博之45歳。2月3週目。和尚さんに見せてもらった書物をもとに復元と改造を施す。餡子と肉がうまい。箸も器もいらない。いいぞこれ
二月三週目。
奈良の僧から聞いた古い饅頭の話を持ち帰った博之は、さっそく料理人たちを集めた。
「まずな、勝手に変える前に、本に書いてあるやつ作ろう」
「珍しいですね。旦那様なら最初から変えそうですが」
「いや、元を考えた人に失礼やろ」
菜や根菜を細かく刻む。
少し炒め、塩や味噌で薄く味をつける。
小麦の粉を練った皮に餡を包み、一つずつ丸めていく。
それを蒸籠へ並べた。
「ほな一段目は、昔の菜饅頭な」
「はい」
「二段目は?」
「ふくふく焼きの餡子を入れてみよ」
「もう変えてますやん」
「一段目は守ったからええねん」
さらに三段目。
「肉餡や」
伊勢松坂屋で以前から使っている、親鶏を細かく叩き、葱や茸、細かな野菜を混ぜた餡。
こちらは饅頭の皮に負けないよう、普段より少し濃いめに味をつけた。
「先に炒めといてな」
「火は通しておくんですね」
「その方が失敗少ないやろ」
三つの蒸籠が積み上がった。
湯が沸く。
しばらくすると、白い湯気が隙間から勢いよく漏れ始めた。
「なんかええな」
「何がです?」
「見た目からして食いたなる」
蒸籠の蓋を開ける。
ぶわっ、と湯気が広がった。
「おお」
まずは元になった菜饅頭。
博之は熱そうに持ち上げ、半分に割った。
「熱っ」
「そら蒸したてですから」
「分かってるけど」
少し冷ましてから口へ入れる。
「……うん」
「どうです?」
「うまいっちゃうまい」
「微妙なんです?」
「違う違う」
博之はもう一口食べる。
「珍しい。というか、この発想した人が偉いわ」
小麦の皮で具を包めば、汁も椀もいらない。
蒸せば温かい。
「これ昔の人が考えたんやろ? まず敬わなあかんな」
「旦那様でもそういうこと言うんですね」
「俺を何やと思ってんねん」
次に餡子。
ふくふく焼きで使っている小豆餡を包んだものを割ると、中から甘い香りが立った。
一口食べる。
「……これええな」
「おいしいです」
女衆からもすぐ声が上がる。
「食べやすいです」
「手もそんな汚れませんね」
「やろ?」
博之の顔が変わった。
「これ、食べ歩きできるやん」
「また始まりました」
「天ぷらと一緒やって」
椀はいらない。
箸もいらない。
紙一枚あれば、手渡してそのまま食べてもらえる。
「門前町向きやなあ」
「どこの門前です?」
「それは後で考える」
そして最後は肉餡。
持った瞬間から少し重い。
「お、ずっしり来るな」
割れば、親鶏と野菜の香りが湯気と一緒に上がった。
「これ絶対うまいやろ」
口へ入れる。
「……うまっ」
博之が思わず言った。
「これええぞ」
「肉の味がしっかりしますね」
「皮があるから、餡ちょっと濃いめで正解やな」
一個食べれば、菜饅頭や甘い饅頭より腹にたまる。
「しかも箸いらん」
「旦那様、それさっきから気に入ってますね」
「大事やぞ。配る時めっちゃ楽やん」
さらに博之は海沿いで使えないかと、魚のつみれ餡まで試した。
「これも蒸してみよ」
再び蒸籠。
魚を叩き、葱と味噌を少し混ぜ、皮へ包む。
皆で食べる。
「……」
「……」
「どうです?」
「悪くない」
料理人が笑った。
「旦那様、その言い方は失敗ですね」
「うん」
博之も笑う。
「魚は普通に天ぷらにした方がうまいわ」
「私もそう思います」
「これは無し!」
魚饅頭はあっさり落選した。
「ほな、うちは甘いのと肉の二つやな」
「売るんですか?」
「試してみたいやん」
博之は残った饅頭を眺める。
「それでな、伊勢松坂屋のやつって分かるようにしたい」
「どうやって?」
「焼印」
紙へ丸を描き、その中に井の字を書く。
「丸に井」
「これを?」
「饅頭の上にぽんと押す」
「なるほど」
「あと、天ぷら包んでる紙あるやろ」
「はい」
「あれにも丸に井つけられへん?」
「墨で刷るか、印を押すかですね」
「それでええ」
丸に井の焼印が入った白い饅頭。
同じ印の紙で下半分を包む。
「歩いてる人見ただけで、伊勢松坂屋のやつって分かるやろ」
「もう売る気満々ですね」
「いや、まだ試しやって」
「どこで?」
「伊勢とか」
「また伊勢のことばっかり考えてません?」
「いやいやいや」
博之は慌てて手を振った。
「せっかく奈良の古い本から復元したんやで。いきなり伊勢だけで売るん、もったいないやん」
「では松坂?」
「まず松坂のお殿様に食べてもらおうか」
「やっぱりそこですか」
「偉い人に食べてもろて、『これええやん』言われたら自信つくやろ」
「旦那様」
「何?」
「また悪い癖が出てますよ」
「何が?」
「暇つぶしで始めた料理を、もう商品にしようとしてます」
博之は少し黙った。
「……でも、うまかったやろ?」
「うまかったです」
「ほな、しゃあないやん」
「何がしゃあないんですか」
料理人たちが笑う。
古い書物に残っていた菜饅頭。
それを再現するだけだったはずが、数刻後には甘い饅頭と肉餡の饅頭が生まれ、
さらに丸に井の焼印まで作る話になっていた。
暇になった大旦那は、やはり暇なままでは終わらなかった。




