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メンヘラオジサン、戦国で飯屋を始める ~戦えない俺は食と金で成り上がる~★250.9万PV突破★  作者: メンヘラオジサン【監視アカウント】


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比叡山と伊勢松坂屋の動きが沈静化に向かいそうな旨連絡が来て一息つきそうだと博之。やりすぎると他の拠点も警戒する。ここらが落としどころか

 比叡山方の寺で行われた、奇妙な炊き出しは、一日で大きな騒ぎもなく終わった。

 もちろん、すべてが円満だったわけではない。

 比叡山の僧は、伊勢松坂屋の者が釜の前で手際よく動く姿を、複雑な顔で見ていた。

 僧兵たちは、武器を持たずに境内の端で立ち、住民たちが飯を受け取る様子を見守った。

 住民たちは住民たちで、最初は疑い、やがて椀を受け取り、口に入れ、少しずつ表情を緩めていった。

 その日の夕方、京都郊外のまとめ役は、すぐに文をしたためた。

 ――比叡山方寺院での炊き出し、無事終了。

 ――住民の反応は悪くなし。

 ――僧兵との大きな衝突なし。

 ――今後、順々に他寺でも試す方向。

 ――伊勢松坂屋の炊き出し場についても、僧兵が囲む形は緩みつつあり。

 ――行きたい者は行かせる、戻りたい者は戻す、という空気に変わり始める。

 その文は、特急便で松坂へ走った。

 松坂本店で文を受け取った博之は、しばらく黙って読んでいた。

 お花が、横から顔を覗き込む。

「どうでしたか」

「ひとまず、鎮静化に向かいそうやな」

 博之は、文を畳んだ。

「比叡山方の寺で炊き出しを順々にやる。うちの郊外四拠点も、好きにしていい、

 というか、少なくとも僧兵が囲んで圧をかける形は緩む。行くなら行っていい、

 戻るなら戻っていい、という空気になってきてるらしい」

「それなら、一段落ですか」

「たぶんな」

 博之は茶をすすった。

「ただ、もう逃げてきた人は五百人ほどおる。今後、総勢で千人ぐらいまで膨らむ可能性はある」

 ヨイチが帳面を開く。

「千人ですか」

「うん。でも、そこらへんが頭打ちかもしれん。僧兵が囲んでた時でも来たのが五百や。

 比叡山が炊き出しを始めて、年貢や役務の軽減も形にしていけば、逃げ一択ではなくなる」

「徐々に落ち着く、と」

「そういう見立てやな」

 お花は少し安心したように息を吐いた。

「旦那様が珍しく矛を収めていますね」

「珍しくって何や」

「いつもなら、取れるだけ取る、と言いそうです」

「言うたやろ。全部受ける気ではおったけど、全部受けたらこっちが破綻する」

 博之は苦笑した。

「飯も寝床も仕事も、無限には出せん。うちは比叡山の麓だけで商売してるわけやない。

 伊勢もある。奈良もある。京都もある。大津、草津、堅田、堺、尾張もある。

 ここだけで意地を張って、他の拠点を細らせるわけにはいかん」

 ヨイチが頷きながら、帳面に数字を書き込んでいく。

「ただ、帳簿はつけなあかんな」

 博之は湯呑みを置いた。

「坂本周辺の店々への証文。あれは現場の判断がよかった」

「一軒あたり手付一千文、証文一万文ですね」

「そう。仮に百軒、二百軒に広がったら、二百万文。さらに実損補填や追加分を見て、

 多めに見れば五百万文ぐらいは覚悟しといた方がええ」

 お花が眉を上げた。

「五百万文」

「安くはない。でも、三好と六角に五百万文ずつ投げたことを考えたら、これも治安維持費や」

「飯屋の治安維持費、ですか」

「飯屋やからこそや。米屋、味噌屋、薪売り、茶屋を敵に回したら終わる。商売人の不満は、

 銭である程度受け止められる。怒りを比叡山ではなく、うちに向けられ続けるよりはましや」

 ヨイチがさらに尋ねる。

「逃げてきた者への仕事はどうしますか」

「そこやな」

 博之は地図を広げた。

「まだ堅田は郊外と港の端だけや。ここを膨らませる。堅田郊外に飯場、荷置き、古布団小屋、

 簡単な市を作る。そこから高島へ伸ばす」

「高島の次は」

「今津、塩津。その先に敦賀や」

「浅井、朝倉筋ですね」

「そう。そこは急がん。まず高島郊外まで人と荷を振り分ける。

 千人を京都郊外だけで抱えるのは無理や。でも、京都郊外、大津、草津、堅田、高島に分ければ、

 何とか仕事は作れる」

 博之は指で地図を叩いた。

「買い付けに回ってもらう者。荷運び。薪割り。布団干し。器洗い。小さな市の設営。

