博之45歳3月1週目。子供たちを伊勢神宮に連れて行った余波が色濃く残る。女衆が連れて行けとせがむwww
三月一週目。
伊勢参りから戻って数日。
博之は、妙に町の者たちの当たりが柔らかいことに気づいていた。
「旦那、この前えらい大盤振る舞いやったそうですな」
「何の話?」
「子供らですよ。伊勢神宮連れてって、土産までいっぱい買ったとか」
「ああ……」
「うちの子もずっと喋ってますよ。船乗った、天ぷら食った、伊勢は人いっぱいやったって」
「そんな喋ってんの?」
「めちゃくちゃですよ」
そして、だいたい最後にはこう続く。
「またやってくださいよ」
「いやいやいや」
博之は両手を振った。
「わしゃ施し仙人ちゃうぞ」
「ほな今度は大人向けとか」
「なんで規模広げんねん!」
店へ戻れば、今度は女衆が寄ってきた。
「旦那様」
「何?」
「私たちも伊勢行きたいです」
「またその話?」
「子供らだけずるいですよ」
「お前らは趣旨が違うやろ」
「何が違うんです?」
「寺や神社よう手伝って、一週間働いたご褒美やで」
「私ら毎日働いてます」
「……それ言われると弱いな」
女衆が笑う。
「買い付け隊に入ったら伊勢でも鳥羽でも行けるぞ」
「それは大変です」
「ほな俺の嫁になるか」
博之は胸を張った。
「嫁やったらなんぼでも連れてったる」
「それはちょっと」
「なんで即答やねん」
「旦那様と二人きりやと、年齢差で会話に困りそうです」
「ひどない?」
「集団で行きましょう」
「なんで俺との旅行が団体旅行になるん?」
さらに一人が言った。
「若い料理人さんも一緒なら、もっと楽しいです」
「なんで俺がお見合いの斡旋せなあかんねん!」
「福利厚生ですよ」
「どの口が言うとんねん!」
博之はむっとして、周りの男衆を見る。
「ほな不細工部門に入ってた男らも連れてったるわ」
「ええ……」
「なんや、その反応!」
「できれば釣り合いの取れた方が」
「お前らな、不細工の良さ分かってへんぞ」
博之は急に力説し始めた。
「顔で勝負できへん男はな、仕事で頑張るねん」
「旦那様もですか?」
「俺もや!」
周囲から笑い声が上がる。
「飯覚える。働く。気ぃ遣う。で、拾ってもろたら『ありがとうございます』いう気持ちになる」
「拾うって言い方どうなんです?」
「そこは例えや」
博之はさらに続けた。
「そういう男は嫁に財布握られても文句言わへんぞ」
「それは旦那様の希望では?」
「ええねん!」
「でも毎日顔見るんですよ?」
「年取ったら皆だいたい一緒や!」
「旦那様!」
「今のは怒られるやつやった?」
お花が遠くから睨んでいる。
「ほらな」
女衆が笑う。
「でも美形の料理人は危ないぞ」
「何がです?」
「料理教室でキャーキャー言われてるやろ」
そこへ、一般部門の人気投票で上位に入った若い料理人が通りかかった。
「おい」
「はい?」
「お前、料理教室で女衆にキャーキャー言われてんの知ってんねんぞ」
「旦那様、僕らをそんな敵みたいに言わないでください」
「敵やない。嫉妬の対象や」
「それ前も聞きました」
「そら顔ええ男は選べるからな」
「何をです?」
「嫁を!」
女衆がまた笑う。
「お前らもな、美形捕まえたら最初はええぞ。でも向こうも選べるいうこと忘れたらあかん」
「旦那様、急に何の講義です?」
「人生や」
「自分がモテへん話では?」
「黙れ」
とうとうお花まで笑っていた。
「そもそも何で俺が、お前らのお見合いのために伊勢まで連れていかなあかんねん」
「福利厚生ですって」
「だから何で俺の福利厚生が婚活旅行になんねん」
「でも旦那様、松坂にいる時は女衆を買い物に連れてってくれるでしょう」
「たまにや!」
「子供四十人も伊勢へ連れていったんですし」
「……それ言われると弱い」
博之は頭を抱えた。
「九鬼水軍からも言われてんねんぞ。『うちの子らも』って」
「モテモテじゃないですか」
「そういうモテはいらんねん!」
「じゃあどんなモテがいいんです?」
「もっとこう……ちやほやされる感じ」
「されてますよ」
「違うねん」
博之は真顔で言った。
「俺が欲しいのは『旦那様素敵』とかそういうやつやねん。今の俺、完全に引率の先生やん」
女衆が一斉に笑った。
「でも皆、旦那様好きですよ」
「ほんま?」
「子供らもめちゃくちゃ楽しそうでしたし」
その言葉には、博之も少しだけ顔を緩めた。
「まあ……あれは連れてってよかったと思うよ」
「でしょう?」
「でも、それを俺が自慢して『ほらモテるやろ』って振り回すんは違うねん」
「難しい旦那様ですね」
「自分でもそう思う」
「ほな伊勢旅行、考えといてくださいね」
「なんでそこに戻るん!」
「集団で」
「若い料理人も一緒に」
「不細工部門も入れろ!」
また笑いが起こる。
八億を超える商いを動かし、北伊勢の話までまとめた大旦那は。
三月に入ってなお、
「思ってたモテ方と違う」
という、どうでもいい悩みを女衆にいじられ続けていた。




