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メンヘラオジサン、戦国で飯屋を始める ~戦えない俺は食と金で成り上がる~★241万PV突破★  作者: メンヘラオジサン【監視アカウント】


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尾張の織田家では美濃攻略の傍らで料理人達の野良試合が続いていた。勝てるようにしろ。負けて恥をかかせろ。博之の動きはどうだ?

尾張では、織田信長が美濃へ少しずつ手を伸ばしていた。

一気に稲葉山を落とせるわけではない。国人衆を揺さぶり、境目の城を探り、時には小競り合いをし、

時には調略を仕掛ける。信長は苛立つことも多かったが、それでも確実に美濃への道を削っていた。

そんな中、木下秀吉が、伊勢松坂屋から来た料理番たちの報告を持ってきた。

「殿、例の飯の野良試合、少しずつ進んでおります」

「ほう」

 信長は顔を上げた。

「尾張の料理番どもは、少しは目の色を変えたか」

「はい。最初は伊勢松坂屋の者に押されておりましたが、最近は少しずつ

 食らいつくようになっております。津島、熱田の者も、客に

 竹串を入れられるのに慣れてきたようで」

「慣れるだけでは足らん。勝たねばならん」

 信長は低く言った。

「武士は戦で命を張っておる。家中の料理番も、飯で命を張らねばならん。食わせる飯がまずければ、

 兵も働かぬ。客に負けて恥をかくのも、戦で負けるのも、根は同じや」

 秀吉は苦笑した。

「まだ南伊勢ほど根付いてはおりませぬ。松坂や伊勢松坂屋の本店とは、飯を見る目が違いまする」

「それは分かっておる」

 信長は手を振った。

「無理にはせんでよい。だが、やれ。続けさせろ。飯の腕比べを恐れる料理番など、いらん」

「はっ」

 秀吉は頭を下げた。

 信長はさらに、別の文を手に取った。

「それで、博之の方はどうなっておる」

「安静にしておる、という話でございます」

「それは怪しいな」

「まことに」

 二人は同時に少し笑った。

「比叡山の件は、なかなか面白いことになっておりますな」

 秀吉が言った。

「延暦寺は、かなり難しそうです」

「振り上げた拳の落としどころに困っておるのだろう」

 信長は、にやりと笑った。

「飯屋相手に神輿を出し、飯場を荒らし、首に薙刀を当てた。ところが折れず、

 三好と六角に銭を投げられた。今さら、どうやって面子を立てる」

「それもありますが、どうやら領民が逃げております」

「どこへ」

「伊勢松坂屋の飯場へ」

 信長は、一瞬ぽかんとした顔をし、それから腹を抱えて笑った。

「六角や三好へ逃げるのではなく、飯屋へ逃げるのか」

「はい。京都郊外や堅田の方へ、ぽつぽつと。飯があり、寝床があり、湯浴みがあり、

 少し手伝えば置いてくれるということで」

「ますます面白い」

 信長は笑いながら言った。

「戦で逃げるなら城へ行く。年貢が苦しければ別の領主のところへ逃げる。

 だが、飯屋へ逃げる。これはよい」

「延暦寺の僧が、受け入れをやめろと文句を言いに行ったそうですが」

「どうなった」

「追い返されました」

「そらそうやろう」

 信長は鼻で笑った。

「まだ謝ってもおらぬのだろう。飯場を荒らし、首に刃を当てておいて、

 今度は『うちの領民を返せ』か。筋が悪い」

「向こうも困っているのでしょうな」

「困っておるから、なおさら悪手を打つ」

 信長は、文を机に置いた。

「火種があるな」

「はい」

「比叡山はまだ大きい。だが、大きいからこそ、拳を振り下ろしにくい。

 飯屋相手に力を見せれば悪評になる。黙れば舐められる。三好と六角は銭を受け取る筋になる。

 朝廷筋もすぐには庇えぬ。面白い袋小路だ」

 秀吉は感心したように頷いた。

「殿は、まるで見てきたように申されますな」

「世の中の者は、面子で動く。面子を守るために、余計なことをする。延暦寺も同じや」

 信長は、少しだけ目を細めた。

「ただし、火種は比叡山だけではない」

「三河でございますか」

「そうだ」

 信長は、別の地図を指した。

「松平とは同盟を結んだ。竹千代、いや元康は、今川から離れ、三河を固めようとしておる。

 だが、三河は簡単ではない。一向宗と仲がよいわけでもないと聞く」

「はい。岡崎、安城のあたりも、いろいろ火種があるようで」

「それが、博之のところへ飛び火するかもしれん」

