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メンヘラオジサン、戦国で飯屋を始める ~戦えない俺は食と金で成り上がる~★299.1万PV突破★  作者: メンヘラオジサン【監視アカウント】


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博之44才12月3週目。年末、松阪城で三百文勝負。全部考えてやれ。人足や予算は任せた。

 十二月三週目の終わり。

 博之は、これまでの審査で特に評判の良かった師範代を数人、本店へ呼び集めた。

 呼ばれた側は、いよいよ師範昇格の話かと緊張した顔で座っている。

「まあ、だいたい察してると思うけど」

 博之は一人ずつ顔を見た。

「お前ら、今んところ師範に一番近い」

 空気が変わった。

「ありがとうございます」

「ただし、まだ師範にはせえへん」

「……はい」

「年末に最後のお披露目会やるから」

「お披露目会?」

「松坂城で」

 数人が同時に顔を上げた。

「城ですか?」

「北畠のお殿様のところ」

「聞いてませんけど」

「今言うたからな」

「いつですか」

「来週」

 一瞬、誰も喋らなかった。

「……来週?」

「うん」

「もう一週間ないじゃないですか!」

「せやで」

 博之は何でもないことのように頷いた。

「師範代御膳は普段二百文やろ。今回は三百文取る」

「三百文……」

「城でやる。お殿様の料理番もおる。客もそれなりに入れる。だから三百文払って、

 来てよかったと思わせる膳を全部自分らで考えてくれ」

「全部?」

「献立から仕入れまで全部」

 師範候補の一人が頭を抱えた。

「旦那様、せめて二週間前に言ってくださいよ」

「二週間あったら誰でも準備できるやん」

「そういう問題じゃないでしょう」

「いや、こういう短い期間で合わせられるかも、日頃の鍛錬が出るところやと思うで」

「無茶苦茶や……」

 横で聞いていたヨイチまで苦笑した。

「旦那様、また無茶振りしておりますね」

「でも師範やぞ」

 博之は少し真面目な顔になった。

「師範になったら、松坂だけで飯炊くわけちゃう。京都へ行くかもしれん。堺へ行くかもしれん。

 尾張で突然、信長公に飯出せ言われる可能性すらある」

「それは嫌です」

「嫌でもあるかもしれん」

 尾張へ行ったことのある古参が、後ろからぼそりと言った。

「信長公相手より、北畠様の方がまだ気楽やで」

「全然安心できません」

 笑いが起こった。

 その日のうちに、博之は松阪のお殿様へ文を送った。

 年末に伊勢松坂屋の師範候補を連れていきたい。

 三百文の特別膳を出し、城の料理番とも混ぜて腕を見たい。

 場所を一日ほど貸してほしい。

 返事は意外なほど早かった。

「年末の忙しい時に何を始めるつもりじゃ」

 という呆れた書き出しの後に、

「面白そうなので、場所は貸す」

 とあった。

「ほら。殿様も喜んでるやろ」

「喜んでるんですか、これ」

「面白そう言うてるから喜んでる」

「旦那様の解釈ですよね」

 ともあれ、松坂城での開催は決まった。

 博之は師範候補たちをもう一度集める。

「三百文やからな」

「何回言うんですか」

「大事やからや。二百文の膳をちょっと豪華にしました、ではあかん」

「では、高い魚を使えば」

「それも違う」

 博之は首を振った。

「高い材料を買えば三百文になるんやったら、商人が料理人できる」

「……」

「仕入れも腕や。年末で何が手に入りやすい。何が高騰してる。松坂で食わせるなら何が喜ばれる。

 城の料理番と並べた時、何を出したら自分の色が出る。全部考えろ」

 一人が腕を組む。

「六品ですか」

「そこも自分らで決めたらええ。五品で三百文納得させられるなら五品でもええ。 

 七品にして中途半端になるなら意味ない」

「自由なのが一番困りますね」

「それが師範や」

 博之は笑った。

「決まったものをうまく作るだけなら、任せや師範代でもできる。師範は、

 その場で何を出すか決めて、下の者動かして、仕入れして、客に説明して、最後まで形にせなあかん」

 師範候補たちの顔から、少しずつ冗談の色が消えていった。

「給金や必要な銭は出す」

 博之は続ける。

「試作代もケチらん。必要な人足も言え。ただし、考えるのはお前らや」

「失敗したら?」

「また師範代で頑張れ」

「軽いなあ」

「命取られるわけちゃうやん」

「心は死にますよ」

 それでも、その日の夕方には候補たちは動き出した。

「魚は何が入る」

「年末やから鯛は高いぞ」

「じゃあ鰤は?」

「脂が強すぎる。六品全部とのつながり考えろ」

「最初に薄い汁を置いて、最後を味噌で締めるか」

「いや、この前客に並べ方まで言われたやろ。食う順番まで考えよう」

 市場へ走る者。

 仕入れ帳を見る者。

 城の料理について古参へ聞きに行く者。

 試作用の鍋を囲む者。

 夜になっても、師範候補たちは唸り続けた。

「これ、三百文取れるか?」

「味だけならいける」

「味だけじゃあかん言われたやろ」

「器どうする」

「城の器借りられるんか?」

「そこから確認か……」

 苦しい。

 時間もない。

 それでも、不思議と顔は生き生きしていた。

 師範になれば、伊勢松坂屋の各地の拠点で顔を張ることになる。

 自分の飯だけではなく、店そのものを背負う。

 そのための最後の試験だと思えば、逃げるわけにもいかない。

 遠くからその様子を聞いた博之は、満足そうに葛湯をすすった。

「ええ感じに苦しんでるらしいな」

 お花が呆れた顔をする。

「旦那様、楽しんでません?」

「育ててるんです」

「半分ぐらい楽しんでますよね」

「まあ、ちょっとだけ」

 年末まで、あとわずか。

 松阪城の三百文膳を前に、師範候補たちは初めて、自分が料理人ではなく「伊勢松坂屋の顔」

 になる重さを味わい始めていた。

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