博之45歳。二月二週目、男衆人気投票。松坂本店は博之が催す。
二月二週目。
包丁騒動で勝手に傷ついた博之は、二日ほど布団でうじうじした後、今度は妙なことを思いついた。
「目安箱、置こか」
ヨイチが嫌な予感のする顔をした。
「何のためです?」
「人気投票」
「誰の?」
「男衆」
松阪の本店、支店、郊外の飯場、それから伊勢方面。
人の集まるところへ箱を置き、
『頑張っていると思う男衆の所属と名前を書いてください。一人一票』
と紙を貼った。
「まあ、普通の人気投票やな」
「それだけならまだ分かります」
「もう一個ある」
「嫌な予感がします」
博之は別の札を出した。
『不細工部門』
「旦那様!」
お花がすぐに止めた。
「何ですかこれは!」
「不細工でも頑張ってる男を選ぶ部門」
「失礼でしょう!」
「でも本人が入ってええ言うたらええやろ」
「誰が言うんです?」
「聞く」
結局、男衆にも説明したところ、
「面白いやん」
「俺、そっち狙えるかもしれん」
「一般無理やから不細工でいくわ」
と意外に乗り気な者が多く、そのまま実施されることになった。
二、三日後。
松阪だけ先に票を集め、博之自ら結果発表をすることになった。
飯場の前には女衆、男衆、料理人、帳場の者まで集まっている。
「えー、皆さん」
博之が前へ出た。
「今回は男衆表彰をします」
拍手が起きる。
「なんでこんなん始めたか言うとな」
少し間を置く。
「この前、女衆に『欲しいもん買ったるから買い物行こう』言うて、五人ぐらい連れてったんです」
「知ってます!」
「包丁も買ってましたね!」
「そこはもう触れんでええ」
笑いが起きた。
「まあ、俺が女好きやからやったことなんですよ」
「堂々と言いますね」
「でもな」
博之は腕を組む。
「女衆にだけ物買うて、男衆には何もせえへん、いうのもちょっと格好悪いやろ」
男衆から、
「おお」
という声が上がった。
「それに『旦那様、女にしか銭使わへんな』と思われたら、俺の好感度が下がる」
「そっちですか!」
「大事やぞ!」
また笑いが起こった。
「ということで、一般部門上位五人。一人千文」
「千文!?」
ざわつく。
「頑張ってる男への褒美や」
名前が順番に呼ばれていく。
飯場をうまく回している者。
荷運びを黙々と続けている者。
後輩の面倒見がいい料理人。
客から評判のいい男衆。
やはりというべきか、見た目の整った者も何人か入っていた。
博之は一人ずつ銭を渡しながら、微妙な顔をする。
「お前はやっぱ入ったか」
「ありがとうございます」
「まあ、美形やからな」
「そこ関係あります?」
「あるやろ。俺の嫉妬の対象や」
「素直すぎません?」
「でも頑張ってるんは認める」
「褒められてるのか分からんなあ」
一般部門の男たちは複雑な表情で千文を受け取った。
「さて」
博之の顔が急に明るくなる。
「本番です」
「本番?」
「不細工部門!」
会場が爆笑に包まれた。
「こっちは上位五人、一人千文と――」
布を外す。
そこには五本の立派な包丁が並んでいた。
「ええ包丁!」
「うおっ!」
「旦那様、ほんまですか!」
「ほんまや」
博之は胸を張った。
「お前らはな、俺と同じ業を背負った男たちやと思ってる」
「業?」
「女にモテたい。でも顔だけでは勝負できん」
「旦那様も含むんですか」
「含む!」
博之は力強く言った。
「俺なんかモテたくて頑張った結果、官位やら商売やら銭やら、いろんなもんにがんじがらめになった」
「それ、モテない理由ですか?」
「今、細かいこと言うな」
笑いが止まらない。
「金で何とかしようと思えばできるかもしれん。でもそんなことやったら女衆の好感度下がるし、
最悪店の空気まで悪なる」
お花が腕を組んでいる。
「よう分かってるやないですか」
「せやから、お前らに託す」
「何をです?」
「俺ら不細工衆の希望を!」
不細工部門上位の男たちが、なぜか胸を張った。
「美男衆が顔でいくなら、お前らは腕でいけ!」
「おお!」
「料理覚えろ! 仕事できるようになれ! 気遣い覚えろ! 女口説くならそこや!」
「旦那様、ありがとうございます!」
「こっちの方がめっちゃ喜んでますね」
ヨイチが呆れる。
包丁を受け取った一人は、感動したように刃を眺めた。
「こんなん自分では買えませんわ」
「大事に使えよ」
「はい!」
「そしていつか嫁を捕まえろ」
「頑張ります!」
「俺より先に結婚したら腹立つけどな」
「どっちなんですか!」
一般部門の男たちは、千文を手にしながらますます複雑な顔をしていた。
「旦那様、我々への扱い雑じゃないです?」
「別に嫌いちゃうぞ」
「じゃあ何です?」
「ただの嫉妬や」
「もっと悪いですやん」
女衆は腹を抱えて笑っている。
お花が博之の横へ来た。
「旦那様」
「何?」
「結局、男衆に褒美を出したいだけなら、普通に表彰すればよかったでしょう」
「それやったらおもんないやん」
ヨイチもため息をつく。
「千文を十人に、さらに包丁五本。理由が『女性人気を落としたくないから』」
「でも皆喜んでるやろ?」
見ると、不細工部門の五人は包丁を掲げ、妙な連帯感まで生まれている。
「旦那様!」
「何や!」
「我ら、腕で頑張ります!」
「おう! 顔で負けても飯で勝て!」
「はい!」
女衆から再び大きな笑い声が起こった。
お花は額を押さえた。
「なんでこんな企画が、最後ちょっとええ話みたいになるんでしょうね」
ヨイチが帳面に支出を書きながら答える。
「旦那様だからでしょう」
博之だけは満足そうに頷いていた。
「よし。これで男衆にもちゃんと還元した」
「旦那様」
「何?」
「次は何部門作るつもりです?」
「……おっさん部門とか?」
「やめてください」
即座に止められた。




