博之45歳。2月4週目。子供たちを伊勢に連れていく問題をどう整理するか頭を悩ませる博之と笑う和尚さん
二月四週目。
饅頭のご褒美会が思った以上に受けた結果、博之のところには別の問題が持ち込まれていた。
「旦那、伊勢連れてって!」
「俺も!」
「私も行きたい!」
「……あかんな。話でかなってきた」
饅頭一個なら笑って渡せる。
だが伊勢神宮参りとなれば話は違う。
一人二人ならまだしも、二十人、三十人となれば、船や荷車、飯、場合によっては
寝床まで必要になる。
「これ、もう施しの範囲超えるよなあ」
博之は郊外の和尚へ相談した。
「旦那さん、真面目すぎません?」
「いやいや、ここ大事やって」
「八億文もあるんでしょう。どーんと連れてったらええやないですか」
「それやったら次に『鳥羽の子は?』『津は?』『白子は?』ってなるやろ」
「ああ……」
「それに松阪の中でも違うねん」
城下の子供たち。
郊外の寺や神社へ集まる子供たち。
暮らし向きは同じではない。
「郊外の子には、普段のお駄賃も少し厚めにしたいやろ。ほんまに銭ない家もあるから」
「そうですな」
「でも城下の子も、伊勢神宮へ簡単に行けるわけちゃう」
侍の子なら、将来は城に仕えるかもしれない。
町人の子なら、親の商いを継ぐかもしれない。
全員が伊勢松坂屋へ入るわけではないし、それでいい。
「『うちで働いたら伊勢行けるで』って希望見せすぎるんも嫌やねん」
「囲い込みみたいになりますな」
「そうそう。農家の子は農家でもええし、漁師の子は漁師でもええ」
和尚が腕を組んだ。
「では、ご褒美にするしかないですかね」
「やっぱそこかなあ」
「試験でもします?」
「試験?」
「読み書きとか」
「それやと勉強できる子ばっかりになるやろ」
「では、お手伝い」
博之の顔が少し変わった。
「……それ、ええかもしれんな」
寺や神社で普段からよく手伝っている子供を推薦してもらう。
その中から、城下で十人ほど。
郊外の寺や神社から合わせて三十人ほど。
「合計四十人か」
「多いですね」
「でも一回なら回せる」
ただそのまま連れていくのではない。
「一週間、うちの店で手伝ってもらうか」
「子供に?」
「軽い仕事だけやで」
掃除。
薪を運ぶ。
皿を並べる。
お楽しみ袋を詰める。
店先で客へ声をかける。
「十歳以上ぐらいかな」
「五つ六つの子は?」
「さすがに伊勢まで連れてくん怖いやろ。船乗って『気持ち悪い』言われても困るし」
「それはありますな」
「小さい子には饅頭とか別の褒美でええ。『大きなったら行ける』っていうのも希望になるやろ」
和尚が頷いた。
「一週間働いたお駄賃は?」
「一日四十文ぐらい?」
「七日なら二百八十文」
「それを本人に持たせる」
「なるほど」
伊勢神宮までの移動費や飯代は伊勢松坂屋が持つ。
働いて得た二百八十文は、本人の銭。
「門前町で好きなもん買えばええねん」
「甘味でも小物でも」
「使わんで家に持って帰ってもええ」
「それなら筋は通りますな」
「やろ?」
博之は少し嬉しそうだった。
「『可哀想やから連れてった』じゃない。寺や神社でよう頑張った。推薦された。
うちで一週間ちゃんと働いた。そのご褒美で伊勢参り」
「ええと思います」
「ただし」
博之は指を立てる。
「七日ちゃんとやれへんかったら無し」
「厳しいですな」
「遊びに来るんちゃうからな」
「病気は?」
「それは別。熱出た子に働けとは言わん」
「その辺はちゃんとしとりますな」
「俺を何やと思ってんねん」
そこへ、話を聞いていた子供が口を挟んだ。
「旦那、今、伊勢行くって言った?」
「まだ決めてへん!」
「言った!」
「言うてない!」
「四十人って言った!」
「人数考えてただけや!」
別の子まで駆け寄ってくる。
「掃除したらええん?」
「まだ和尚さんと相談中!」
「俺、毎日掃除する!」
「私も!」
「急に頑張んな!」
和尚が腹を抱えて笑った。
「旦那さん、もう始まってますで」
「だからこうなるから慎重にしたかったんですよ!」
「でも、ええんちゃいます?」
「何が?」
「頑張ったら、ちょっと先に楽しみがある。それぐらいは」
博之は騒いでいる子供たちを見る。
「まあ……それはそうやな」
全員を無条件で連れていくことはできない。
だが、手の届くご褒美を用意することはできる。
「ほな一回だけ、仕組み作ってみるか」
「旦那、やるって!」
「やった!」
「待て待て!」
博之が慌てる。
「親御さんにも聞く! 和尚さんらの推薦もいる! 十歳以上! ほんで一週間ちゃんと働く!」
「はい!」
「返事だけはええな!」
和尚が笑った。
「これで伊勢神宮の門前町も賑やかになりますな」
「四十人連れて歩く俺の身にもなってくださいよ」
「八億文の大旦那でしょう」
「八億文あっても子供四十人は怖いねん!」
また笑い声が起きた。
饅頭一個から始まったご褒美は、とうとう伊勢参りへ。
しかし博之は、ただ銭を撒くだけにはしなかった。
頑張った者が選ばれ、自分で少し働き、自分の銭を持って伊勢へ行く。
「これなら、まあ……施しというより思い出作りやな」
博之が呟く。
和尚は笑って答えた。
「旦那さんが一番楽しみにしとるように見えますけどな」
「それは否定せんわ」
春を前に、松坂の子供たちには、また一つ新しい楽しみができようとしていた。




