一方の伊賀の伊勢松坂屋では催し物が苦戦。まずは飯を味わう前に腹にたまるものが欲しいwww山菜取りの催しは好評。博之と比叡山の事件を知り、自分たちで立たないとという危機感を持つ
一方、伊賀では伊勢松坂屋の催しは少し苦戦していた。
松阪や港町で評判になっている料理対決、いわゆる品評会のような催しを、
伊賀でも試してみたのである。
料理人が腕を見せる。
客は銭を払い、竹串で気に入った料理を選ぶ。
よい料理人には印を与え、師範代へ育てていく。
仕組みとしては悪くない。松坂では盛り上がった。港でも形になった。尾張や堺でも、
少しずつ受け入れられつつある。
だが、伊賀では思ったほど人が集まらなかった。
「うーん、あかんな」
伊賀の伊勢松坂屋を任されている者たちは、寺の軒先で帳面を見ながら顔をしかめていた。
「飯の味がどうのこうの言う前に、こっちは腹に溜まる飯が欲しいんや、って空気ですね」
「わざわざ銭払って、料理人の腕比べを見るというのは、まだ早いんやろうな」
「松坂みたいに、飯を楽しむ余裕がある場所とは違うんかもしれません」
近くの和尚さんも、静かに頷いた。
「まずは炊き出しを一回、丁寧にやったらええんちゃいますか」
「炊き出しですか」
「うん。伊賀の者は、まだ腹が満ちることが一番ありがたい。味を比べるより、
まず食えること。そこからやと思います」
「確かに」
「飯を楽しむというのは、腹が少し落ち着いてからの話ですわ」
伊賀のまとめ役は、苦笑した。
「松坂の真似をすればええ、というわけではないんですね」
「土地が違えば、飯の入り方も違います」
それは、少し悔しくもあった。
けれど、伊賀の拠点が自分たちでそう考え、失敗を帳面につけ、次を探ろうとしていること自体は、
昔に比べれば大きな進歩だった。
「それでも、うちの市がちゃんと回るようになったのは、素直に嬉しいです」
若い者がぽつりと言った。
「前は、旦那様から荷が来て、旦那様の文が来て、それを言われた通りにやるだけでしたから」
「今は、自分らで客の顔を見て、どうするか考えなあかん」
「それがしんどいけど、ありがたいですね」
その場の者たちは、自然と博之の話になった。
比叡山で、旦那様が首に刃を当てられた。
その噂は、伊賀の拠点にもすぐ届いていた。
伊勢松坂屋の中では、もう共通認識になっている。
旦那様は無茶をする。
けれど、旦那様がいなくなったら、自分たちはどうなるのか。
特に伊賀は、そう思わずにはいられなかった。
山に囲まれ、道は険しい。
伊勢、名張、大和八木、信楽へつながる道があるとはいえ、ひとつ間違えば陸の孤島になる。
物流が止まれば、信楽焼きの荷も、米も、塩も、油も、全部が不安になる。
「旦那様がいてくれるうちはええ。でも、いつまでも旦那様が前に立ってくれると思ったらあかん」
「比叡山で本当に斬られていたら、うちはどうなってたか分かりませんからね」
「自分たちで回せるようにならなあかん」
その危機感は、確かに伊賀の者たちの中にあった。
そんな折、松坂本店から絵付きの文が届いた。
伊勢松坂屋では、各拠点へ送る文に、できるだけ絵を添えるようになっていた。
文字だけでは分かりにくい催しでも、絵があれば伝わる。子どもが山で草を摘む絵。
大人がそれを確認する絵。鍋で湯がき、衣をつけ、油で揚げる絵。子どもたちが
熱そうに山菜の天ぷらを食べている絵。
松坂郊外で、山菜取りの催しをやった。
城下の子どもと郊外の子どもを混ぜ、山で食べられる草を教え、それを天ぷらにしたところ、
思った以上に好評だった。
さらに、親子を集めて感想会まで行ったという。
「山菜取り、か」
伊賀の者たちは、顔を見合わせた。
「これ、うち向きちゃいますか」
「伊賀なんて山の上やぞ。山菜なんか鬼ほど取れる」
「子どもらも、草や木のことは松坂の子より馴染みがある」
「それをちゃんと料理にして食わせる、というのは面白いかもしれません」
和尚さんも頷いた。
「炊き出しだけではなく、山で取ったものを飯にする。これは伊賀の者にも入りやすいでしょう」
そこからの動きは早かった。
品評会は一度置く。
まずは親子向けに山菜取りをする。
山菜は必ず大人が確認する。
あくを抜くものは抜く。
苦みを取るやり方も見せる。
鶏の天ぷら、野菜の天ぷら、山菜の天ぷらを中心に出す。
少し酢に漬けた鶏の揚げ物も出してみる。
伊勢松坂屋の者たちは、そう決めた。
