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松坂城で北畠様に年末の挨拶と料理をふるまう。好評で終わる。飯玉と時々料理人をよこすよう言われるwww

博之が伊勢から松坂へ戻ると、北畠方から返事が来ていた。

「年末の挨拶、来てもよいとのことです」

 使いに出していた古参が、少し緊張した顔で報告する。

「それと、調理場の件も、火を使ってよいそうです」

「ほんまか」

 博之はすぐに立ち上がった。

「ほな、急いで支度や」

 松坂の漁港から取り寄せた魚、アジとイワシ。鯛のあら。野菜。卵。鶏。小麦粉。油。漬物を

 混ぜた握り飯。

 持っていくのは、親子丼、天ぷら、魚のすり身団子、そして煮物の串。年末の挨拶だから、

 ただ飯を出せばいいわけではない。北畠方に出すにふさわしい、伊勢松坂屋の今の名物を揃える

 つもりだった。

 博之は紋付き袴を着て、侍と古参を連れ、二重に包んだ料理道具と食材を持って向かった。

 北畠方の館に着くと、まず年末の挨拶として五千文を差し出した。

「本年は、松坂の町場、街道、港筋で商いをさせていただき、まことにありがとうございました」

 博之は深く頭を下げた。

「年の瀬には、松坂のお寺さんや神社で炊き出しもさせていただきました。その時に出したものも

ございますが、本日は北畠様に召し上がっていただくにふさわしいよう、うちで高めに出して

おります飯と名物を持って参りました」

「ほう」

「熱いうちにお召し上がりください」

調理場では、博之と連れてきた者たちが手早く動いた。

親子丼の具を温め、卵でとじる。天ぷらは揚げたてを出す。野菜天、しいたけ、大葉、ごぼう。

さらに、魚すり身の団子を揚げて、軽く炙る。

料理が並ぶと、北畠方の下の者が少し戸惑った。

「毒味が必要なのでは」

 すると、上の家臣が笑った。

「松坂屋がそんなことするわけなかろう」

 そして、博之の方を見る。

「今そんなことをしたら、二百人ほど路頭に迷うのだろう?」

「はい。その通りでございます」

 博之が苦笑すると、家臣も笑った。

「そんな馬鹿なことはせんと分かっておる。温かい飯にありつけるのはありがたい」

 まず、親子丼を一口食べた。

 家臣の目が少し丸くなる。

「……うまいな」

「ありがとうございます」

「鶏と卵で、こうなるのか」

「親子丼と呼んでおります」

「親子か。なるほどな」

 次に天ぷらを口にする。

「これは、サクサクしておる」

「菜種油で揚げております。塩でも、味噌だまりのつけだれでも食べられます」

「油を使う飯か。贅沢やな」

「城下では高めに出しております」

 そして、魚すり身の団子串に目が留まった。

「この団子のようなものは何だ」

「アジとイワシをすりつぶし、塩で練って、小麦粉を少しつなぎにし、揚げたものです」

「魚を団子にしたのか」

「はい。売り物になりにくい小魚や端の身を使います。内臓や血の臭いところを取り、

 すり身にして飯に変えます」

 家臣は一口食べ、しばらく黙った。

「……面白い」

「うちでは、錬金術やと言っております」

「錬金術か」

 家臣は笑った。

「確かに、値のつきにくい魚が銭になるわけやな」

「九鬼様のところでも、そういった魚を幾ばくかで買わせていただき、港横丁で売っております。

意外と好評でして、うちの新たな名物になりそうです」

 それを聞くと、家臣はすぐに意味を察した。

「なるほど。練り物は九鬼か」

 博之は軽く頭を下げた。

「お見それしました」

「伊勢にも津にも行ける算段をつけ始めたところやな」

「そこまで読んでおられるとは」

「読めるわ。港で魚を押さえ、飯に変える。伊勢へ行くには海の道もある。

津へ行くにも、いずれ海と街道が要る」

 博之は隠さず答えた。

「はい。まずは海産物と出汁を押さえ、飯を強くしたいと考えております。

 先日、伊勢の郊外のお寺さんと神社にも寄進をし、ご挨拶に参ったところでございます」

 家臣は少し楽しそうに笑った。

「お前は隠さぬところがよい」

「隠しても、いずれ分かりますので」

「飯もうまい。変な気を起こすような者でもない。というより、変なことを起こすには少し抜けておる」

「それは、褒め言葉でしょうか」

「半分はな」

 周りに小さな笑いが起きた。

「ただ、この錬金術は軽々しく人に話すものではないぞ」

 家臣はすり身団子を指した。

「魚の端が銭になると知れば、欲しがる者はいくらでも出る。九鬼衆もそうだろう」

「肝に銘じます」

「まあ、うまくやれ。松坂で食えぬ者を食えるようにしてくれれば、それは領地にも悪い話ではない」

「ありがとうございます」

「寺や神社にも寄進しておるそうだな」

「はい。儲かった分は、できるだけ返させてもらっております。炊き出しも、敵を作らない

 ためという下心もございます」

 家臣はまた笑った。

「そういうところを隠さんのが、お前らしい」

 そして、親子丼の椀をもう一口食べた。

「正月の挨拶は挨拶だけでよい。だが、飯は美味い」

「ありがとうございます」

「三が日はうちも支度があるからよいが、時々、飯を作れる者をこちらへ寄せろ」

 博之は少し驚いた。

「こちらへ、ですか」

「特に親子丼だ。これはうまい。天ぷらと練り物は、九鬼の話が絡むから少し気になるが、

親子丼はよい。サクッと食える」

「かしこまりました」

「あと、漬物を混ぜ込んだ握り飯。あれは陣中食にも使えそうだ。下臣に持たせてでも、

ときどき持ってこさせろ」

「お安い御用です」

「うむ。年末の挨拶、確かに受けた」

 博之は深く頭を下げた。

 帰り道、同行していた侍が大きく息を吐いた。

「やっぱり、偉いさんのところへ行くのは疲れますな」

「ほんまやな」

 博之も肩を落とした。

「でも、飯を気に入ってもらえたのは良かった」

「親子丼、かなり刺さってましたな」

「すり身はちょっと喋りすぎたかもしれん」

「いや、向こうもだいぶ読んでましたよ」

 侍は苦笑する。

「旦那は、時々とんでもない器やなと思う時がありますわ」

「何がや」

「偉い人の前で、錬金術ですとか、敵を作らんためですとか、普通はあそこまで言えません」

「隠したら余計に怪しいやろ」

「そこが旦那らしいんです」

 博之は照れ隠しのように鼻を鳴らした。

「うちは飯屋や。飯がうまいと思ってもらえたら、半分勝ちや」

 冬の風が冷たく吹いていた。

 だが、博之の胸の中には少しだけ温かいものが残っていた。

 北畠方に、親子丼が届いた。

 握り飯が届いた。

 伊勢松坂屋の飯が、また一つ上の場所に入り込んだ。

 それは、銭だけでは買えない手応えだった。

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