博之45歳。二月二週目の後半。暇すぎて伊勢神宮にお参りする。仕事の話もあるが、暇つぶしに話聞いてもらえるだけ嬉しい博之
二月二週目の後半。
「暇や」
「はいはい」
「ほんま暇やなあ」
「旦那様」
お花がとうとう呆れたように言った。
「そこまで暇暇言うんでしたら、伊勢神宮へお参りしてきたらどうです?」
「……それもそうやな」
博之はむくりと起き上がった。
「今年まだ、ちゃんとゆっくり顔出してへんしな」
ということで、伊勢神宮への寄進と、伊勢の領主への手土産を用意し、
数日後には伊勢へ向かうことになった。
道中、伊勢方面の買い付けを担当している女衆とも一緒になる。
「最近どうなん?」
「何がです?」
「仕事。あちこち行かされてるやろ」
「楽しいですよ」
「ほんま?」
「はい。伊勢もそうですし、鳥羽や白子にも行きますし。前より色んなもの見られますから」
「ええなあ」
博之は羨ましそうに言う。
「皆、楽しいことばっかりして」
「何言うてるんですか」
「俺なんか帳簿から逃げながらゴロゴロしてるだけやで」
「その仕組み作ったの旦那様でしょう」
女衆が笑う。
「それに、旦那様が色々やってくれたから、私らもこうやって出歩けるようになったんですよ。
感謝してます」
「ほな好きになってくれてもええんちゃう?」
「それとこれは別です」
「即答やな」
周りから笑い声が上がった。
「そういえば旦那様」
「何?」
「最近、松坂の女衆に色々買ってあげたそうですね」
「……情報早いな」
「男衆にも千文とか包丁とか配ったとか」
「それも知ってんの?」
「私らにも何かないです?」
「嫌や」
「なんでですか!」
「やりすぎたら、お花とヨイチに怒られる」
「もう怒られてるでしょう」
「これ以上怒られたくないねん」
そんな話をしながら伊勢へ着き、まずは伊勢神宮へ向かった。
参拝を済ませ、寄進の話をしていると、門前の者から声をかけられた。
「伊勢松坂屋さん、もう一軒ぐらい門前で何かやりませんか?」
「もう一軒?」
「小物屋なんかでもええですし」
「うーん」
博之は少し考える。
「瀬戸焼とか信楽焼とか、奈良筆とか、そういう各地の小物を集めて置く店なら面白いかもな」
「ぜひやってください」
「でも、相場崩さんようにしてくださいよ」
「相場?」
「うちだけ安売りして、昔からやってる店が困るんは嫌やから」
博之は周りの門前町を見た。
「正直、伊勢ではもう結構店やらせてもろてるでしょう」
「はい」
「もし今後、うちよりええ商いする人が『ここでやりたい』言うたら、
場所譲ってもらってもええですよ」
「え?」
「その間だけ借りるぐらいで」
相手が目を丸くした。
「そんな扱いでええんですか?」
「ええですよ」
「今の伊勢松坂屋さんにやってもらったら、まず人来ますよ。こっちとしては、
むしろずっといてほしいぐらいです」
「それなら、まあやります?」
「ぜひ」
「ただ、ほんまに遠慮なく言うてくださいね」
門前の者が笑った。
「大旦那は太っ腹ですなあ」
「いやいや」
「色んなところへ顔出してるだけありますわ」
博之は自分の首を指した。
「いや、これ見てくださいよ。首」
「また比叡山の話ですか」
「まだ何も言うてへんやん」
「どうせ各地で言い回ってるんでしょう」
「最近はあえて言いません」
「なんで急にしおらしくなるんです」
「もうちょっと遊んでくださいよ」
また笑いが起こった。
その後、伊勢の領主のところへ挨拶に向かう。
「おお、来たか」
「今年もよろしくお願いします」
「伊勢神宮へ参ったそうやな。ええことや、ええことや」
手土産を渡し、北伊勢の話にも触れる。
「松坂の殿とも文をやり取りしとる。北伊勢も、とりあえず形になったそうやな」
「はい。しばらくはあの形でいけると思います」
「こちらとしてもありがたいぞ。戦にならんだけでも十分じゃ」
「そう言っていただけると」
領主は少し笑った。
「ただし博之」
「はい」
「松坂ばっかり気にするなよ」
「え?」
「伊勢もちゃんと見ろ」
「もちろんです」
「最近、松坂のお殿様と仲良すぎるじゃろ」
「近いですから」
「こちらにも遊びに来い」
「話し相手になっていただけるなら、喜んで」
博之が笑う。
「ちょうど今、暇なんですよ」
「は?」
「仕組み化が進みすぎまして」
師範が各地で判断する。
見習いや任せも現地で育てる。
帳場もかなり整った。
「私が逐一言わんでも、商い回るようになってきたんです」
「それはええことではないか」
「ええことなんですけど、四月に伊賀越えするまでは、ちょっと暇持て余してまして」
領主がしばらく黙った。
「……贅沢な奴じゃな」
「そうですか?」
「そこら中の領主に顔出して、『暇です、暇です』言う商人がどこにおる」
「ここに」
「威張るな!」
二人とも笑った。
「でもほんま、暇なんですよ」
「なら伊勢にももっと来い」
「また店増やしてしまいますよ?」
「それは困るな」
「どっちですか」
「遊びにだけ来い」
「それが一番ありがたいです」
松坂では仕事を人に任せ。
暇になれば九鬼水軍のところへ行き。
今度は伊勢神宮と伊勢の領主のところへ顔を出す。
博之自身は暇を持て余しているつもりだった。
しかし周囲から見れば。
「暇な男が、なんで毎週違う土地におるんや」
という話なのであった。




