↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
メンヘラオジサン、戦国で飯屋を始める ~戦えない俺は食と金で成り上がる~★299.1万PV突破★  作者: メンヘラオジサン【監視アカウント】


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
677/714

博之45歳2月1週目。帳面合わせ。総額8億文。伊賀越えしてみたいと話すも4月まで待てと言われる。

 二月一週目。

 年が明けてから北伊勢を一週間かけて回り、ようやく松坂へ戻ってきた博之を待っていたのは、

 いつもの帳面だった。

「旦那様。帳面合わせです」

「もうどんぶりでええやろ」

「最初からどんぶり宣言しないでください」

 ヨイチが呆れながら帳面を開く。

「前回、七億七千万文で一旦締めております」

「うん」

「そこへ今回の利益がおよそ三千八百万文」

「相変わらずやな」

「北伊勢関係の支出、正月の催し、炊き出し、寄進、各地へ回した銭など、諸経費がおよそ八百万文」

「結構使ったな」

「旦那様が使わせたんです」

「北伊勢でだいぶ撒いたからなあ」

「還元です」

「そうそう、それ」

 博之は笑った。

「ほな、差し引き三千万文増えて……八億文か」

「はい。細かなところは後ほど合わせますが、おおむね八億文です」

 博之はしばらく黙って帳面を見た。

「八億かあ」

「実感ありません?」

「ないな」

 七億でも分からなかった。

 八億になったところで、もっと分からない。

「でも、使う銭もでかなってきたな」

「商圏そのものが広がっておりますから」

「まあ、楽しかったからええわ」

「北伊勢の調整を楽しかったで済ませる人も珍しいですよ」

 そんな話をしていると、博之はふと思い出した。

「俺も四十五やろ」

「はい」

「今年ぐらい、一回ちゃんと伊賀越えしときたいな」

 ヨイチが顔を上げる。

「伊賀へ?」

「伊賀から信楽の方へ抜ける道。あれ一回、自分の足で見ときたい」

 伊賀の者たちは今でも定期的に松阪へ来る。

 奈良や大和の寺から伊勢へ向かう者の中にも、伊賀を越える者は少なくない。

 ちょうど訪ねてきていた奈良の和尚にも話を振ると、即座に止められた。

「旦那様、今はやめときなはれ」

「なんで?」

「冬ですよ」

「知ってますよ」

「山は寒い。日も短い。道も悪い。行くなら四月ぐらいにしなはれ」

「そんなきつい?」

「きついです」

 和尚は笑った。

「旦那様、歩くの嫌いでしょう」

「嫌いやな」

「なら、なおさら春です」

 博之は少し考えた。

「まあ、一回行ってしんどかったら、多分二度と行かへんけどな」

「最初から二回目を諦めてるんですか」

「だって普通に行くなら、白子まで船で行って、亀山、関から荷車乗って草津方面へ抜けた方が楽やん」

「それはそうです」

「せやけど、足腰がまだ生きてるうちに一回ぐらいな」

 和尚が頷いた。

「来られたら伊賀の者は喜びますよ」

「そんなに?」

「そらそうでしょう。伊勢松坂屋の大旦那が、自分からあんな山道越えて来るとは誰も思いませんから」

「そこまで言われると行きたなるな」

「ただし春です」

「はい」

 和尚は少し真面目になった。

「去年の比叡山の一件は、伊賀の方でもだいぶ話になりました」

「またその話?」

「そらなりますよ。旦那様、首まで傷めてますやん」

「もう治ったって」

「皆、肝を冷やしたんです」

 伊賀は山に囲まれている。

 道が一本使えなくなれば、一気に不便になる。

「陸の孤島みたいなところですからな。比叡山の話を聞いて、伊賀の者も

 『道は一本に頼ったらあかんな』いう意識が出てきてます」

「それはええことやな」

「奈良の寺でも同じです」

 今は伊勢松坂屋が京都方面を回る道も整え、以前より移動の選択肢は増えた。

 だが、だからこそ和尚は若い僧には伊賀越えを経験させているという。

「修行でもありますから」

「わざわざしんどい道を?」

「若いうちはな」

 大和八木からなら、伊賀を抜けて伊勢へ向かった方が早い場合もある。

 山道を歩き、伊賀の寺へ寄る。

 そこで仏の話を聞く。

 土地の者と飯を食う。

「単なる移動やなく、文化交流みたいなもんです」

「なるほどなあ」

「もちろん足腰悪うなった和尚まで、勉強のために山越えせえとは言いませんよ」

「そら虐待や」

「若い者が一回経験して、後で年取った時に話せたらええ」

 博之は納得したように頷いた。

「ほな四月やな」

「そうしてください」

「あと二か月か」

「何です?」

「暇やなあ」

 その場にいた全員が博之を見る。

「旦那様」

 お花が口を開いた。

「暇ではありません」

「いや、伊賀行くまで二か月あるやん」

「やらなければならないことはいくらでもあります」

「例えば?」

「北伊勢の予後。師範の各地派遣。敦賀への道。尾張から三河。紀州航路。それから帳面」

「最後いらんやろ」

「一番必要です」

 和尚まで笑い出した。

「旦那様、帳面から逃げたいだけちゃいます?」

「違う違う」

「では何をするんです」

 博之は少し考え、堂々と言った。

「ゴロゴロする」

「なぜです」

「俺には俺の分身を作るという重大な役目があるからな」

 ヨイチが呆れた。

「ゴロゴロする理由を、ずいぶん立派にしましたね」

 和尚が声を上げて笑った。

「ほな四月まで、伊賀の者らに伝えときますわ。大旦那が足腰のあるうちに、一回山越えてみたい

 言うてるって」

「なんか老人みたいな言い方やめて」

「四十五でしょう」

「まだ若いわ!」

「なら歩けますな」

「……荷車は用意してな」

 皆が一斉に笑った。

 八億文を持つ伊勢松坂屋の大旦那が、次に悩んでいるのは天下でも領地でもなく。

 春に伊賀の山道を、自分の足で越えられるかどうかだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。