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メンヘラオジサン、戦国で飯屋を始める ~戦えない俺は食と金で成り上がる~★299.1万PV突破★  作者: メンヘラオジサン【監視アカウント】


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博之44才11月3週目。比叡山坂本の伊勢松坂屋と和尚様、住民との3者で話し合いもなかなかまとまらないが落としどころを探る。

比叡山坂本では、伊勢松坂屋のまとめ役と、共同炊き出しを行っている寺の和尚、

 それに坂本から逃れてきた住民たちを交えた話し合いが開かれていた。

 比叡山からは、現場を監督するための僧も一人来ている。

 寺の和尚は、日々の炊き出しで住民の顔を見ている。

 誰が腹を空かせているか。

 誰の子が熱を出したか。

 誰が畑を捨て、誰が家へ戻りたがっているか。

 それを知っているだけに、無茶を言える立場ではなかった。

「現場としては、皆が年末までに家へ戻れるなら、それが一番やと思っております」

 和尚が静かに言った。

「ただし、戻ってまた同じ役務と取り立てを受けるのであれば、誰も安心できません」

 比叡山から来た僧が、少し硬い声で答えた。

「こちらも、緊急の触れは出しておる。役務を半分にする。年貢の取り立ても一時的に軽くする。

 その話はすでにしておる」

 伊勢松坂屋のまとめ役が、丁寧に頭を下げた。

「そこを、今回は具体的にしていただきたいんです」

「具体的にとなれば、寺内での評議も要る。すぐには決められぬ」

「その“すぐには”を、今回はやめていただきたいんです」

 まとめ役の声は柔らかい。

 だが、引く気はなかった。

「少なくとも年末までに、うちが預かっている方々を坂本へお返ししたいと思っております」

「返す?」

 僧が眉をひそめた。

「一度こちらを捨て、伊勢松坂屋へ走った者を、何事もなかったように戻せと申すのか」

 住民たちの顔が曇った。

 まとめ役は、すぐに言葉を返した。

「裏切った、という言い方は違うと思います」

「何が違う」

「暮らせなくなって逃げたんです。役務が重い。年貢が厳しい。飯が足りない。

 家族を食わせられない。そちらの治め方の中で苦しくなって、逃げるしかなかった」

 場が静かになる。

「伊勢松坂屋に来た者は、うちの待遇が良いと思ったから来ています。銭を払う。飯を出す。

 約束した証文は早く払う。病人には薬を出す。少なくとも、その点では坂本に残るより、

 こちらの方が安心できると思われたんです」

 比叡山の僧の顔が険しくなる。

「我らの治め方が悪いと申すか」

「良い悪いの話ではありません」

 まとめ役は頭を下げたまま続けた。

「天秤の話です。坂本へ戻るより、伊勢松坂屋で働く方がいい。その天秤が、今は大きくこちらへ

 傾いている。戻ってもらうには、そちら側でも安心できる条件を出していただく必要があります」

 和尚が頷いた。

「その通りです。今までにも、役務を減らす、年貢を軽くするという触れは出た。

 しかし、どれだけ減るのか。いつまでなのか。後から元へ戻されないか。そこが分からぬから、

 皆が信じきれない」

 まとめ役は、用意した紙を開いた。

「たとえば、役務は来年の田植えが終わるまで猶予する。年貢は今年分の残りを半分にする。

 高利の取り立ては春まで止める。そういう覚書があれば、皆さんも安心して年を越せます」

「そこまで減らせば、こちらの収入が減る」

 僧は即座に返した。

「寺も維持せねばならぬ。道も直さねばならぬ。僧兵にも飯を食わせねばならぬ」

「減った分を、全部ただ失えとは言っておりません」

 まとめ役は、さらに一枚の紙を出した。

「坂本の港や寺の近くで、伊勢松坂屋に市を開かせてください。場所代は払います。

 市の売り上げの一部は、寺への寄進や道の修繕費として回します」

「市を入れろと」

「はい。炊き出しだけでは銭は回りません。市があれば、米屋も味噌屋も薪売りも商いができます。

 住民には荷運びや店番の仕事ができます。銭が回れば、年貢や役務の一部を銭払いに変えることも

