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メンヘラオジサン、戦国で飯屋を始める ~戦えない俺は食と金で成り上がる~★250.9万PV突破★  作者: メンヘラオジサン【監視アカウント】


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比叡山は焦っている。京都郊外の伊勢松坂屋の領分に逃げ込んだ比叡山の住民を返すように申し出るも断られる。今は変な動きができない

比叡山では、焦りが広がっていた。

 理由は、はっきりしている。

 領分の者が、伊勢松坂屋の飯場へ逃げている。

 最初は、ほんの数人だと思われていた。食い詰めた者が、たまたま京都郊外の炊き出しへ

 流れただけだと。だが、報告を重ねるうちに、そうではないと分かってきた。

 一日に一人。

 多い日は数人。

 子どもだけ。母親と子。時には家族ごと。

 しかも、逃げた者たちの口から、領分での暮らしの悪さが語られ始めていた。

 高利の借金。

 返しても返しても増える利。

 店や畑を取られた話。

 役務に追われ、家の仕事が回らなくなった話。

 僧兵筋の末端の者に脅された話。

 仏罰をちらつかされ、泣き寝入りした話。

 もちろん、すべてが本当かどうかは分からない。

 だが、話が出ている時点でまずい。

 それが、伊勢松坂屋の飯場に集まり、炊き出しに並ぶ者たちの口から広がる。京都郊外の寺の者が

 聞く。町の者が聞く。伊勢松坂屋の者が帳面に書く。

 それだけで、比叡山にとっては痛かった。

「また、いらんことをしてきたのか」

 上座の僧が、使いに出した者たちを睨んだ。

 先日、延暦寺の者が京都郊外の伊勢松坂屋の飯場へ行き、逃げた領民を返してほしいと

 申し入れたのである。

 しかし、成果はなかった。

「申し訳ございませぬ」

 使者の一人が頭を下げる。

「こちらの領分の者を受け入れるのは控えてほしい、と伝えました。ですが、伊勢松坂屋の者は、

 うちは炊き出しをしているだけです、と」

「それで引いたのか」

「さらに、そちらの暮らしが良ければ勝手に戻らはるでしょう、と言われまして」

 座敷が静まり返った。

「戻らないということは、よほどひどい生活をしていたのではないか、とも」

「……言われたのか」

「はい」

 使者は、悔しそうに唇を噛んだ。

「返す言葉がありませんでした」

「なぜ言い返さぬ」

「言い返せば、さらに揉めます。そもそも大津での件もあり、まだ話し合いも謝罪も済んでおりませぬ。

 あの場で強く出れば、また延暦寺が飯場を脅したと噂になります」

 上座の僧は、深く息を吐いた。

 その判断自体は間違っていない。

 だが、何も得ずに戻ってきたこともまた事実だった。

「このまま逃げられ続けるのは違う」

 別の僧が言った。

「領分の境に、見張りを立てるべきではありませぬか」

「関のようなものを置くか」

「石碑を立てるほどではなくとも、道筋に人を立て、勝手に動けぬようにする。少なくとも、

 家族連れが荷をまとめて出ていくのは止めねばなりません」

「荷物改めも必要かもしれませぬ」

 若い僧が口を挟んだ。

「外から入る荷はともかく、内から出る荷、人、家財。これを改めれば、逃散は減ります」

「簡単に言うな」

 老僧が低く言った。

「荷物改めを始めれば、手間がかかる。人もいる。怨みも買う。しかも、物流が止まる」

「しかし、放置すれば人が抜けます」

「荷が止まれば、今度は商人が離れる。米も塩も油も遅れる。寺領の中がさらに苦しくなる。

 苦しくなれば、また逃げる者が出る」

 堂々巡りだった。

 人を止めるには、見張りがいる。

 見張りを立てれば、締めつけに見える。

 荷を改めれば、逃散は防げるかもしれない。

 だが、物流が鈍り、暮らしはさらに苦しくなる。

 暮らしが苦しくなれば、また逃げたくなる。

 誰も、すぐに答えを出せなかった。

「結局、話し合いの場を持つしかないのでは」

 別の僧が言った。

「誰かに間に立ってもらい、伊勢松坂屋と話をする。飯場を完全にやめさせるのは無理でも、

 逃げた者の扱いや、領分へ戻る者の筋を決める」

「誰が間に立つ」

「朝廷筋、公家筋、あるいは浅井、朝倉……」

「朝廷筋は今、こちらに冷たい」

 上座の僧が吐き捨てるように言った。

「身から出た錆だと見ている。朝廷へ礼に行った官位持ちの帰り道で、こちらの筋が飯場を荒らし、

 首に刃を当てた。そんな話になっている。簡単にこちらへ肩入れはせぬ」

「山科筋も静観です」

「三好と六角は、伊勢松坂屋から銭を受ける筋になった」

