博之45歳。2月3週目。暇すぎて郊外の和尚さんのところにいき、奈良の書物で食べ物系のないかと聞く。根菜の饅頭の話を聞き興味を持つ。
二月三週目。
「暇や、暇や」
博之は朝からそんなことを言いながら、松坂の郊外を少し歩いては店へ戻ってきた。
「今日は結構歩いたで」
「昨日より少し先までですね」
「積み重ねが大事やねん」
四月の伊賀越えに向けた足慣らしである。
しかし戻ってくれば、また暇だった。
「なんか仕事ない?」
ヨイチが帳面を持ち上げる。
「ありますよ」
「何?」
「帳面」
「それ以外」
「ありません」
「即答やめて」
「各地からの報告ならあります」
「それ聞く」
博之はすぐ座った。
「近江今津の方で、師範が一人『任せ』を作ったそうです」
「誰?」
「旦那様は会ったことありません」
「……俺知らん奴が任せになったん?」
「はい」
「勝手に?」
「旦那様が師範に焼印渡したんでしょう」
「ああ……」
「亀山の方でも、腕のいい若い者が出てきているそうです。まだ見習いですが、
任せ候補として育てると」
「その子も知らん」
「でしょうね」
博之はしばらく黙った。
「ほな俺いらんやん」
「それを目指したんでしょう」
「目指したけど、ほんまにいらんようになると寂しいねん」
「面倒くさいですね」
「ひどい」
結局、博之は拗ねた。
「もうええ。和尚さんとこ行ってくる」
「帳面は?」
「帰ってから考える」
「見ないやつですね」
弁当を一つ包ませ、いつもの郊外の寺へ向かった。
寺へ着くと、幸い奈良から来ている僧もまだ滞在していた。
「おお、大旦那。また暇ですか」
「なんで分かるんです?」
「最近よく来られますから」
「暇になる仕組み作ったら、ほんまに暇になったんですよ」
縁側へ座り、持ってきた弁当を広げる。
しばらくどうでもいい話をした後、博之がふと思いついた。
「和尚さん」
「はい」
「奈良に面白い書物とかないです?」
「面白い、と申しますと?」
「飯の本」
「飯?」
「別に高尚なんいらんですよ」
博之は笑った。
「俺、難しい漢文とか読まれへんし」
「胸張って言うことですかな」
「昔の飯とか、珍しい食いもんとか、作り方書いてるようなん」
「なるほど」
「金払ってでも集めたいんですよ」
「また何か始めるんですか」
「暇なんですよ」
博之は握り飯を食べながら続ける。
「今まで自分の頭の中にあるもんは結構やったでしょう」
うなぎ。
海鮮焼き。
ふくふく焼き。
天ぷら。
甘味。
「でも昔の人が食ってたもん見たら、そこからちょっと変えられるやん」
「伊勢松坂屋風に?」
「そうそう」
完全に同じものを再現する必要はない。
昔の料理を一度作る。
そこへ伊勢で手に入る材料を入れる。
調味を変える。
食べやすくする。
「昔の本に残すぐらいやから、たぶん何かしら珍しいとか、うまいとか、理由あるでしょう」
「まあ、そういうものもございますな」
「それ地方で再現して『昔こんなん食ってました』言うたら、皆面白がるやろ」
「商売にもなりますな」
「俺もモテるかもしれん」
奈良の僧が箸を止めた。
「最後の一言が余計でしたな」
「そこ大事やのに」
「大旦那は飯だけ考えてください」
笑いながら僧は、自分の荷物の中を探り始めた。
「そういえば……」
「何かある?」
「今回持ってきたものの中に、饅頭のようなものについて触れた書があった気がします」
「饅頭?」
「はい」
何冊か取り出し、ぱらぱらとめくる。
「ああ、これですな」
博之も覗き込んだ。
「……読まれへん」
「でしょうな」
「和尚さん教えて」
「最初からそのつもりでしょう」
僧が苦笑した。
「小麦の粉を練った皮で、菜や根菜などを細かくしたものを包み、蒸して食べるものです」
「焼かへんの?」
「蒸します」
「蒸籠で?」
「そういうことですな」
博之の表情が少し変わった。
「中に野菜入れて、粉の皮で包む?」
「はい」
「ほんで蒸す?」
「はい」
「それだけ?」
「大まかに申せば」
博之はしばらく考え込んだ。
「……面白そうやな」
「何か思いつきました?」
「いや、まだやけど」
博之は指で包む仕草をする。
「野菜入れられるんやったら、他のもん入れられるやろ」
「また改造する気ですか」
「とりあえず元のやつ作ろうや」
「ここで?」
「松坂帰って料理人に頼む」
「旦那様、暇やったんでは?」
「暇やからやるんやん」
奈良の僧が笑う。
「結局、仕事を自分で作りますな」
「これ仕事ちゃうで。遊びや」
「その遊びが、いつも商いになるんでしょう」
「それは作ってから考えます」
博之はもう一度、書物を覗き込んだ。
古い時代の人間が、小麦の皮で野菜を包み、蒸して食べたという。
「これ、熱々で食ったらうまそうやな」
師範たちが勝手に育ち、博之の仕事は減っていた。
しかし暇になった大旦那は、今度は昔の書物の中から、新しい飯の種を見つけようとしていた。




