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メンヘラオジサン、戦国で飯屋を始める ~戦えない俺は食と金で成り上がる~★299.1万PV突破★  作者: メンヘラオジサン【監視アカウント】


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博之45才1月3週目。100万文で蟹江をまとめる。北伊勢問題はいったんまとまる。

 蟹江の扱いだけが残ったまま、話し合いはしばらく止まっていた。

 織田は、一度攻め落とした蟹江を手放したくない。

 蟹江の国人衆としては、婚姻だけを理由にそのまま織田方へ入れと言われても、簡単には飲めない。

 北畠も北伊勢の国人衆も、そこだけは事情が違うと分かっている。

「婚姻だけでは、ちょっと弱いですわな」

 博之も腕を組んだ。

「信長公は蟹江を欲しい。蟹江側も、家まで全部潰されるんは嫌や。

 ほな、もう一個、飲みやすいもん置きましょうか」

 信長が博之を見る。

「何じゃ」

「私から百万文出します」

 座が静かになった。

「……百万文?」

「はい」

 蟹江の国人衆も思わず博之を見た。

「それを織田方へ払うのか?」

「違います」

 博之はすぐ首を振った。

「蟹江側へ渡します」

「我らに?」

「はい。言うたら、ご祝儀です」

 博之は地図の蟹江を指した。

「今回、織田方と婚姻を複数結んで、時間をかけて織田方へ入っていく。

 それを受け入れてもらうための銭です」

「百万文……」

「使い方はある程度任せます」

 例えば、蟹江に残る者なら、町や村の復興に使ってもよい。

 橋を直す。

 家を直す。

 種籾を用意する。

 領民へ飯を出す。

 それによって、新しい体制になっても蟹江の暮らしは良くなった、と示すことができる。

「逆に、どうしても織田方に入るのが嫌や、いう家もあるでしょう」

「おりますな」

「そういう家は、百万文の一部を持参金みたいにして、他の北伊勢国人衆のところへ移ってもええ」

 別の国人が目を丸くした。

「受け入れる側にも銭が入るわけですか」

「そういうことです」

「それなら、確かに面倒は見やすい」

 人だけ突然来られても困る。

 家族もいる。

 郎党もいる。

 食わせなければならない。

 だが、ある程度まとまった銭を持って移るなら、受け入れる国人側も土地や住まいを用意しやすい。

「婚姻の祝いとして派手に使ってもええですよ」

 博之は笑った。

「まあ、そんな使い方せえへんと思いますけど」

 信長が呆れた顔をした。

「また銭で丸める気か」

「言い方悪いですって」

「実際そうじゃろ」

「買う、いうたら聞こえ悪いですけどね」

 博之は苦笑した。

「でも、この百万文で今日の話全部まとまるんやったら、安いでしょう」

 北伊勢の国人衆から声が上がる。

「いや、百万文は破格ですぞ」

「蟹江だけにそこまで出す必要あります?」

「多分ないです」

「ないんですか!」

「蟹江そのものの値段ちゃいますから」

 博之はさらりと言った。

「この席を丸く収める値段です」

 しばらく沈黙した後、松坂のお殿様が吹き出した。

「お花殿がおったら怒るやろな」

「ああ……」

 博之も顔をしかめた。

「『旦那様、また銭で解決するんですか』って言われそう」

 秀吉まで笑い出した。

「目に浮かびますな」

「帰ったら絶対言われるわ」

 信長も肩を揺らす。

「それでも出すんじゃろ?」

「出しますよ」

「だから皆、お前の話を聞くんじゃ」

「何がです?」

「最後に自分の腹まで切るからじゃ」

 百万文は大金だった。

 だが、伊勢松坂屋なら出せる。

 そして、出せるだけではない。

 実際に出す。

 その事実が、この場にいる者たちを少しずつ動かした。

 別の北伊勢国人が、蟹江側へ声をかけた。

「これは考えてええ話やと思うぞ」

「……」

「織田方との婚姻を結ぶ。家は残る。領民の復興にも百万文使える」

「それでも納得できん者は?」

「こっちへ来たらええ」

 別の国人も頷いた。

「持参金までついてくるなら、全部とは言わんが、何家かぐらい面倒見られる」

 蟹江側の者たちは顔を見合わせた。

 完全な勝利ではない。

 だが、次に信長が本気で攻めてくれば、今度こそ家そのものを失うかもしれない。

 それに比べれば、婚姻によって家を残しながら織田へ入る。

 納得できない者には移る道も残す。

 さらに百万文。

「……飲まざるを得ん、か」

 蟹江側の年長者が、ようやく言った。

「ただし、婚姻は一つではなく、複数じゃ」

「ええでしょう」

 信長が答える。

「織田の重臣筋から、縁を結べる家を選ぶ」

「今の家をすぐ取り潰すことは?」

「せん」

「将来、その子らが蟹江を継ぐ」

「それでよい」

 博之がほっと息を吐いた。

「ほな、まとまりそうですね」

「お前が一番嬉しそうじゃな」

「これで荷が止まらんやん」

「結局それか」

 最後に、書面が作られた。

 北伊勢北部はおおむね織田の庇護。

 南部は北畠の庇護。

 それぞれ二割相当を納める。

 街道使用料は半分を国人衆、四分の一を庇護する家、残る四分の一を街道整備や救恤へ。

 蟹江については、織田重臣筋との複数の婚姻を進め、将来的に織田方へ組み込む。

 伊勢松坂屋は蟹江側へ百万文を出し、復興、婚姻、移住する家の支度金などに用いる。

 そして周辺勢力の力関係が大きく変わった場合には、改めて条件を協議する。

「期間は?」

「無理に三年とか五年とか決めんでええんちゃいます?」

 博之が言った。

「当面これでやって、前提が変わったら皆でもう一回集まりましょう」

 信長も松坂のお殿様も異論はなかった。

 書状は三通。

 北伊勢国人衆。

 北畠。

 織田。

 それぞれが一通ずつ保管する。

 最後の署名が終わると、誰からともなく大きな息が漏れた。

「大団円……とは言えんわな」

 博之が言う。

「そら皆、ちょっとずつ不満ありますからな」

 北伊勢衆が笑う。

「でも、これでやってみよう、ぐらいにはなった」

「それで十分ちゃいます?」

 戦国の世に、全員が満足する答えなど、そうそうない。

 少し損をする。

 少し得をする。

 少し腹に残るものもある。

 それでも槍を持って殺し合うよりはましだと思える。

「では、これでいきましょう」

 博之が言うと、皆が静かに頷いた。

 信長だけが、最後に笑った。

「しかしお前、北伊勢まとめるために百万文まで出して、ほんまに領地いらんのか」

「いりませんって」

「変な奴じゃ」

「飯屋ですから」

「その飯屋が一番国境をいじっとるんじゃ!」

 笑いが起きた。

 蟹江の港で始まった会議は、誰かが完全に勝つ形ではなく。

 それでも当面、北伊勢で大きな戦を避けるための一つの形を残して、ようやく終わろうとしていた。

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