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メンヘラオジサン、戦国で飯屋を始める ~戦えない俺は食と金で成り上がる~★299.1万PV突破★  作者: メンヘラオジサン【監視アカウント】


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博之44才12月4週目。年末の送別会と、各地へ渡す焼印

 十二月四週目。

 松坂城での三百文膳も無事に終わり、博之はすっかり満足した様子で奥座敷へ戻っていた。

「いやあ、楽しかったな」

「いえいえ」

 お花は即座に否定した。

「旦那様は年内安静です。本来なら、もっと静かに過ごしていただくところです」

「ええやん。最後のお楽しみ会みたいなもんやったんやから」

「お城を借りて料理勝負をするものを、お楽しみ会とは言いません」

「殿様も楽しんでたやん」

「殿様が楽しんだことと、旦那様の首は関係ありません」

 いつものやり取りをしながら、博之は別の話を思い出した。

「そういや、正月の福袋みたいなやつは?」

 女衆が胸を張った。

「ばっちりです」

「ほんま?」

「食事券、甘味、湯浴み、手拭い、櫛、かんざし。大当たりには、うなぎや師範代御膳も

 少し入れております」

「ええやん」

「旦那様が勝手に大当たりを増やさなければ、ですが」

「信用ないなあ」

「ありません」

 博之は笑った。

「まあ、松坂と伊勢の周りでうまいこと撒いてやって。年の初めぐらい、ちょっと得したなあ、

 いう感じになればええ」

 そして、今度は新しく師範へ上がる者たちの話になった。

「こいつら、正月にお披露目したら各地へ散ってもらうんやろ」

「はい」

 京都、奈良、堺、尾張、堅田。

 松坂から離れた拠点を順番に回り、人を育て、料理を見て、店の回し方まで整えてもらう。

「ほな、送別会ぐらいしたったらええやん」

「送別会ですか」

「一万文ぐらい皆で使いなよって渡したる」

 ヨイチが顔を上げる。

「一万文もですか」

「この前の三百文膳でも、本人らだけでできたわけちゃうやろ」

 博之は指を折った。

「薪運んだ奴。器洗った奴。仕入れ走った奴。城と話つないだ奴。世話になった奴いっぱいおるやろ」

「確かに」

「皆で飯食うてもええ。ちょっとした品を渡してもええ。正月前後に挨拶に来た子に、

 お年玉みたいに渡してもええ。その辺は任せる」

「旦那様、太っ腹ですね」

「本当は自分らで出せ、言いたいけどな」

「ではなぜ」

「正月から各地へ動かすんは、うちの都合やから」

 博之は当然のように言った。

「本人が勝手に旅に出たい言うてるんちゃう。こっちが京都行け、尾張行け、

 堺も見てこいって言うんや。そのぐらい店で持ったったらええ」

 女衆の一人が笑った。

「そういうところ、好きです」

「え?」

 博之の顔が緩んだ。

「もう一回言うて」

「嫌です」

「なんでやねん」

「すぐ調子に乗るからです」

 お花にまで言われ、皆が笑った。

 だが、話はそこから少し真面目になった。

「あと、焼印やな」

「師範の焼印ですか」

 ヨイチが聞くと、博之は首を振った。

「違う違う。師範だけやない」

「と申しますと?」

「見習い、任せ、師範代、師範。四つとも増やす」

 ヨイチが筆を止めた。

「焼印そのものを複数作るのですか」

「そう」

 今までは松阪を中心として、昇格する者の木札へ焼印を押してきた。

 だが、店はもう伊勢だけにあるわけではない。

 京都で働く者が、見習いから任せへ上がるためだけに松阪まで来る。

 尾張の料理人が、師範代の判定を受けるため何日もかけて戻る。

「そんなん、そのうち無理になるやろ」

「確かに」

「せやから焼印を多めに作る」

 見習い。

 任せ。

 師範代。

 師範。

 それぞれ同じ形のものを数本ずつ。

「師範になった奴には、行く先によって必要な焼印を持たせる」

「全部持たせるのですか」

「いきなり全部好きに押してええ、とはせえへんよ」

 博之は笑った。

「誰が誰を見たか。いつ押したか。どこの拠点か。それは全部帳面に残す」

「そこは絶対です」

「でもな、京都で『こいつもう任せでええやろ』となった時、わざわざ松坂へ問い合わせて、

 一月待って、そこから焼印を持ってくるとかアホらしいやん」

「旦那様なら三日で返事を出しそうですが」

「俺がおる前提にするなって話や」

 お花が少し笑う。

「ようやく、その考え方になりましたね」

「首切られたからな」

「またそれですか」

「大事な経験や」

 博之は続けた。

「見習いの印も複数。任せも複数。師範代も複数。師範も、今後増えること考えて何本か作っとく」

「師範の焼印まで各地へ?」

「師範を師範に上げる時だけは、もうちょっと慎重にする。でも物としては準備しといたらええ」

「なるほど」

「制度は単純な方がええねん。四つしかないんやから」

 何の焼印もない者。

 見習い。

 任せ。

 師範代。

 師範。

「変な役職いっぱい作ったら、誰が何できるか分からんようになる」

「旦那様、その辺は一貫しておりますね」

「管理できへんからな」

「理由が現実的ですね」

 ヨイチが苦笑する。

「でも、これができれば大きいですよ」

「やろ?」

「松坂で人を育てて各地へ送るだけではなく、各地で人が育ちます」

「それや」

 博之は地図を指した。

「尾張で見習いが入って、尾張で任せになる。京都で任せが育って、京都で師範代になる。

 そうせんと、これ以上広がらへん」

「新しい師範たちは、料理を教えるだけではない、と」

「人を見るのも仕事や」

 うまいか。

 客にちゃんと接しているか。

 下の者へきつく当たりすぎていないか。

 大量の炊き出しでも回せるか。

 失敗した者を育てられるか。

「その辺見て、いけると思ったら、ぽんと押したったらええ」

「旦那様が朝飯を食べながらやっていたように?」

「そうそう」

「簡単に言いますね」

「でも、あれ嬉しいやろ」

 木札に新しい焼印が一つ増える。

 それだけで、給金も仕事も変わる。

 本人にとっては、自分がここまで来たという証になる。

「正月のお披露目で新師範に師範の焼印押した後、その焼印を押す側にも回ってもらう」

「責任が重いですね」

「せやから師範なんや」

 博之は満足そうに頷いた。

「松阪だけが偉い店になったらあかん。京都にも、尾張にも、奈良にも、

 ちゃんと人を育てられる場所を作る」

「来年は、店を増やすだけでなく、人を増やす年になりそうですね」

「というより、俺の分身を増やす年やな」

 お花がすぐに口を挟む。

「旦那様の分身は、一人で十分です」

「なんでや」

「何人もいたら大変です」

 皆が笑った。

 送別会。

 福袋。

 正月のお披露目。

 そして、見習い、任せ、師範代、師範。

 四種類の焼印が、これから松阪だけではなく各地へ渡っていく。

 伊勢松坂屋は、店を広げるだけの段階から、各地で人が育ち、その人がまた次の人を

 育てる段階へ入ろうとしていた。

「よし。焼印、多めに作っといて」

「数は私が管理します」

「頼むわ」

「そして旦那様は」

「寝ます」

「よろしい」

「もう言われる前に分かるようになったやろ」

「少しだけ成長されましたね」

「俺にも焼印押してくれへん?」

「『安静』と押して差し上げます」

「そんな焼印ないやろ!」

 年末の奥座敷に、また笑い声が広がった。

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