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メンヘラオジサン、戦国で飯屋を始める ~戦えない俺は食と金で成り上がる~★250.9万PV突破★  作者: メンヘラオジサン【監視アカウント】


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比叡山側からすると伊勢松坂屋の動きが早すぎて後手後手に回る。京都郊外から坂本の街道に荒い横丁と炊き出し場を作られて同様する。住民へ年貢や役務を減らすと触れを出せと焦る

比叡山では、また新しい報せが飛び込んできた。

 延暦寺の上の者たちは、ここ数日、ろくに息をつく暇もなかった。

 大津での一件。

 京都郊外の飯場。

 逃げる領民。

 末端僧兵の暴走。

 博之本人と松阪のお殿様の来訪。

 三好と六角の立ち会い。

 そして、苦い覚え書き。

 ようやく一つ形を作ったと思った矢先である。

「今度は何や」

 上座の僧が、疲れた声で言った。

 報告に来た者は、顔を青くしていた。

「坂本へ向かう道筋に、伊勢松坂屋が横丁を作り始めております」

「……何?」

「京都郊外から坂本の手前にかけて、空いている場所、道沿い、寺の境内、港の外れなどを使い、

 炊き出し場と小さな市を次々に作っております」

 座敷がざわついた。

「なぜ、そんなことになっておる」

「昨日、こちらの者が問い詰めました。勝手にそのようなことをしてもらっては困る、と。

 すると、伊勢松坂屋のまとめ役が、昨日の話し合いで大筋は決まりました、

 と覚え書きの写しを見せまして」

「追い返されたのか」

「はい」

「なぜ追い返される」

「三好、六角、松阪のお殿様、寺方の立ち会いがあると。京都郊外での炊き出しと

 小さな市は妨げないと決まった、と」

 上座の僧は、思わず唇を噛んだ。

 たしかに、大筋として認めた。

 だが、それは細かい文言を整えてから、ゆっくり進む話だと思っていた。

 伊勢松坂屋は違った。

 決まった瞬間に動いた。

 京都郊外の荷。

 片田方面の荷。

 草津、大津からの米、味噌、布団、器、薪。

 信楽焼き、伊勢の小物、簡単な屋根材。

 それらが一気に、坂本へ向かう道筋へ流れ込んでいるという。

「綺麗な建屋ではありませぬ」

 報告者は続けた。

「本当に、粗い横丁です。開いた土地に釜を置き、寺の軒を借り、むしろを張り、

 布団を積み、簡単な小机で帳面をつけているだけです」

「それでも、人は集まる」

「はい」

「そんなことをされたら、こちらの領民が流れるやろうが!」

 上座の僧が怒鳴った。

 報告者は身を縮めた。

「流れぬように何とかせよ」

「そうは申しましても、すでに皆、動き始めております。伊勢松坂屋の炊き出しに並ぼう、

 あそこへ行けば飯がある、と」

「触れを出せ」

「触れ、ですか」

「役務を軽くする。年貢も、当面は半分にする。高利の取り立てを控えさせる。

 末端にも乱暴をするなと命じる。すぐに触れを出せ」

 別の僧が、苦い顔をした。

「今からでは、少し遅いかもしれませぬ」

「遅くても今やるんや!」

 上座の僧は、机を叩いた。

「このままでは、全部抜かれるぞ」

 座敷に重苦しい沈黙が落ちた。

 伊勢松坂屋の動きは早い。

 博之自身が、もともと根なし草だったことも大きいのだろう。場所に執着しない。

 立派な店を構えてから始めようとしない。釜、飯、寝床、帳面、人。最低限それがあれば、

 すぐに横丁を作ってしまう。

 普通の寺社や領主なら、許可、場所、面子、誰の顔を立てるかで時間がかかる。

 伊勢松坂屋は違う。

 決まったら、先に釜を置く。

 飯を炊く。

 人を並ばせる。

 帳面をつける。

 既成事実を作る。

「相手の素早さを見誤ったか」

 上座の僧は、苦々しく呟いた。

「ですが、あちらにも無限の体力があるわけではありません」

 別の僧が言った。

「炊き出しには米も味噌も要る。布団も薪も人手も要る。ある程度飯を食って、

