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メンヘラオジサン、戦国で飯屋を始める ~戦えない俺は食と金で成り上がる~★299.1万PV突破★  作者: メンヘラオジサン【監視アカウント】


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博之44才11月3週目。帳面が閉じてから文を乱発する。比叡山坂本方面の情勢収束、商人達への証文支払いと受け入れ住民達が帰宅できるように段取り

十一月三週目の帳面を仮締めした翌日から、博之は文を乱発し始めた。

 お花に見張られ、松坂から出ることは許されない。

 ならば、人と銭を動かせばよい。

「旦那様、安静という言葉をご存じですか」

「座って文を書いてるだけや」

「朝から何通目ですか」

「まだ十二通ぐらいや」

「十分多いです」

 お花が呆れる横で、ヨイチは書き上がった文を順番に整理していた。

 奈良方面へ。

 伊勢神宮、鳥羽、白子、津方面へ。

 堺、京都郊外、大津、草津、南近江方面へ。

 命令は単純だった。

 比叡山・坂本関係の穴埋めとして仮に見積もった一千五百万文を、現金だけでなく、

 米、味噌、薪、布、薬、器などに分け、近い拠点から順々に送り込む。

 遠くの伊勢から全部運ぶ必要はない。

 大津に米があるなら、大津から出す。

 草津に味噌があるなら、草津から出す。

 京都郊外に古布団があるなら、そこから坂本へ運ぶ。

 そして、別の拠点から空いた分を補充する。

「銭も荷も、一か所から出したらあかん」

 博之は言った。

「伊勢、奈良、京都、南近江。少しずつ出せば、どこか一つの商いが止まることはない。

 穴を横から順番に埋めるんや」

 特に厳しく命じたのは、坂本の商人衆への支払いだった。

 伊勢松坂屋が米や味噌、薪を大量に買い付けたことで、相場を乱された店々。

 彼らには、先に手付として一千文を渡し、さらに一万文の補償証文を出している。

「証文持ってる店には、最優先で銭を届けろ」

 博之は、ヨイチに念を押した。

「二月、三月待ってください、はなしや。今、銭があるうちに払ってしまえ」

「すべて一度にですか」

「払えるところからでええ。でも、払うと言うたものは必ず払う。ここは信用問題や」

「承知しました」

「伊勢松坂屋は飯がうまい、だけでは足らん。約束した銭が早い。それがないと、

 次に誰も物を売ってくれへん」

 文は早馬と船便で運ばれた。

 二日、三日もすると、坂本へ次々に物資や銭が届いた。

 京都郊外から米俵。

 大津から現金と味噌。

 草津から薪と油。

 南近江の拠点から布団、薬、日用品。

 そして、証文を持つ商人たちの店へ、伊勢松坂屋の者が直接銭を運んだ。

「先日の補償分でございます」

 米屋の主人は、渡された銭を何度も数えた。

「ほんまに来たんか」

「証文通りです」

「まだひと月も経ってへんぞ」

「大旦那より、早く払えとの厳命です」

 主人は銭を懐へ入れ、得意げな顔で隣の店へ向かった。

「ほら見ろ。言うたやろ。伊勢松坂屋は仕事が早いんや」

「ほんまに一万文来たんか」

「来た。手付の千文とは別やぞ」

「たいしたもんやな」

「畿内にあれだけ店と飯場持っとるんや。銭を回す先が違うわ」

 証文を持っていた店々は、次々に支払いを受けた。

 相場を乱された不満が消えたわけではない。

 だが、約束を守る相手であることは分かった。

「次に買う時は、先に声かけてくれよ」

「もちろんです」

「急に米を根こそぎ持っていくなよ」

「そこは改めます」

 商人たちは銭を受け取り、少し浮かれた足取りで店へ戻っていった。

 それを遠巻きに見ていた僧兵たちは、苦々しい顔をしていた。

