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メンヘラオジサン、戦国で飯屋を始める ~戦えない俺は食と金で成り上がる~★299.1万PV突破★  作者: メンヘラオジサン【監視アカウント】


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博之45才1月1週目。正月の催し物の前に帳面合わせ。七億四千四百万文。四百万文をお年玉と炊き出しに使う。

 博之45才1月。

 正月を迎えた伊勢松坂屋では、朝から福袋や新師範のお披露目、松坂城での催しの準備が進んでいた。

 博之もようやく年内安静の縛りから解放される。

「よっしゃ。正月やな。まず福袋見に――」

「その前に帳面合わせです」

 ヨイチが、分厚い帳面を抱えて立ちはだかった。

「え?」

「帳面合わせをしない限り、福袋も師範のお披露目もなしです」

「なんで新年早々そんな意地悪言うねん」

「意地悪ではありません」

「正月やで?」

「だからです。催しが始まったら、旦那様が帳面どころではなくなるでしょう」

 博之は反論しようとした。

 だが、少し考えて、

「……そらそうか」

 と座った。

「ほな、早よ終わらせよう」

「最初からそうしてください」

 とはいえ、今回の帳面合わせは意外と早かった。

「一連の比叡山坂本騒動以降、旦那様が大きく新しい店を増やしておりませんので」

「年末安静やったからな」

「結果として足場固めの期間になりました。既存店の利益もおおむね安定しております」

 ヨイチが算木を動かす。

「前回が七億六百万文」

「うん」

「そこへ今回の利益、おおよそ三千八百万文」

「ほい」

「合わせて――七億四千四百万文です」

「……」

 博之は帳面をじっと見た。

「なんですか」

「四百万文が邪魔やな」

「何が邪魔なんですか」

「七億四千万文の方がきれいやん」

 ヨイチが嫌そうな顔をする。

「まさかとは思いますが」

「四百万文使おう」

「やっぱり」

「正月やぞ。お年玉と炊き出しで使おうや」

「帳面をきれいにするために四百万文使う人、初めて見ました」

「いやいや、ちゃんと意味あるって」

 博之は指を折った。

「今、伊勢松坂屋で働いてる奴、全部合わせたら何人おる?」

「直接、周辺の働き手まで含めますと数千人規模ですね」

「やろ?」

 仮に千人へ千文ずつ出しただけでも百万文。

 もちろん全員へ一律千文を渡すわけではない。

 拠点ごとに人数も事情も違う。

「松阪は松阪。伊勢は伊勢。京都は京都。尾張は尾張で任せたらええ」

「金額も現場判断ですか」

「ある程度な。長く働いてる奴には多めでもええ。見習いにはちょっとしたお年玉でもええ」

「炊き出しも含めて?」

「含める」

 正月の炊き出し。

 寺や神社への少額の寄進。

 働いてくれている者への寸志。

 地元の子どもへの五文、十文のお年玉。

 仕入れ先へのちょっとした年始の品。

「そんな感じで薄く広く撒いたら、四百万文なんかすぐやろ」

「撒く、という言葉をやめてください」

「還元」

「それなら結構です」

 お花も横で頷いた。

「一か所へ四百万文をドンと渡せば、何事かと思われますからね」

「せやろ」

「各地で少しずつ使う方が、伊勢松坂屋らしいかもしれません」

「そうそう。じんわりでええねん」

 博之は帳面を指で叩いた。

「うちだけ七億文貯め込んで、周りから嫌われたら終わりやからな」

 ヨイチが少し顔を上げた。

「嫌われない努力、ですか」

「いるやろ」

 伊勢松坂屋は、もう小さな飯屋ではない。

 松阪だけでも、大勢の人間が働いている。

 伊勢、大和、京都、堺、尾張、近江。

 各地で飯を売り、人を雇い、市を開き、荷を動かしている。

 強くなればなるほど、

「あそこばっかり儲けてる」

 と思われる危険も増える。

「従業員にもや。世間様にもや。うちばっかり得してるように見せたらあかん」

「その辺の加減は、旦那様、昔からあまり変わりませんね」

 ヨイチが言った。

「そらな」

 博之は少し笑った。

「食えへんかった時のことは、忘れへんよ」

 根無し草。

 今日の飯があるかも分からない。

 仕事もない。

 信用もない。

 そこから始まった。

「物持ってる時は、ちょっと返しといたらええねん」

「見返りを求めて?」

「別に絶対返ってこいとは思わんけどな」

 博之は肩をすくめる。

「でも後で困った時、『伊勢松坂屋には世話になったな』って思い出してくれる人が一人でも

 おったら、それで十分やろ」

 お花が笑った。

「実際、伊勢松坂屋で働きたいという若い方は、かなり増えておりますよ」

「そんな増えてんの?」

「めちゃくちゃ増えてます」

 ヨイチも頷いた。

「料理人だけではありません。荷運び、帳場、市の手伝い、買い付け。伊勢松坂屋なら飯が食える、

 給金が出る、焼印で上を目指せる、という評判があります」

 博之は少し複雑な顔になった。

「それはそれで困るな」

「困るんですか」

「皆うち来たら、他の店どうすんねん」

 地元の飯屋。

 茶屋。

 商家。

 農家。

 職人。

 伊勢松坂屋だけが人を吸い続ければ、町の形そのものがおかしくなる。

「うちの仕入れ先になってもらう方がええ人もおるやろ」

「そうですね」

「自分で店やりたい奴もおる。農業継ぐ奴もおる。別に伊勢松坂屋に入るんが人生の正解ちゃうからな」

 ヨイチが苦笑する。

「大きくなればなったで、別の悩みが出ますね」

「答えないやろ、こんなん」

「ありませんね」

「ほな、ぼちぼち考えたらええ」

 博之は帳面を閉じようとした。

 ヨイチが押さえる。

「まだ終わってません」

「え?」

「四百万文は、使ってから帳面から落とします」

「先に七億四千万にしといてよ」

「駄目です」

「融通利かんなあ」

「それが帳場です」

 博之はため息をついた。

 だが、その顔はどこか楽しそうだった。

 七億四千万文。

 金は増えた。

 人も増えた。

 店も増えた。

 だからこそ、今年はどう使うか。

 どこまで広げるか。

 そして、どれだけ周りへ返していくか。

「まあええわ」

 博之は立ち上がった。

「帳面終わったやろ。福袋見に行こ」

「旦那様」

「今度は何?」

「まだ四百万文を使う指示書があります」

「……正月早々、仕事多ない?」

「全部旦那様が作った仕事です」

 お花まで頷いた。

 伊勢松坂屋の新しい一年は、結局いつも通り、銭と飯と余計なお節介から始まった。

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