博之45才1月4週目。1週間かけて北伊勢視察。旦那様の布団が増えていくwww
一月四週目。
博之はほぼ一週間を使って、北伊勢をじっくり見て回ることにした。
亀山。
関。
四日市。
桑名。
ただ城や国人衆へ挨拶するだけではない。
港へ行く。
市を見る。
伊勢松坂屋の店へ顔を出す。
漁師や百姓とも飯を食いながら話す。
「今回の話が決まった後、実際どうなん?」
そこを自分の耳で確かめるのが、一番の目的だった。
まず津までは船を使った。
港で降り、伊勢松坂屋の店を覗いた博之は、すぐに安心した。
「ここは大丈夫そうやな」
松阪に近いこともあり、津ではすでに伊勢松坂屋のやり方がかなり浸透していた。
正月にはお楽しみ袋。
小さな料理勝負。
料理人同士の野良試合。
寺や市を使った飯会。
客からの品評まである。
「松阪とあんまり変わらへんな」
「旦那様の変な催しがすぐ伝わってきますから」
「変な言うな」
ところが白子へ移ると、少し様子が違った。
「なんか静かやな」
「店は回っておりますよ」
「回ってるけど、それだけやん」
飯は売れている。
荷も動いている。
だが、松阪や津のような「今日は何やっとるんや」と人が覗きに来る熱気が薄い。
「津と隣みたいなもんやろ?」
「まあ、距離としては」
「ほな、もっと連絡取り合ったらええやん」
博之は白子のまとめ役へ言った。
「津で何やってるか、やり方書いた紙もろて」
「仕様書ですか?」
「そうそう。お楽しみ袋なら、値段どう決めた、何入れた、何個作った。料理勝負なら、
客何人入れた、どう並ばせた。そういうの」
「その通りにやるのですか」
「別に真似せんでもええ」
博之は首を振った。
「白子には白子の客がおる。でも、一から全部考える必要もないやろ」
白子も、関も、交通の要所である。
北伊勢と伊勢をつなぐ。
東海道を通れば近江方面ともつながる。
船を使えば尾張方面にも荷を回せる。
「松阪より立地ええ部分すらあるんやから、もうちょい遊んでええと思うで」
「遊ぶ、ですか」
「人集める理由作るってこと」
飯だけ買って帰る店ではなく。
ちょっと覗いていく。
誰かと喋る。
次は何やるんやと聞く。
「そういう店にしてくれたら、情報も勝手に入ってくるからな」
まとめ役たちは頷いた。
その後、博之は港近くをぶらぶら歩いた。
漁師が網を直しているところへ勝手に入り込み、
「最近どう?」
と聞く。
「何がです?」
「北伊勢の話」
「ああ」
漁師は手を止めた。
「まあ、わしらはええですわ」
「ほんま?」
「戦にならんのが一番です」
別の漁師も頷いた。
「どっちにつく、こっちにつくいうのは偉い人らの話でしょう。こっちは船出した時に、
小競り合いで港閉められるんが一番困る」
「それ、めっちゃ分かる」
「伊勢松坂屋さんが間入ってくれたんは、ありがたいですよ」
畑で話を聞いた百姓も似たようなものだった。
「二割出すとかいう話は、まあ気になりますけどな」
「そこは各国人衆とちゃんと確認してな」
「でも戦よりはましや」
「それなんよな」
「もう旦那様が北伊勢全部治めてくれたらええんちゃいます?」
「無理無理」
博之は即答した。
「なんでです?」
「そんなことしたら、今まで作った道全部潰れる」
「道?」
「うちは商人やから織田とも北畠とも六角とも話できるんですよ。俺が北伊勢の領主になった瞬間、
全部『どっち側や』いう話になるやろ」
「ああ……」
「せやから領地はいらん」
ただし、商人としてできることはやる。
道が悪いなら、道普請へ銭を出す。
宿場が足りないなら、飯場や寝床を作る。
橋が傷んだなら、地元と相談して直す。
「うちも道なかったら終わりですからね」
「そこまでしてくれる商人、そうおらんで」
「たかだか一商人ですから、できる範囲ですけど」
すると百姓が笑った。
「その、たかだか一商人が比叡山と揉め散らかして、北伊勢の話までまとめたんでしょう」
「……」
博之は言葉に詰まった。
「それ言われると弱いな」
そこから四日市。
さらに桑名。
できるところは船を使った。
港へ着けば、まず情報を聞く。
魚の値。
米の値。
どこから荷が来た。
どこの道が悪い。
国人衆の評判はどうか。
織田の庇護に入る話を皆どう見ているか。
その後で土地の有力者やまとめ役と会い、飯を食う。
夜になると、伊勢松坂屋の拠点へ戻る。
「旦那様、こちらへ」
「布団ある?」
「ございます」
「きれい?」
「昨日干しました」
「よし」
こんなことを繰り返しているうちに、各拠点で妙な習慣ができ始めた。
大旦那用の布団である。
白子にも。
亀山にも。
四日市にも。
桑名にも。
「旦那様の寝床、どんどん増えてません?」
同行していた者が呆れた。
「ええやん」
「毎回置いていくんですか?」
「次来た時使えるやろ」
「旅慣れした武将みたいですね」
「違う」
博之は真顔で言った。
「俺はきれいな布団で寝たいねん」
「そこですか」
「そこ大事やぞ」
寝具も、できれば少し上等なものを使う。
定期的に干す。
汚れたら洗えるものは洗う。
敷き物もきれいにする。
「飯と睡眠は妥協したらあかん」
「歩くのは?」
「嫌いや」
「即答ですね」
「船あるなら船乗る。馬あるなら馬乗る。なんでわざわざ歩かなあかんねん」
「視察ですよ?」
「目は船乗ってても見える」
お供の者たちは笑った。
一週間。
博之は北伊勢を回った。
大きな反乱の気配はない。
不満がないわけでもない。
それでも多くの者が、戦が遠のいたことには安堵していた。
そして博之自身も、松阪から離れた店がどこまで育ち、どこがまだ弱いのかを少しずつ掴み始めた。
ただし。
視察の成果と同時に、伊勢松坂屋の各地の拠点には、もう一つ確実に増えたものがあった。
「旦那様専用布団」
である。
「これ、最終的に何組になるんでしょうね」
「知らん」
「百組ぐらい?」
「それぐらいあってもええんちゃう?」
「旦那様」
「何?」
「領地はいらん言うてる割に、寝床だけは全国に作る気ですね」
博之は少し考えた。
「……それはありやな」
「ありなんですか」
北伊勢の港に、また笑い声が響いた。




