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メンヘラオジサン、戦国で飯屋を始める ~戦えない俺は食と金で成り上がる~★250.9万PV突破★  作者: メンヘラオジサン【監視アカウント】


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松坂本店で暇している博之。静養しながら比叡山の動きを聞いている。逃げてくる人への対応を心配しながら対策を考える

松坂本店の奥座敷で、博之はごろごろしていた。

「暇やなあ」

 畳の上に肘をつき、横になったまま天井を見る。

「暇や。ほんまに暇や」

 横で書き物をしていたお花が、顔も上げずに言った。

「シャキッとしてください」

「でも、安静にせなあかんのやろ」

「それはそうです」

「ほな、寝転がっててもええやん」

「寝転がるのと、だらしなく溶けるのは違います」

「溶けてへんわ」

「溶けてます」

 お花はぴしゃりと言った。

 比叡山で首に刃を当てられて以来、博之は本店での安静を命じられていた。本人は

 「もう大丈夫や」と何度も言ったが、お花も古参も聞かなかった。

 遠出は禁止。

 無茶な視察は禁止。

 長い会議もほどほど。

 湯浴みは可。

 散歩は近所だけ。

 結果、博之は暇を持て余していた。

「ほな、話し会でもしますか」

 お花が言った。

「話し会?」

「地方の買い付け隊や、各拠点の者を集めて、旦那様に話してもらうんです。

 動けないなら、話を聞いてください」

「それはええな」

「ただし、長すぎるのは禁止です」

「はいはい」

 そうして、買い付け隊や各地のまとめ役が、順番に本店へ呼ばれるようになった。

 伊賀の山菜取り。

 堺の海鮮焼き。

 堅田の炊き出しと小さな市。

 京都郊外へ逃げてくる家族。

 尾張の料理野良試合。

 信楽焼きの動き。

 瀬戸焼きの値。

 堺の砂糖と小豆の様子。

 博之は寝転がったり、起き上がったりしながら、話を聞いた。

「ほう、伊賀では品評会あかんかったか」

「はい。腹に溜まる飯の方が喜ばれました」

「それで山菜取りか。ええやん。土地に合ってる」

「堺では、海鮮焼きがかなり人を寄せております」

「そら寄るやろ。味噌醤油の焼ける匂いは反則や」

「堅田では、店はまだ嫌がられていますが、買い付けと小さな市は少しずつ受け入れられています」

「それでええ。港は急がんでええ」

 話を聞いている間は、博之の目も少し生き返った。

 だが、報告が終わると、また畳に転がる。

「暇やなあ」

「またですか」

「毎日話し会してたら、俺はどんどん太るぞ。飯食って、話聞いて、寝て、湯浴みして。

 これでええんか」

「よくありません」

「ほな、どうすんねん」

「近所を散歩してください。少し体を動かして、湯浴みに入って、また横になってください」

「老人やん」

「怪我人です」

 お花が言い返すと、ちょうど店の女衆が顔を出した。

「旦那様、散歩なら私らも一緒に行きますよ」

「え、ほんまに?」

「はい。近所を少し歩いて、帰りに湯浴みして、麦茶飲みましょう」

 博之はむくりと起き上がった。

「……それは、それでええなあ」

 お花が呆れた目を向ける。

「さっきまで老人扱いだと文句を言っていたのに」

「女衆と歩くなら話が変わるやろ」

「変わりません」

「変わる」

「変わりません」

 女衆は笑い、博之はにやにやしながら立ち上がった。

 そんなふうに、安静と暇と小さな散歩を繰り返しながらも、各地の話は毎日のように博之の

 もとへ届いた。

 その中でも、比叡山の話は重かった。

 京都郊外では、比叡山の領分から逃げてくる者が増えているという。

 一日に一人。

 多い日は数人。

 子ども、母親、家族連れ。

 飯を食わせ、寝床を与え、簡易の湯浴みを使わせ、少し落ち着けば庭掃除や器洗い、

 混ぜ飯の下ごしらえから手伝わせている。

 そこへ、延暦寺の使者が来た。

 受け入れるのをやめてほしい。

 あれらは我らの領民である。