 秀吉は少し首をかしげた。

「伊勢松坂屋は、まだ安城や岡崎には店を出しておりませぬ」

「店を出しておらぬから、関係ないとは限らん」

 信長は笑った。

「向こうの住民が求めるかもしれんやろう。荒れた土地で、飯が足りぬ。

 寺と領主が揉める。逃げる者が出る。そこで、

 どこかから『伊勢松坂屋に頼めば飯を出してくれる』という話が来たら、どうする」

「動きますな」

「動くやろう」

 信長は、あっさり言った。

「博之は、飯を食えぬ者を放っておけぬ性分や。出してくれとは言わぬ。

 だが、炊き出しでも何でも、と頼まれたら、首を突っ込みに行く」

「また大変なことになりますな」

「本人も、大変なことをやりたいのだろう」

「本人は、全国津々浦々に飯の道を広げたい、と申しているとか」

「なら、やる」

 信長は即答した。

「飯の道などと言う者が、火種を避けて通れるものか。飯が必要になるのは、だいたい荒れたところや」

 秀吉は少し笑った。

「殿、よくご存じで」

「戦をしておるからな」

 信長は、淡々と言った。

「城を取る時、兵が飯を食う。村が焼ければ民が飯を失う。寺社が揉めれば逃げる者が出る。

 商人が荷を止めれば物が足りぬ。結局、飯や」

 秀吉は、ふと松坂城で見た博之を思い出した。

 首の傷を抱えながら、料理人の催しを眺め、師範を作り、帳面をつけ、あちこちに文を飛ばす男。

「今の旦那様は、安静で暇をしておりますからな」

「暇か」

「はい。お花殿に止められて、あまり動けぬと聞いております」

「暇で、銭がある」

 信長は楽しそうに笑った。

「それは、ろくでもないことを始める条件が揃っておるな」

「まことに」

「ただ、あやつのろくでもないことは、飯と道に向いておる。そこが面白い」

「三河の火種も、見ているでしょうか」

「見るやろう。安静で暇なら、なおさらな。自分が動けぬ分、文を読み、地図を見、

 飯場をどこに置けるか考える」

「三河にまで首を突っ込まれると、松平殿も驚きますな」

「驚くだけならよい。使えると思えば使う。嫌がれば距離を取る。

 だが、民が飯を求めれば、博之は入り込む」

 信長は、地図の上で尾張、三河、美濃、伊勢を順に指でなぞった。

「尾張では料理番を揉む。美濃では戦の後の飯場が使える。伊勢では北畠と九鬼と伊勢神宮。

 京では比叡山と揉め、堺では商人と飯を売る。そこへ三河の一向宗が荒れれば、また別の道が開く」

「忙しい男ですな」

「だから面白い」

 信長は、ふっと笑みを消した。

「ただし、軽く見るな。飯は兵糧だけではない。逃げる者の行き先にもなる。

 人が集まれば、噂が集まる。噂が集まれば、土地の弱いところが見える。

 博之はそれを、意識しているかどうかは知らんが、自然にやっておる」

「戦国の世そのものですな」

「大して変わらん」

 信長は言った。

「武士は城を取り、寺は領分を守り、商人は荷を握る。あやつは飯でその隙間に入る。それだけや」

 秀吉は、少し楽しそうに笑った。

「では、伊勢松坂屋には引き続き目をかけますか」

「目をかける。だが、囲い込むな」

「囲い込まぬので」

「囲い込めば腐る。泳がせろ。泳がせて、何を見るかを見ろ」

 信長は最後に命じた。

「尾張の料理番どもには、野良試合を続けさせろ。津島、熱田、常滑、瀬戸。飯を出し、

 客に食わせ、竹串を入れさせろ。負ければ恥をかかせろ」

「はっ」

「そして、三河の様子も探れ。一向宗の動き、松平の締め方、民の飯の具合。

 博之に火の粉が飛ぶ前に、こちらも見ておく」

「承知しました」

 秀吉が下がろうとすると、信長はふと思い出したように言った。

「それと、博之には文を出しておけ」

「何と」

「安静にしておれ、と」

 秀吉が目を丸くした。

「殿がそれを申されますか」

「言うだけならただや」

 信長はにやりと笑った。

「どうせ聞かん。だが、言っておけば、お花とやらが使えるやろう」

 秀吉は思わず吹き出した。

「それは、確かに効きそうでございます」

 信長は再び地図へ目を落とした。

 美濃、三河、伊勢、京、堺。

 そのどこにも火種があり、飯を求める者がいる。

 そして、その火種の隙間を、伊勢松坂屋という奇妙な飯屋が、釜と帳面と銭を持って歩き始めている。

「暇で金がある飯屋か」

 信長は、低く笑った。

「見ていて飽きんわ」

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