 戻ってくる者もいるはずです」

「それは間違いない」

 老僧が頷く。

「伊勢松坂屋も、すべての者を抱え込めるわけではない。逃げた者の中には、

 飯だけ食って戻る者もいる。家や田畑を完全に捨てられぬ者も多い」

「では、まだ止められる」

「完全には無理だ」

 老僧は静かに言った。

「ある程度逃げられるのは、もう仕方がない」

 その言葉に、若い僧たちが顔を歪めた。

 仕方がない。

 領民が逃げることを、比叡山がそう認めざるを得ないところまで来ている。

 それ自体が屈辱だった。

「問題は、それだけではありませぬ」

 別の僧が、さらに重い声で言った。

「末端の僧兵たちです」

 座敷の空気が、また一段沈んだ。

 これまで、末端の僧兵の多少の荒れ事は見逃されてきた。

 領分の取り締まり。

 年貢や役務の催促。

 借金の回収。

 商人への圧力。

 逃げようとする者への脅し。

 上は、それをすべて細かく見ていたわけではない。

 むしろ、見ないことで回っていた面もあった。

 僧兵たちの給金は高くない。末端は末端なりに、威勢や忠誠心、顔の利き方で

 自分たちの立場を保っていた。少しの横暴を許されることで、不満を抑えていたところもある。

 だが、その末端が今回、領民をけしかけて伊勢松坂屋の飯場を襲わせようとした。

 その結果、話がここまで大きくなった。

「これからは、末端も見なければならぬ」

 老僧が言った。

「僧兵筋の行き過ぎを抑える。高利の取り立てを調べる。役務の押しつけも改める。そうしなければ、

 また伊勢松坂屋へ逃げる者が出る」

「しかし、それを締めれば、末端が反発します」

「分かっておる」

「少ない給金で動かし、忠誠心で縛ってきた者たちです。今さら、乱暴はするな、

 取り分も減らせと言えば、内側で不満が出ます」

「だが、放置すれば外へ漏れる」

 上座の僧が、苦い顔で言った。

「内を締めれば、末端が荒れる。締めなければ、領民が逃げる。逃げた先には伊勢松坂屋がいる」

 誰も答えられなかった。

 すでに、伊勢松坂屋の横丁では飯が炊かれている。

 粗末な屋根。

 むしろの壁。

 湯気の上がる釜。

 信楽焼きの器。

 伊勢の小物。

 帳面を持つ若い者。

 そして、飯に並ぶ領民たち。

 立派ではない。

 だが、そこには飯がある。

 比叡山がどれだけ面子を気にしても、腹を空かせた者は面子では生きられない。

「すぐに触れを出せ」

 上座の僧は、疲れきった声で命じた。

「年貢を当面軽くする。役務も半分にする。高利の取り立ては一度止めろ。末端の僧兵には、

 勝手な取り締まりを禁じる」

「従いますでしょうか」

「従わせるしかない」

「伊勢松坂屋の横丁は」

「今すぐ潰すな。潰せば、また話が大きくなる」

 それが、何より悔しかった。

 伊勢松坂屋は、もう覚え書きの写しを持っている。三好と六角が立ち会った事実もある。

 松阪のお殿様も見ている。ここで力ずくで潰せば、また比叡山が悪者になる。

「監視はつけろ」

 上座の僧は言った。

「ただし、手を出すな。どれだけ人が流れるか、何を売るか、誰が働くか、全部見ろ」

「はい」

「そして、こちらの領分から人が出る理由も調べろ」

 その言葉に、若い僧が顔を上げた。

「理由、ですか」

「そうだ」

 上座の僧は、悔しそうに言った。

「伊勢松坂屋が早いだけではない。こちらが遅すぎたのだ」

 誰も、その言葉を否定できなかった。

 比叡山は強い。

 だが、強いがゆえに動きが重い。

 一方、伊勢松坂屋は軽い。

 釜を持ち、帳面を持ち、荷を流し、空いた場所に横丁を作る。

 その腰の軽さに、比叡山はまたしても後手に回った。

 外では、坂本へ向かう道に、伊勢松坂屋の荷がまた一つ通っていったという。

 米俵、味噌樽、古布団、薪、器。

 それは戦の兵糧ではない。

 だが、比叡山の領分を揺らすには、十分すぎる荷だった。

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