博之45歳。2月4週目。饅頭を炊き出しと一緒にせずご褒美として提供する。伊勢で売る話をしたら伊勢に連れていけと子供たちがせびるwww
二月四週目。
松阪のお殿様から、
「高う売るつもりなら、普段の炊き出しでばら撒くんやなくて、何かの褒美に使えばええやろ」
と言われた博之は、
「それ、ええな」
と素直に採用した。
まず松阪の神社。
それから郊外の寺と、松阪の寺。
いつものように飯を出しつつ、今回は蒸籠を一つ余分に持ち込んだ。
「今日はな、ちょっと珍しいもん持ってきたで」
蓋を開ける。
白い湯気がぶわっと上がり、丸に井の焼印が押された饅頭が姿を現した。
「うわっ!」
「何それ!」
「食べたい!」
案の定、子供たちの目が変わった。
「待て待て。全員にはない」
「えー!」
「これ、今から高う売ろうと思ってる新しい飯やからな。そんなぽんぽん配られへん」
「けち!」
「けちちゃう。商売人や」
とはいえ、誰に渡すか決めるのも難しい。
勉強ができる者だけではつまらない。
足が速い者だけでも偏る。
「ほな、もうこれで決めよ」
博之は箱を持ってこさせた。
中には一から十四までの数字を書いた札。
「何するん?」
「今から番号引く。ほんで、その番号の年の子に質問する」
「意味分からん!」
「俺も今考えたからな」
子供たちが笑う。
博之が一枚引いた。
「十二!」
「十二歳!」
「ほな十二歳の女の子で、一番駆けっこ速いと思う子!」
「私!」
「私も!」
「いや二人おるやん」
「この前私勝った!」
「ほな前の勝負で勝った子!」
「はい!」
「よし、肉饅頭一個!」
「やったー!」
湯気の立つ饅頭を紙で包んで渡す。
「熱いから気ぃつけや」
十二の札を抜き、次。
「五!」
「五歳!」
「五歳の男の子で、一番字ぃ覚えてる子!」
「僕!」
「ほんま?」
和尚が横から笑う。
「その子はよう覚えとります」
「ほな甘い方!」
「やった!」
これが思った以上に盛り上がった。
次は、
「九歳で一番掃除頑張ってる子!」
その次は、
「七歳で弟か妹の面倒よう見てる子!」
「十歳で薪運び一番頑張ってる子!」
勉強でも運動でもないところまで、どんどん広がっていく。
「旦那様、それもう人気投票と変わらんのでは?」
付き添っていた者が言う。
「ええねん。頑張った理由なんか何でも」
饅頭をもらった子供は大喜びし、もらえなかった子供は悔しそうに蒸籠を眺める。
「おっちゃん、もう一回!」
「おっちゃんちゃう。旦那や、旦那」
「旦那、もう一回!」
「急に言い直すな」
和尚まで笑っていた。
「ええ催しになりましたな」
「そうやろ?」
「でも全部配れば早いでしょう」
「それはあかん」
博之はそこだけ真面目だった。
「これ高く売るつもりやからな」
「そこですか」
「ご褒美やからええねん。普段から全員に渡してたら、ありがたみなくなるやろ」
そこへ一人の子供が聞いた。
「これ、伊勢でも売るん?」
「まだ決めてへんけど、まあそのつもり」
「伊勢行きたい!」
「俺も!」
「私も伊勢神宮見たい!」
一斉に声が上がった。
「いや、それは話別や」
「なんで!」
「饅頭一個と伊勢まで連れていくん、一緒にすんな」
「連れてって!」
「無理無理」
しかし郊外の寺でも以前似たような話をされたことを思い出す。
博之自身、この辺りの子供たちには随分親しみがあった。
「まあ……やらんとは言わん」
「やった!」
「まだ何も言うてへん!」
子供たちが一斉に騒ぐ。
「全員は無理やぞ。ほんまに」
博之は和尚を見る。
「全員連れてったら、さすがに施しすぎですよね」
「まあ、そうでしょうな」
「ここだけ特別扱いしたら、他の寺や店の子供から『なんであそこだけ』ってなるし」
「揉めますな」
「それが一番嫌や」
ならば、もしやるとしてもご褒美にする。
「掃除よう頑張った十人とか」
「勉強でもええですな」
「薪運びでもええし、年下の面倒見てるとかでもええ」
子供たちの目がまた輝いた。
「それ頑張ったら伊勢行けるん?」
「まだ和尚さんと相談や!」
「今やるって言った!」
「言うてない!」
「言うた言うた!」
「言うてへん!」
とうとう和尚まで声を上げて笑い出した。
「大旦那、もう逃げられませんな」
「和尚さんまで何言うてんの」
「十人ぐらいなら、考えてもええんちゃいます?」
「だから相談してから!」
博之は子供たちを指差した。
「お前らな、伊勢神宮の門前町の物価なめんなよ」
「物価?」
「飯も食うやろ。泊まるかもしれんやろ。船も使うかもしれん。
十人連れていくだけでも銭かかんねんぞ」
一人の子供が首を傾げた。
「旦那、八億文持ってるんやろ?」
「誰がそんなこと教えた!」
周囲が大爆笑になる。
和尚が腹を抱えた。
「旦那様も子供みたいなこと言いますなあ」
「どこがです?」
「八億持ってるのに『門前町高いぞ』言うて脅してますやん」
「八億あっても高いもんは高いねん!」
「はいはい」
結局その日は、饅頭をもらえた子も、もらえなかった子も、蒸籠の周りで最後まで騒いでいた。
新しい饅頭は、味の評判だけでなく。
どうやら「頑張ったら食べられるご褒美」としても、かなり強いらしい。
博之は帰り道、少しだけ嫌な予感を覚えていた。
「……これ、伊勢連れてけって話、ほんまに来るんちゃうやろな」
付き添いの者が笑う。
「旦那様、自分で種まいたんでしょう」
「饅頭配っただけやのに」
「旦那様の場合、それで終わったことほとんどないですから」
「またそれ言う?」
新しい名物は、まだ正式に売ってすらいない。
それなのに松阪では、すでに次の催しの話まで膨らみ始めていた。