「銭で丸め込んだか」

 誰かが呟く。

 しかし、店の主人が振り返った。

「丸め込まれたんやない。払う言うた銭を払っただけや」

 その言葉に、僧兵は何も返せなかった。

 もっとも、博之も、この状態をいつまでも続けてよいとは思っていなかった。

 坂本から逃れてきた者は、一時千人ほど。

 伊勢松坂屋は彼らを日当六十文で雇い、荷運び、薪割り、炊き出し、飯場作りに回した。

 だが、千人を永遠に抱えれば、坂本の働き手を奪ったことになる。

 それは新たな火種だった。

 博之は、坂本のまとめ役へ別の文を送った。

 土地や家を持つ者については、延暦寺方の寺と話し合うこと。

 一定期間、年貢を軽くすること。

 役務を減らすこと。

 高利の取り立てを止めること。

 条件を文に残した上で、帰りたい者を帰す。

 ただし、条件が守られなかった時は、再び伊勢松坂屋へ戻ってよい。

「年末ぐらい、気持ちよく家で過ごさせてやったらええ」

 文には、博之らしい一言が添えられていた。

 坂本のまとめ役は、その文を避難してきた者たちの前で読み上げた。

「うちら伊勢松坂屋の者にも、根無し草は多い」

 まとめ役は、集まった者たちを見渡した。

「家も土地もなく、飯にも困って、拾われた者が多い。せやから、自分の土地があるありがたみも

 分かる」

 避難民たちは、黙って聞いている。

「今の伊勢松坂屋なら、皆を雇うことも、飯を食わせることもできる。堅田、高島、今津、

 その先の敦賀へ向かう道にも仕事はある」

 そこで、まとめ役は一度言葉を切った。

「けど、土地を手放さんで済むなら、それも一つや」

「戻れということですか」

 一人の男が、不安そうに聞いた。

「無理に戻れとは言わん。寺と伊勢松坂屋と、皆さんの三者で話をする。年貢はいくら減るのか。

 役務はどれだけ軽くなるのか。いつまで続くのか。全部詰める」

「また元に戻されたら」

「その時は、伊勢松坂屋へ戻ってきたらええ」

 場がざわついた。

「戻ってもええんですか」

「文にそう書いてある。約束が破られたら、もう一度受けると」

 その条件があるだけで、避難民たちの表情は少し変わった。

 一度帰ったら逃げ場がなくなるのではない。

 駄目なら戻れる。

 その道が残されている。

「今回、伊勢松坂屋さんには本当に助けてもろた」

 年嵩の男が言った。

「その話なら、聞いてもええ。細かい条件を詰めてほしい」

「私もです」

「畑を捨てずに済むなら、戻りたい」

「役務を軽くしてもらえるなら、家族と年を越したい」

 まとめ役は、ようやく小さく息を吐いた。

 すぐにすべてが収まるわけではない。

 土地を捨てる者もいる。

 伊勢松坂屋で働き続けたい者もいる。

 寺を信用できない者もいる。

 それでも、三者で話すところまでは来た。

 年末へ向け、少しずつ人の流れを整えられるかもしれない。

 まとめ役は、次々に坂本へ届く荷車を見た。

 南近江から。

 京都郊外から。

 奈良から。

 遠く伊勢から。

 銭も米も味噌も、必要なものが途切れず入ってくる。

 これが伊勢松坂屋の強さだった。

 一つの蔵が空いても、別の蔵から届く。

 一つの道が止まっても、別の道から回す。

 大旦那が松阪で寝かされていても、文だけで人と荷が動く。

「ほんまに、あの時……」

 まとめ役は、誰にも聞こえない声で呟いた。

「旦那様の首が落ちんで、よかったな」

 もし、あの僧兵の刃が少し深く入っていたら。

 この銭も、物資も、逃げ道もなかったかもしれない。

 坂本には冷たい冬の風が吹き始めていた。

 だが、収束へ向かう細い道は、確かに見え始めていた。

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