 勝手に抱えられては困る。

 そう言ってきたという。

 報告を聞いた博之は、横になったまま眉を寄せた。

「揉めるよなあ」

「揉めます」

 お花は即答した。

「でも、こっちから手紙を書くのは違うしな」

「絶対に違います」

 お花の声は強かった。

「向こうから謝罪の一言もないうちは、旦那様から動いてはいけません」

「分かってる。分かってるけどな」

「旦那様は、分かっていても動くので言っています」

「信用ないなあ」

「ありません」

 博之は苦笑した。

「まあ、延暦寺へ直接どうこう言うのは今はなしや。ただ、逃げてくる者の待遇やな」

「それは大事です」

「比叡山の近くから逃げてきた者を、比叡山に近い横丁に置くのは、あんまりよくない気がするんや」

「どういう意味ですか」

「距離が近すぎると、心が休まらんやろ。嫌なことを思い出すかもしれんし、

 また連れ戻されるんちゃうかと怯えるかもしれん」

 お花は少し考え、頷いた。

「それはあるかもしれません。逃げてきたばかりの者は、少し離した場所で落ち着かせた方が

 いいですね」

「せやろ。京都郊外の寺でも、比叡山に近すぎるところと、少し離れたところで役割を分けた方が

 ええかもしれん」

「文にして伝えましょう」

「あと、護衛やな」

「それも必要です」

 お花は表情を引き締めた。

「気前よく受け入れるだけでは危ないです。使者が来たなら、次は強く出る者が来るかもしれません。

 飯場の周りの護衛を増やし、夜の見回りも増やした方がいいです」

「うん。刀の者も少し立てるか」

「露骨に武張りすぎると、また火種になります」

「分かってる。見せすぎず、でも舐められんようにや」

「それならよいと思います」

 博之は体を起こし、麦茶を飲んだ。

「堅田の方は、どうや」

 ヨイチが帳面をめくる。

「堅田は、炊き出しがそこそこ人を集めています。港そのものに店を出すのはまだ

 嫌がられていますが、買い付けと寺での小さな市は受け入れられ始めています」

「十分や」

「港の外れに、いびつですが横丁のようなものができ始めているそうです」

「それだけでも十分やで」

 博之は少し笑った。

「こういうものは、じわじわ効いてくるんや。ほんまに」

「薬のように、ですか」

「薬にもなるし、毒にもなる」

 博之の声が少し低くなった。

「飯場は、人を助ける。けど、人が集まれば噂も集まる。噂が集まれば、土地の悪いところも見える。

 比叡山が嫌がるのも、そこやろ」

「飯場が逃げ場になっているからですか」

「そうや。こっちは飯を出してるだけや。けど、向こうからしたら、領民が飯屋へ逃げる。

 面子丸つぶれや」

 博之は、にやりと笑った。

「だから、頭下げてくる姿をじっくり見ようじゃないか」

 お花がじっと見た。

「旦那様」

「何や」

「だんだん、暇すぎて顔が悪くなってきていますよ」

「失礼やな」

「本当です。安静にしているはずなのに、悪巧みの顔です」

「悪巧みちゃう。情勢を見てるだけや」

「同じ顔です」

 ヨイチが思わず笑いをこらえた。

 博之は、少しむくれたように畳へ戻った。

「暇やからしゃあないやん」

「暇なら散歩です」

「また散歩か」

「はい。女衆と歩けるなら行くのでしょう」

「……行く」

「分かりやすいですね」

 お花は呆れながらも、少しだけ笑った。

 その日も、博之は近所を歩いた。

 女衆に両脇を固められ、ゆっくりと本店の周りを回る。道端の子どもが頭を下げ、店の者が笑い、

 湯浴みの湯気が見える。

 動けない。

 遠くへは行けない。

 だが、文は来る。人は来る。飯場は動く。

 比叡山。

 堅田。

 京都郊外。

 堺。

 伊賀。

 尾張。

 三河。

 博之が畳の上で暇だ暇だと転がっている間にも、伊勢松坂屋の飯の道は、少しずつ広がっていた。

 そして暇を持て余した博之は、ますます悪い顔で、次の一手を考えるようになっていた。

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