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メンヘラオジサン、戦国で飯屋を始める ~戦えない俺は食と金で成り上がる~★241万PV突破★  作者: メンヘラオジサン【監視アカウント】


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京都郊外から草津へ移動中の博之が籠の中で文を書き命令を飛ばし続ける。速さが命。各拠点も比叡山との顛末を知っているため動きが早い。大津、草津、堅田の荷が大きく動き動揺する比叡山延暦寺

京都郊外の寺を出て、博之たちは草津へ戻る道を取った。

本来なら、ここからは松坂へ帰り、博之を寝かせるだけでよかった。

少なくとも、お花はそのつもりだった。

しかし、博之は籠の中で文箱を開いていた。

「旦那様」

「何や」

「帰り道です」

「知ってる」

「安静です」

「それも知ってる」

「では、なぜ文を書いているんですか」

 お花の声は低かった。

 博之は筆を止めずに言った。

「今ここが大事なんや」

「またそれですか」

「ほんまに大事なんやって。これは速さが命やからな」

 お花は深く息を吐いた。

 松坂の城主は、横の馬上でにやにやしている。

「お花、止めても無駄やぞ。こいつ、悪い顔しとる」

「分かっています。だから止めているんです」

「なら、わしは見物や」

「殿様も止めてください」

「いや、これは止めん方が面白い」

 博之は聞いているのかいないのか、ヨイチへ次々に指示を飛ばした。

「まず、京都郊外のまとめ役へ。坂本方面まで、点でええから釜を置け。

 立派な店はいらん。飯場、荷置き、古布団、帳面。これだけでええ」

「はい」

「次に大津と草津へ。大津の荷を北へ振れ。草津は米と味噌、薪、布団、器をすぐ出せるように。

 京都郊外と大津だけで抱えるな。草津も噛ませる」

「はい」

「堅田へは別に急ぎや。港を押さえろ」

 お花が眉を上げた。

「港を押さえろ、ですか」

「言い方は悪いけど、そうや」

 博之は籠の中で身を起こした。

「堅田は今まで、港には遠慮してた。店を出すのは勘弁してくれ、

 買い付けと炊き出しならまあええ、という状態やった」

「はい」

「でも、今回の覚え書きがある。郊外での炊き出しと小市は妨げない。比叡山領分の通行も認める。

 これがあれば、少なくとも船を泊めるくらいは許してくれるはずや」

「港を取るのではなく、船を泊める」

「そう。いきなり港の権利を寄こせとは言わん。船を一艘、二艘、荷を下ろす。魚を買う。

 干物を買う。伊勢の小物と信楽焼きを見せる。そこからや」

 ヨイチが筆を走らせる。

「草津、大津を使って堅田港まで荷を動かす、でよろしいですか」

「そう。草津から大津、大津から堅田。堅田から高島へ向けて道を見る。まずは堅田の港に足をかける」

「高島までは」

「今すぐ全部は無理や。けど、堅田の郊外から港まで繋げたなら、次は高島郊外への目が出る。

 そこまで行けば南近江から北近江の道が見える」

 お花が呆れたように言った。

「旦那様、まだ草津にも戻っていません」

「だから今なんや」

「帰ってからでは駄目ですか」

「駄目や。比叡山が文言を整える前に、実態を作る。『もう飯場あります』『もう船停めてます』

『もう荷が流れてます』にする。向こうが細かいことを言い出す前に、道を通す」

 松阪の城主が、楽しそうに頷いた。

「既成事実やな」

「そうです」

「お前、ほんま抜け目ないな」

「ここは速さ勝負でしょう」

「ほんま、腰の軽さで勝つ気やな」

「重い腰の相手には、それが効くんです」

 お花は、もう諦め半分で言った。

「それで、旦那様は何をするんですか」

「指示を出す」

「出したら寝てください」

「まだ少し」

「出したら、寝てください」

「……はい」

 草津へ着く頃には、すでに何通もの文が先へ走っていた。

 草津の伊勢松坂屋の拠点では、博之たちが戻る前から空気が変わっていた。

 京都郊外で起きた一連の騒動は、もう皆が知っている。

 比叡山の僧兵が、領民をけしかけた。

 飯場を荒らさせようとした。

 伊勢松坂屋は門を開け、飯を出した。

 領民が僧兵を縛った。

 三好と六角が見た。

 博之と松坂のお殿様が飛んできた。

 比叡山が条件を飲んだ。

 草津の者たちは、腹の底で怒っていた。

 同時に、誇ってもいた。

 伊勢松坂屋は刀を抜かなかった。

 飯でひっくり返した。

 そして今、その飯の道を北へ伸ばそうとしている。

「旦那様から文です!」

 使いが駆け込むと、草津のまとめ役はすぐに読んだ。

「米、味噌、薪、古布団、器。大津へ回す分と、堅田へ送る分を分けろ。荷車を三つ、

 船便を二つ押さえろ。信楽焼きと伊勢小物は小分けにしろ。立派な荷にするな。

 小さな市で広げやすいようにする」

