博之44才12月2週目。師範候補の二百文審査会。審査の客たちの目が肥えていて厳しいwww上位者は別の回で見世物になってもらおうwww
十二月二週目の後半。
いよいよ、師範代から師範へ上がるための審査を兼ねた飯会が開かれることになった。
参加費は二百文。
決して安くはない。
にもかかわらず、申し込みは殺到した。
「わしも入れてくれ」
「もう札ないんか」
「二百文払うからええやろ」
受付の者たちは困り果てていた。
「いやいや、今回は普通の飯会と違いますから」
「何が違うんや」
「食うだけやないです。評価してもらいます」
「評価するで」
「簡単な『うまい』『まずい』だけやないですよ。料理同士の組み合わせとか、
塩加減の理由とか、六品通してどう感じたかとか、結構書いてもらいます」
「面倒くさいな」
「だから言うてるんです」
ところが、それでも客は引かなかった。
「それでも食いたい」
「なんでですか」
「この中から師範が出るんやろ」
「まあ、候補は出ます」
「ほな、後から『あの師範がまだ師範代の時に食うたことある』って言えるやん」
「自慢ですか」
「自慢や」
さらに別の男が口を挟む。
「師範になったら、ずっと松阪におるとは限らんのやろ」
「そうですね。京都、奈良、堺、尾張、堅田、高島、その辺を回ってもらうことになると思います」
「ほら。今食わんかったら、次いつ食えるか分からんやん」
「そう言われると、そうですが」
「しかも年末か年始に、松阪のお殿様の料理番と最後の勝負するんやろ」
「その予定です」
「その前の選抜やん。そら見たいわ」
結局、二百文という値段そのものが、逆に特別感を生んでいた。
普段から伊勢松坂屋の飯を食べ歩き、師範代御膳にも馴染んだ者。
少し銭に余裕があり、自分は味が分かると思っている商人。
料理談義が好きな年寄り。
そういう者たちが、完全に食通気取りで集まった。
当日。
席には六品が並べられた。
飯。
汁。
焼き物。
煮物。
小鉢。
そして、少し手の込んだ主菜。
一口食べた客が、すぐに言った。
「うん。やっぱりうまいな」
「そら師範代ですから」
料理人が苦笑する。
「いつも食べてる師範代御膳に近いわ」
「近いというか、普段作ってるの私らですからね」
「あ、そらそうか」
周囲から笑いが起きた。
だが、今日の審査はそこからだった。
係の者が問いかける。
「この六品、どういう順で食べました?」
「順?」
「はい」
客の一人が箸を止めた。
「そんなん考えてへんな」
「では、左から順に食べてみてください」
言われた通りにする。
最初は薄味の小鉢。
次に汁。
魚。
煮物。
最後に味噌を強く効かせた肉。
「……ああ」
男が少し驚いた。
「後ろへ行くほど味が強くなっとるな」
「狙いました」
師範代が答える。
「最初に濃いものを食べると、その後の薄い味が分かりにくくなるので」
「なるほどな」
別の客が言った。
「でも、それなら皿の並べ方も、もっと分かりやすくした方がええんちゃう?」
「と申しますと」
「左から右へ食ってほしいなら、自然と箸がそう動くように置くとか。今やと、
主菜が目立つから先に食いたくなる」
師範代が、一瞬黙った。
「……確かに」
「味はええで。でも、食べ方まで考えるなら、そこもあるやろ」
その言葉を聞いて、周りの客まで面白がり始めた。
「汁と焼き魚、ちょっと塩が重なるな」
「逆に、この煮物を間に入れると口が休まる」
「飯をもう少し固く炊いた方が、最後の味噌に合わへんか」
「いや、年寄りには今ぐらいがええ」
「なら客層で変えるんか?」
師範代たちは、だんだん笑えなくなってきた。
普通の飯会なら、
「うまい」
で終わる。
今日は違う。
「なんでこの味なんや」
「なんでこの順番なんや」
「なんでこの器なんや」
「誰に食わせたい飯なんや」
そこまで聞かれる。
「うかうかしてられんな」
一人の師範代が小声で言った。
「客の方が、よう考えて食ってる時あるぞ」
「旦那様が舌肥やしすぎたんや」
それでも、不思議と嫌ではなかった。
これだけ細かく見られるということは、自分たちの飯がそこまで期待されているということでもある。
そして審査が終わる頃には、明らかに票を集める者が何人か出てきた。
味が強い者。
六品全体のまとまりが良い者。
客への説明がうまい者。
質問に対して、自分の考えをきちんと言葉にできる者。
古参の一人が、票を見ながら頷いた。
「この辺は年末の別席へ上げてええんちゃうか」
「別席?」
「松阪のお殿様の料理番も交えた最後の催しや。そこで、もう一回見せ物になってもらう」
候補者たちの顔に緊張が走った。
「それ通ったら、師範ですか」
「かなり近い」
「大名家にも行くんですか」
「師範になったら、あるかもしれんぞ」
そこへ、尾張へ派遣された経験のある古参が笑った。
「松阪のお殿様は、まだ軽い方や」
「軽い?」
「話しかけてくれるし、飯うまかったら普通に笑うてくれる」
「じゃあ重いのは」
「織田家」
その場が少し静かになった。
「信長公の前で飯出してみい。心臓縮むぞ」
「そんなにですか」
「うまかったら『うまい』で終わる。でも気になったら、なんでこの味や、なんでこれ出した、
尾張でやるならどう変える、と延々聞かれる」
「怖っ」
「しかも横に秀吉殿とかおるからな」
候補者の一人が、思わず自分の胸を押さえた。
「師範、やっぱり大変やな」
「今さら何言うてる」
古参は笑った。
「伊勢松坂屋の師範いうたら、うまい飯作るだけの者ちゃう。どこへ行っても、うちの
看板背負える者や」
候補者たちは、改めて自分たちの札を見た。
師範代。
その上にある、最後の焼印。
欲しい。
だが、少し怖い。
それでも、年末の別席へ進めると言われた者たちの顔には、隠しきれない喜びがあった。
「ほな、もう一回詰めます」
「何を?」
「皿の順番です」
「そこからか」
「そこが気になってもうたんです」
客から投げられた素朴な疑問が、もう次の改善につながっていた。
二百文を払って集まった食通気取りの客たちと、師範を目指す料理人。
そのどちらも本気だった。
そして年末。
その中から、いよいよ伊勢松坂屋の新しい師範が生まれようとしていた。