「浅井は、こちらが戦で協力するなら動く余地あり、と」

「それはそれで高くつく」

 また沈黙が落ちた。

 さらに厄介なのは、伊勢松坂屋の評判が悪くないことだった。

 京都の端では、丁寧な飯と小物が評価され始めている。

 炊き出し一回にしても、飯がきれいに炊けている。粥だけでなく、濃い味の汁や肉餡が少し乗る。

 信楽焼きや季節焼き、伊勢の小物も少しずつ売れ、京都の端でじわじわ馴染んでいる。

 京都郊外でも同じだった。

 京都の真ん中へ出るには時間がかかる。店も少ない。そこへ伊勢松坂屋が飯を出し、

 市を開き、器や小物を並べる。ありがたがられるのは当然だった。

 そして、堅田である。

 最初、堅田は伊勢松坂屋をかなり嫌がっていた。延暦寺との関係がある。

 港に店を出されるのは困る。揉め事に巻き込まれたくない。

 それが、近くの寺で小さな市と炊き出しをしたところ、思いのほか受けているという。

「堅田までか」

 上座の僧は、額に手を当てた。

「はい。店はまだ港に出しておりませぬ。ただ、買い付けをし、信楽焼きや伊勢の小物を並べ、

 炊き出しをしております」

「ただで飯を出すのか」

「炊き出しは、ただです」

「ただし、市で物を売る」

「はい。ただ、押し売りではなく、見るだけでもよい、と」

「それが向こうのやり口だ」

 老僧が苦々しく言った。

「まず、ただで飯を食わせる。次に、見慣れぬ品を見せる。無理には売らぬ。だが、

 安ければ買う者が出る。物を買えば銭が回る。銭が回れば、次の炊き出しができる。

 気づけば、そこに人が集まる」

「止める術がありません」

「止めれば、飯を止めたと言われる。許せば、人が向こうへ寄る」

 まさにその通りだった。

 伊勢松坂屋は、ただ店を出しているだけではない。

 飯を出す。

 働ける者には手伝いをさせる。

 少し小遣いも渡す。

 市を開く。

 器や小物を並べる。

 地元の品を買う。

 困った者の話を聞く。

 それを一つ一つ丁寧にやる。

 しかも、損得だけで動いていないように見えるのが厄介だった。

「普通の商人なら、儲からぬところは引く」

 上座の僧が言った。

「だが、伊勢松坂屋は違う。炊き出しで損を出しても、市や別の拠点で埋める。

 飯場を逃げ場にする。帳面をつける。人を働かせる。あれは、ただの商いではない」

「国の経済を扱う者のようですな」

 若い僧が、思わずそう漏らした。

 上座の僧は否定しなかった。

「厄介なのは、あの者たちに悪意が見えにくいことだ」

「悪意がない?」

「少なくとも、表向きはな。腹を空かせた者に飯を出す。困った者に寝床を与える。

 働ける者には仕事を振る。寺を借りれば掃除もする。荷を買えば銭を払う。

 どれも一つ一つは責めにくい」

「だが、全部合わせると、こちらの領分を削ってくる」

「そうだ」

 座敷の空気が重くなった。

 兵を出して攻めてくるなら、まだ分かりやすい。

 年貢を奪うなら、取り締まれる。

 商いで暴利を取るなら、叩く名目もある。

 だが、飯を出し、湯を使わせ、器を売り、掃除をさせ、少し銭を渡す。

 それをどう止めるのか。

「結局、こっちの暮らしを良くするしかないのでは」

 誰かが小さく言った。

 上座の僧は、その言葉にすぐ答えなかった。

 それが一番正しい。

 だが、一番難しい。

 高利の取り立てを抑え、末端の横暴を止め、役務を軽くし、領民の暮らしを少し良くする。

 そうすれば、伊勢松坂屋へ逃げる者は減るかもしれない。

 しかし、それは寺領の収入や、末端の利権に手を入れることでもある。

 簡単ではなかった。

「見張りを増やす案は、すぐには出すな」

 上座の僧は、ようやく言った。

「荷物改めも、慎重にせよ。物流を止めれば、こちらの首を絞める」

「では」

「まず、領分の中の行き過ぎを調べろ。高利、役務、僧兵筋の横暴。表に出すな。だが、調べろ」

「伊勢松坂屋との話は」

「仲介を探り続ける。だが、今はまだこちらから頭を下げる形にはできぬ」

 その言葉には、苦さが滲んでいた。

 頭を下げねば、話は進まない。

 だが、頭を下げれば、比叡山の面子がさらに傷つく。

 振り上げた拳は、まだ下ろせない。

 しかし、拳を上げたままでは、人が逃げていく。

 外では、秋の風が冷え始めていた。

 その風の向こうで、伊勢松坂屋の釜からは今日も湯気が上がっている。

 ただの炊き出し。

 ただの市。

 ただの飯屋。

 そう言い切れないからこそ、比叡山の僧たちは、ますます頭を抱えることになった。

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