博之44才11月4週目。各地の動き。比叡山坂本、堅田、熱田神宮。福袋は女衆がやるので旦那様は寝てくださいwww
十一月四週目。
松阪では朝晩の冷え込みが強くなり、博之は相変わらず奥座敷で安静を命じられていた。
外へ出ることはできない。
その代わり、熱田、堅田、比叡山坂本から、次々に文が届いていた。
「まず、熱田からです」
ヨイチが文を広げた。
「熱田神宮の市で、海鮮焼きの屋台を出したいとのことです」
「海鮮焼きか」
博之は、蜂蜜を少し落とした葛湯を飲みながら身を乗り出した。
海鮮焼きといっても、魚や貝をそのまま炙る料理ではない。
小麦の生地を丸いくぼみのある鉄型へ流し、刻んだ蛸や魚介、薬味などを入れて、
串で返しながら丸く焼く。
以前、藤井寺の職人に型を作らせて試していた、たこ焼きに近い料理だった。
「熱田神宮の市なら、ええんちゃうか」
博之はすぐに頷いた。
「片手で食えるし、焼いてるところも見てて面白い。くるくる返すだけで人が寄ってくるやろ」
「蛸を使いたいとのことですが、鮮度の問題があるそうです」
「そこやな」
博之は少し考えた。
「蛸は獲れた港で一度茹でてから運んだ方がええ。生のまま時間をかけたら危ない。
茹でて切り分けて、塩を少し当てて、熱田まで持っていく」
「蛸が足りない場合は」
「小魚や貝でも試してええ。ただし、何でも入れたら海鮮焼きです、ではあかん。
生地の中で食感が残るものを入れる。まずは蛸を主にして、小魚や海老は別の日に試す」
ヨイチが書き留めた。
「熱田神宮の市。海鮮焼き屋台。蛸は港で下茹で。小規模に開始」
「型の数も増やしすぎるな。最初は二枚か三枚でええ。焼き手が慣れてへんのに客だけ並んだら、
焦がすか生焼けになる」
「尾張の料理番にも手伝わせますか」
「それがええな。松阪の師範代を一人つけて、尾張の者に焼き方を教える。市が終わる頃には、
尾張だけでも回せるようにする」
お花が横から言った。
「旦那様、また仕事を増やしましたね」
「熱田から言うてきたんや。俺やない」
「細かく増やしたのは旦那様です」
「それは仕方ないやろ。丸く焼く料理は、雑にやったら丸くならへんねん」
次は堅田からの文だった。
「港の近くに、普通の飯場と荷置き場を少し広げるそうです」
「堅田は、船の荷を置けて、働く者に飯を出せたら十分や。大きな店はいらん」
「比叡山坂本から受け入れた千人ほどのうち、五十人を堅田へ移すそうです」
「五十人か」
「荷運び、積み下ろし、炊き出し、市の準備に回します。家族を含めると、もう少し増える見込みです」
「一気に何百人も入れるよりええ。堅田の者に警戒されんよう、仕事と飯を先に見せる。
住む場所も港だけに固めず、郊外と寺の近くに分けた方がええな」
「現場でも、その方向で進めております」
ところが、比叡山坂本からの文になると、博之の顔が曇った。
「まだ話し合い中なん?」
「はい。戻る者の数、元の村、家と畑の確認、役務と年貢の軽減について、
上の判断を待っているそうです」
「何をそんなに時間かけてんねん」
博之は葛湯の椀を置いた。
「元の家へ戻りたい言うてるんやろ。家がある。畑がある。ほな帰したったらええやん」
お花が静かに言った。
「旦那様が軽すぎるんです」
「またそれ?」
「普通は、誰をどこへ戻すか、戻した後に誰が面倒を見るか、役務をどれだけ減らすか、
寺ごとに話を詰めます」
ヨイチも苦笑した。
「伊勢松坂屋の足腰が軽すぎるのでございます」
「うちは文を出したら、二日三日で銭も米も動くぞ」
「それが普通ではありません」
「でも、その軽さがあったから、比叡山に先手を取れたんやろ」
「それは否定しません」
お花は答えた。
「ただし、それを理由に旦那様が坂本へ走ることは許しません」
「行かへんよ」
「本当に?」
「年内安静やからな」
少し間があった。
「たぶん」
「旦那様」
博之はごまかすように葛湯を飲んだ。
「まあ、まだ十一月四週目や。年末までには、家へ戻れる者は戻したったらええ。炊き出ししながらでもええから、自分の家で年越したい者もおるやろ」
「そのための覚書を、現場で詰めています」
「戻った途端に役務と年貢を元へ戻されたら意味ない。そこは絶対に文へ残せ」
「守られなければ、また伊勢松坂屋へ戻ってよい。その条件も入っています」
「それでええ」
博之は少し落ち着き、再び地図を見た。
「高島はどうする」
「店を広げる予定はございません」
「うん。年内はそれでええ」
ヨイチが意外そうな顔をする。
「旦那様から、広げないという言葉が出るとは」
「俺かて学ぶねん」
「帳面の一千五百万文が効きましたか」
「そこは認めたくないけどな」
博之は高島の位置を指した。
「伸ばすというより、施しでじわりとやろう。寒い日に汁を出す。小さな飯場を置く。
困っている者に荷運びの仕事を振る。今津や敦賀は来年でええ」
「旦那様の傷もあります」
お花が言う。
「そんなに派手に動かなくてよいのです」
「分かってる」
話がまとまりかけたところで、博之が顔を上げた。
「あ、そうそう。福袋の中身やけど――」
すぐに女衆の一人が奥から出てきた。
「旦那様は、一度寝ていてください」
「何でや」
「福袋は女衆で考えます」
「俺が言い出したんやで」
「旦那様に任せたら、うなぎ半日券と師範代御膳ばかり入れて、大赤字になります」
「当たりが大きい方が楽しいやん」
「当たり以外も楽しくないと意味がありません」
別の女衆も言った。
「かんざし、櫛、香り油、手拭い、湯浴み券、甘味、食事券。私たちで、本当に欲しいものを選びます」
「海鮮焼き券も入れへん?」
「熱田の市まで行かないと使えません」
「ほな熱田の福袋用に」
「まだ熱田では福袋をやりません」
「厳しいなあ」
「旦那様は寝てください」
お花も頷いた。
「今日は、熱田の海鮮焼き、堅田の五十人、高島の施し、坂本の帰還交渉まで指示しました。十分です」
「まだ昼前やで」
「だから寝るんです」
博之は、しぶしぶ布団へ向かった。
熱田神宮の市では、蛸の入った丸い海鮮焼きが焼かれる。
堅田では、五十人の働き手が港と飯場へ入る。
坂本では、家へ戻るための話し合いが続く。
高島へは、大きな店ではなく、温かい汁が先に伸びていく。
そして松阪では、女衆が大旦那を追い出した後、福袋の中身を楽しそうに選び始めていた。
「熱田の海鮮焼き、私も食べたいな」
「丸く焼くやつやろ。見てるだけでも楽しそうや」
襖の向こうから、博之の声が飛んだ。
「せやろ。あれは海鮮を焼くんやなくて、海鮮を入れて丸く焼くんやで!」
「分かりましたから寝てください!」
女衆の声が揃った。
十一月四週目。
伊勢松坂屋は、広げる勢いを少しだけ抑えながら、各地で新しい味と働き口を、
じわりじわりと根づかせ始めていた。