 まとめ役は、読み終える前に笑った。

「旦那様らしい」

 周囲の者たちも、阿吽の呼吸で動き出した。

「米俵、十。味噌樽、三。薪は乾いたものから」

「布団は古いのでええ。逃げてきた人用や」

「器は割れてもええやつと、売り物を分けろ」

「大津に文を出せ。堅田へ船を回せるか聞け」

「高島の話も出るぞ。湖北の道を聞ける者を探せ」

 誰も、細かい説明を求めなかった。

 なぜ急ぐのか、皆が分かっていた。

 比叡山に怒っている。

 しかし怒りだけでは商いにならない。

 今、道を作れば、飯場が増え、荷が流れ、人が助かる。

 それが伊勢松坂屋のやり方だった。

 大津でも同じだった。

 京都郊外の文を受け、すぐに荷が北へ振られた。大津の飯場から堅田方面へ、

 小さな荷が次々に動き出す。

 堅田では、港の顔役たちが文を見せられた。

「比叡山との話で、郊外の炊き出しと小さな市は妨げないと決まったそうです」

 堅田のまとめ役が、丁寧に頭を下げる。

「港の中に大店を出すつもりはありません。ただ、船を少し泊めさせていただきたい。

 魚と干物を買わせていただきたい。こちらの荷も、少しだけ見ていただきたい」

 顔役たちは渋い顔をした。

「また急やな」

「急で申し訳ありません」

「港を取る気やないやろうな」

「取れるものなら取りたい、とは旦那様なら言うかもしれません」

 顔役たちがぎょっとした。

 まとめ役はすぐに続ける。

「ですが、今は違います。まずは買い付けと船止めだけです。港の皆様の顔を潰すつもりはありません」

「正直やな」

「伊勢松坂屋ですので」

 顔役の一人が、苦笑した。

「まあ、魚を買ってくれるなら悪い話ではない。船を一艘、二艘泊めるぐらいなら、様子見や」

「ありがとうございます」

「ただし、港のど真ん中に勝手に店を出すなよ」

「もちろんです」

 こうして堅田でも話が通った。

 その日のうちに、草津、大津、堅田の荷が一気に動いた。

 米、味噌、薪、古布団、器。

 信楽焼き、伊勢の小物。

 小さな釜。

 帳面。

 荷札。

 それらは、港を奪うための荷ではない。

 だが、港に足をかけるには十分だった。

 一方、比叡山にもすぐ報せが入った。

「伊勢松坂屋が、堅田の港に船を泊め始めました」

 上座の僧は、目を見開いた。

「もうか」

「はい。草津、大津から荷が動き、堅田の顔役にも話を通したようです」

「勝手に港へ入ったのか」

「いえ。港の中心ではなく、外れです。船泊めと買い付けだけだと」

「それで実質、港に足をかけたのではないか」

「その通りでございます」

 僧たちは、言葉を失った。

 昨日、大筋を飲まされたばかりである。

 まだ文言は整っていない。

 細かい条件も詰めていない。

 その隙に、伊勢松坂屋はもう動いている。

「止めろ」

「止めれば、昨日の覚え書きを出されます」

「まだ細かく決まっておらぬと言え」

「三好、六角、松阪の殿が立ち会った大筋は決まっている、と返されるでしょう」

「……またか」

 上座の僧は、唇を噛んだ。

 伊勢松坂屋は、いつも先に釜を置く。

 話し合いの余白があるうちに、飯場を作る。

 港に船を泊める。

 荷を流す。

 人を集める。

 止めようとした時には、もう飯を食っている者がいる。

「我らは、また遅れたのか」

 老僧がぽつりと言った。

「相手の速さを、まだ見誤っておりますな」

 別の僧が苦々しく答えた。

「どうします」

「堅田の顔役へ文を出せ。伊勢松坂屋との取引は慎重にせよ、と」

「すでに魚を買われております」

「大津、草津へも探りを入れろ」

「荷はもう動いております」

「坂本方面は」

「京都郊外から横丁が点々とでき始めています」

 報告が重なるほど、比叡山の顔色は悪くなった。

 飯場を潰せば、また悪評になる。

 荷を止めれば、覚え書き違反と言われる。

 港へ圧力をかければ、堅田が反発する。

 逃げる者を捕まえれば、また伊勢松坂屋へ流れる。

 どれも後手だった。

「こちらも急げ」

 上座の僧は、ようやく言った。

「役務の軽減、年貢の猶予、高利の取り立て停止。触れをすぐ出せ。

 末端僧兵には、勝手な取り締まりを禁じる」

「間に合いますか」

「間に合わせるしかない」

 だが、誰もが感じていた。

 伊勢松坂屋の方が、一歩早い。

 京都郊外から大津、草津、堅田へ。

 堅田の港から、やがて高島へ。

 さらに琵琶湖の道を北へ。

 博之はまだ帰り道にいる。

 それなのに、すでに飯と荷の道は動き始めていた。

 比叡山は、その速さに合わせるしかなかった。

 だが、合わせようとした時にはいつも、伊勢松坂屋の釜からは、もう湯気が上がっているのである。

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