなご飯、毎朝作ってくれるんです?」
男は少し照れながら答えた。
「まあ……頑張ります」
「ほんま?」
「見て分かるでしょう」
「何がです?」
「僕ら、こんな感じなんで」
自分の顔を指す。
「来てくれる人には丁寧にしますよ。そらもう」
女が吹き出した。
「じゃあ、一緒に遊びに行くだけでも喜んでくれる?」
「めちゃくちゃ喜びます」
「向こうの人らは人気ありすぎて、ちょっと怖いんですよね」
「そういう理由でも歓迎します」
そのやり取りを遠くから見ていた博之が、すぐ寄ってきた。
「あんた、見る目あるな」
「旦那様?」
「こいつの良さ分かってくれて、わし嬉しいわ」
「また始まった」
「わしも不細工側の人間やからな」
「旦那様、またそんなこと言うて」
「ええねん」
博之は懐から千文を出した。
「ほら」
「何です?」
「二人で飯でも食いに行ってき」
「旦那様、それはちょっと……」
「手付けちゃうぞ。祝い金や!」
「まだ何も始まってませんよ!」
「始めたらええやん」
女も男も真っ赤になる。
そこへ一般部門の男が横から言った。
「旦那様、それはずるいんちゃいます?」
「何が?」
「不細工部門だけ千文付きですやん」
「お前らは普段からキャーキャー言われてるやろ!」
「それとこれとは別ですって」
「十分や!」
博之はこっそり不細工衆へ言う。
「縁があったら、こういう時ぐらい俺も手伝ったる」
「旦那様……」
「せやから腐るな」
少しだけ真面目な声になる。
「時々腐るんは分かる。俺も腐るからな」
男たちが笑う。
「でも俺は伊勢松坂屋の大旦那や。ちゃんと仕事してる奴には、仕事だけやなくて、
何か返せる時は返したい」
「ありがとうございます!」
「旦那様、またこういう宴会してください!」
「毎回千文出すと思うなよ!」
男たちの顔が、一気に明るくなった。
すると博之は今度は釘を刺す。
「ただしな」
「はい?」
「千文に釣られて寄ってくるような女はあかんぞ」
「旦那様!」
女衆から一斉に声が上がった。
「金だけ見て来る相手は怖い。心見ろ、心」
「さっき自分で千文渡してましたやん!」
「それはそれ!」
一般部門の男たちまで少し考え込んだ。
「確かになあ」
「料理教室でキャーキャー言われても、それだけで舞い上がったらあかんか」
「そうやぞ」
博之は得意げになる。
「人気あるからって、全部本気とは限らん」
「旦那様、私たちを悪者みたいに言うのやめてください!」
今度は女衆から抗議が飛ぶ。
「いや、全員の話ちゃう!」
「さっきから女は金に寄るとか、美男には寄るとか!」
「一般論や一般論!」
「旦那様の偏見です!」
お花まで呆れている。
「旦那様」
「何?」
「せっかくええ話になりかけたのに、最後に全部壊しましたね」
「なんでやねん」
宴会場に笑い声が広がった。
一般部門も、不細工部門も、女衆も。
結局は同じ伊勢松坂屋で働く仲間だった。
ただ、不細工部門の男たちだけは、その日から少し胸を張るようになった。
「顔で負けても腕でいくぞ」
「師範代目指すぞ」
そんな声を聞きながら、博之は満足そうに頷く。
「それでええ。それでええねん」
ヨイチは帳面に宴会費を書き込みながら、ため息をついた。
「三百万文の諸経費、来週もう少し増やしといた方がよさそうですね」
「それは聞こえへんことにするわ」