 できる」

 僧は黙り込んだ。

「米で納めさせたいのであれば、春まで役務を待ってください。畑へ出る時間を作れば、

 作付けができます。働き手を寺の役へ引っ張り続けて、米が取れないから年貢が足りないでは、

 また同じことになります」

 住民の一人が、思わず声を上げた。

「そこまで考えてくれてますやん」

 別の男も続いた。

「伊勢松坂屋さん、わしらを坂本から引っこ抜いたままでも困らんのでしょう」

「困りません」

 まとめ役は正直に答えた。

「今津、高島、その先の敦賀まで道を伸ばすなら、働き口はいくらでもあります」

「ほな、何で戻そうとしてくれるんです」

「土地を手放さんで済むなら、その方がええからです」

 まとめ役は住民たちを見た。

「うちには根無し草だった者が多い。家も畑もなく、飯にも困って拾われた者が多い。

 せやから、自分の土地があるありがたみも分かります」

 和尚が、比叡山の僧へ向き直った。

「これは、伊勢松坂屋さんが大きく降りてくださっている話です」

「降りている?」

「本来なら、働き手をそのまま抱え、高島や今津へ移してもよい。それでも、

 こちらと争わぬよう、住民が戻れる条件を一緒に考えようと言ってくださっている」

 僧は不満そうに腕を組んだ。

「だが、比叡山にも立場がある」

 その言葉に、住民の一人が堪えきれず言った。

「立場やないんです」

「何だと」

「こっちは飯が食えへんのが問題なんです」

 場の空気が張った。

「比叡山の面子がどうとか、誰が裏切ったとか、そんな話をしてる間にも、子どもは腹減らします。

 畑へ出られへんかったら米はできません。役務に出たら薪を切る時間もないんです」

 年嵩の女も、静かに続いた。

「伊勢松坂屋さんは、難しいこと言いませんでした。働いたら六十文。並んだら飯。

 病気なら薬。払うと言った銭は払う。それだけです」

 比叡山の僧は、言葉を失った。

 まとめ役は、そこで声を少し和らげた。

「我々も、比叡山さんを潰したいわけではありません」

「……」

「引っこ抜こうと思えば、できなくはない。でも、それをすれば、また揉める。せやから、

 市を作り、寄進を回し、寺にも銭が入り、住民にも仕事ができる形を作りたいんです」

「条件が守られなかった場合は」

 住民の男が聞いた。

「伊勢松坂屋へ戻ってきていただいて構いません」

「本当に?」

「その条件も覚書へ入れます」

 住民たちの間から、安堵の息が漏れた。

 一度戻って駄目なら、また逃げられる。

 その逃げ道があるだけで、坂本へ戻るという選択は、ずっと現実的になる。

 和尚は、静かに手を合わせた。

「役務と年貢の軽減。春までの猶予。市の場所代と寄進。守られなければ伊勢松坂屋へ戻れる条件。

 まずはこの四つを、上へ持ち帰っていただけませんか」

 比叡山の僧は、しばらく黙っていた。

 やがて、小さく息を吐いた。

「すぐに全てを飲むとは言えぬ」

 住民たちの顔が再び曇りかける。

「だが、覚書の案は持ち帰る。年末までに返答するよう、上へ申す」

 まとめ役は深く頭を下げた。

「ありがとうございます」

「礼を言うのはまだ早い」

「それでも、話を持って帰っていただけるなら一歩です」

 話し合いが終わった後、住民たちは炊き出しの列へ戻った。

 和尚は、まとめ役の横で小さく呟いた。

「ほんまに、これぐらい柔らかく話せんもんですかね。うちの上の方も」

 まとめ役は苦笑した。

「そちらにはそちらの立場があるんでしょう」

 近くにいた住民が、すぐに言った。

「せやから、立場やないんですって」

「飯ですよ、飯」

 和尚とまとめ役は顔を見合わせ、思わず笑った。

 比叡山の面子。

 伊勢松坂屋の信用。

 寺の収入。

 住民の土地。

 難しい話はいくらでもある。

 だが、最後に戻るところは一つだった。

 明日の飯を、どうするか。

 坂本の冷たい風の中で、三者の話し合いは、ようやくその一番大事なところへ近づき始めていた。

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