 魚や干物の仕分け。信楽焼きや伊勢小物の荷解き。飯場の手伝い。文字が読める者は帳面の補助。

 順々にやるしかない」

 お花は静かに言った。

「ある程度は、伊勢松坂屋の人になるわけですね」

「そうやな。ただ、無理に囲わん。戻りたい人は戻る。堅田へ行きたい人は堅田。

 京都郊外に残りたい人は残る。高島へ行ける人は行く」

「比叡山を空っぽにしたいわけではない、と」

「そらそうや」

 博之は少し疲れたように笑った。

「うちは別に、比叡山をもぬけの殻にしたいわけやなかった。最初からな。ただ、

 腹空かせて逃げてきた人を追い返す気もなかった。それだけや」

 お花が目を細める。

「本当ですか。少しは、やり返す気もあったでしょう」

「少しはあった」

「少しですか」

「……まあまああった」

 ヨイチが小さく笑った。

 博之も笑って、茶を飲んだ。

「でも、ここらがおとしどころちゃうか、というのが現場感覚やろうな」

「比叡山の偉い人は、嫌がるでしょうね」

「嫌がるやろな」

 博之は文をもう一度見た。

「結局、伊勢松坂屋が郊外四拠点を作った。それを黙認する形になっとる。

 さらに、比叡山の息のかかった寺で、うちが炊き出しをする。向こうから見れば、

 ええようにやられてる」

「気持ちよくはないですね」

「気持ちよくはない。面子も潰れる。けど、そうせんと領分から人が逃げる。

 僧兵を並べたら兵糧が減る。店々は銭を求める。住民は不信を口にする。苦しい選択や」

 お花は、少し考えてから言った。

「伊勢松坂屋にとっても、楽な選択ではありませんね」

「そうや」

 博之は頷いた。

「比叡山単体とやり合うだけなら、まだできたかもしれん。こっちも荷を入れて、飯を出して、

 人を受けて、相手の領分を揺らし続けることはできた」

「でも、それをやると」

「意地を張りすぎる。筋を曲げる」

 博之の声は静かだった。

「うちは、困って来た人を受けるとは言うた。でも、比叡山を憎んで民を引き抜くとは言うてへん。

 そこを間違えると、他の土地でも同じ目で見られる」

「伊勢松坂屋は、領主や寺と揉めたら民を抜く、と」

「そう思われたら終わりや」

 博之ははっきり言った。

「京都、奈良、堺、尾張、伊勢。どこでも、寺や領主や商人と付き合っていく必要がある。

 比叡山相手に勝ちすぎると、他が怖がる」

 ヨイチが帳面を閉じた。

「では、今後は鎮静化を見守りながら、受け入れた者を各拠点へ振り分ける。証文分の支払い準備。

 高島方面への拡張。比叡山方寺院での炊き出し支援。そういう流れですね」

「そうや」

 博之は、ようやく少し肩の力を抜いた。

「一つひと段落したらええ。あとは帳簿と現場や」

 お花がすかさず言う。

「では、旦那様は休めますね」

「いや、帳簿を」

「休めますね」

「……はい」

 部屋に小さな笑いが起きた。

 博之は茶を飲み干し、窓の外を見た。

 比叡山との争いは、勝った負けたで片づくものではなかった。

 飯を出す。

 銭を払う。

 逃げる者を受ける。

 戻る者は戻す。

 相手の面子も少し残す。

 こちらの筋も曲げない。

 面倒で、苦くて、金のかかる落としどころ。

 だが、飯屋が長く生きるには、こういう引き際も必要だった。

「まあ、これで良かったんかもな」

 博之は、誰にともなく呟いた。

 お花は少しだけ笑った。

「珍しく、大人ですね」

「わし、もう四十四やぞ」

「普段が子どもみたいなので」

「ひどいなあ」

 そう言いながら、博之はもう一杯、茶を注いだ。

 湯気の向こうで、ようやく比叡山の影が少し遠のいた気がした。

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― 新着の感想 ―
蕎麦は山間部や冷涼地の救荒作物かと。伊賀は蕎麦に適した土地っぽいですが、記録は無いみたいですね。粥、蕎麦粉を練った団子、焼き餅、そばがきが食べ方の中で、時代を先取りして麺にしたら流行るだろうなと思いま…
武田は織田と婚姻交渉や、同盟確認のため、頻繁に家臣がお互いの領地を行き来していて、跡部勝資や秋山虎繁が窓口だったみたいですね。京都の政治に関与したい、寺と縁のある名門武田が延暦寺との揉め事を知り、尾張…
ここで比叡山編は落着ですかね? 面白かったです
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