貼り紙には、絵をつけた。
山で草を摘む子ども。
揚げたての山菜を食べる親子。
湯気の立つ汁。
鶏の天ぷら。
そして大きく、こう書いた。
――取れたて山菜を、揚げたてで食べよう。
当日、思った以上に人が集まった。
伊賀の子どもたちは、山に入ること自体には慣れている。松坂の子どものように
「何をするか分からんから嫌や」という空気は少なかった。むしろ、自分たちが知っている
草や木を、大人たちが飯に変えてくれるということに興味を持った。
「これ食えるで」
「こっちは似てるけど、あかんやつや」
「これ苦いけど、湯がいたらいける」
子どもたちは、得意げに話した。
親たちも、それを見て笑っていた。
「うちの子、こんなに山のこと知ってたんやな」
「普段はただ走り回ってるだけやと思ってたわ」
採ってきた山菜は、伊勢松坂屋の料理人が丁寧に仕分けた。
食べられるもの。
あくを抜くもの。
香りを残すもの。
苦みを少しだけ残すもの。
湯がき、冷まし、水を切り、薄い衣をつけて油へ落とす。
じゅわっと音が立った。
山菜の天ぷらが揚がると、子どもたちの目が輝いた。
「これ、さっき取ったやつか」
「そうや。熱いから気をつけて食べや」
一口食べた子どもが、目を丸くする。
「……うまい」
「苦くないんか」
「ちょっと苦いけど、うまい」
親たちも食べた。
「山菜って、やり方次第でこんなにうまくなるんやな」
「取れたては違うな」
「苦みを抜いたら、こんなに食いやすいんか」
鶏の天ぷらも出した。野菜の天ぷらも出した。少し酢に漬けた鶏の揚げ物は、さっぱりしていて、
思ったよりよく食べられた。
「これ、飯が進むな」
「酢に漬けると、油っぽさが抜けるんや」
「伊勢松坂屋さんは、結局あれやな。ええ飯をくれるな」
そう言われて、伊賀の伊勢松坂屋の者たちは、少し胸をなで下ろした。
品評会は、うまくいかなかった。
客は集まらなかった。
けれど、飯を食う楽しみを教えることはできた。
「正直、料理の味を比べるために銭を払うのは、まだ早いと思ってました」
親の一人が、湯呑みを持ちながら言った。
「うちら、飯を食うのが精一杯やったんで」
「そうですよね」
「でも、こうやって山菜を取って、それを揚げて、子どもと一緒に食べる。これはありがたいです。
飯って、ただ腹を満たすだけやないんやなと思いました」
別の男も言った。
「信楽焼きを回してもろて、その利益でこういうことをしてくれてるんかもしれんけど、
なんやかんや、伊勢松坂屋さんが来てから、うちらは暮らしができてます」
「そう言っていただけると、ありがたいです」
「湯浴みも、時々開放してくれるしな」
「あれは人気ですね」
「そらそうや。山仕事の後に湯を使えるなんて、昔は考えられんかった」
その言葉を聞いて、伊賀のまとめ役は、心からほっとした。
無理に松坂の真似をする必要はない。
伊賀には伊賀の入り方がある。
山がある。
山菜がある。
子どもたちが山を知っている。
信楽焼きの道がある。
名張、大和八木へ抜ける荷の道がある。
そして、腹を満たすだけでなく、飯を楽しむところへ少しずつ進める余地がある。
「こういうところから、じっくりやるしかないな」
催しが終わった後、伊賀の者たちは寺の軒下で話した。
「よその店の良かった事例も、どんどん回してもらおう。松阪の山菜取り、港の魚、
堺の海鮮焼き。全部そのまま真似するんやなくて、伊賀に合う形にする」
「品評会も、いずれはできるかもしれませんね」
「今すぐやなくてええ。まずは炊き出し、山菜、天ぷら、湯浴み。そこからや」
若い者が、少し真剣な顔で言った。
「うちはうちで、一人で立っていかなあかんですね」
「そうや。旦那様がいつまでもいると思うたらあかん」
「この世知辛い世の中、借り物だけではやっていけませんからね」
まとめ役は頷いた。
「旦那様の道を借りて、伊勢松坂屋の名を借りて、ここまで来た。けど、伊賀の飯場は
伊賀の飯場として立たなあかん」
遠くで、子どもたちが山菜の残りを見ながら笑っていた。
その声を聞きながら、伊賀の伊勢松坂屋の者たちは、もう一度頑張ろうと思った。
大きな品評会はまだ早い。
けれど、揚げたての山菜を食べて笑う家族はいる。
湯浴みを喜ぶ者もいる。
信楽焼きの道で、暮らしが少し良くなった者もいる。
そこからでいい。
じっくり、じっくり。
伊賀の伊勢松坂屋は、伊賀の足元から、自分たちの飯の道を作り始めていた。




