藤井寺の職人衆が他の鉄砲鍛冶職人と会話する。鉄砲一本でやらない理由。博之からふくふく焼きの鉄板の依頼がくる。
藤井寺の職人衆は、相変わらず伊勢松坂屋から頼まれた海鮮焼き用の鉄板を作っていた。
鉄砲鍛冶の技で、半球のくぼみをいくつも並べた鉄板を打つ。そこへ小麦の種を流し、
タコやイカの切り身を入れて、串でくるくる回しながら丸く焼く。
最初に話を聞いた時は、職人たちも首をかしげた。
「鉄砲鍛冶に、飯焼く鉄板作らせるんかい」
「半球の穴を並べろって、何を言うとるんや」
「そんなもん、ほんまに売れるんか」
だが、実際に堺や港で海鮮焼きが売れたという話が入ってくると、笑い話ではなくなった。
味噌醤油の焼ける匂い。
半球の鉄板で、丸い飯がくるくる回る珍しさ。
中に入ったタコやイカの歯ごたえ。
それだけで人が寄る。
伊勢松坂屋は、その鉄板をちゃんと買い続けた。しかも、妙に値切らない。
仕事が一段落すると、藤井寺の職人たちは伊勢松坂屋の湯浴みを借りた。
汗と鉄の匂いを落とし、体をすっきりさせてから、まかない代わりに伊勢松坂屋の飯を食う。
これが、思いのほか効いた。
「……あかんな」
湯上がりに麦茶を飲みながら、職人の一人が呟いた。
「何がや」
「もう、風呂なしでは仕事終わった気がせえへん」
「それはある」
「しかも飯もうまいしな」
今日のまかないは、具の多い味噌汁に、魚の揚げ酢漬け、少し濃いめの混ぜ飯だった。
鉄を打って腹を空かせた職人には、たまらない。
「舌も肥えてきたわ」
「前なら握り飯と漬物だけで十分やったのに」
「伊勢松坂屋様々やな」
そう言って、職人たちはげらげら笑った。
もっとも、最初から周りの鉄砲鍛冶たちに理解されていたわけではない。
むしろ、最初は馬鹿にされていた。
「お前ら、なんで鉄砲作らんと、そんな馬鹿みたいな鉄板作っとるんや」
「鉄砲の方が儲かるやろ」
「飯焼く板作って、鍛冶の名が泣かんのか」
そう言われることも多かった。
だが、藤井寺の職人衆は、最近はあまり腹を立てなくなっていた。
「儲かるわけやないぞ」
職人の一人が、他の鍛冶師にそう答えた。
「ただ、鉄砲と同じだけの額を、手間賃としてちゃんとくれるんや」
「鉄砲と同じだけ?」
「手間がかかる分は、ちゃんと見てくれる。だから、まあええかなと思うてる」
「飯焼く鉄板に、そんな銭を出すんか」
「出すんや。伊勢松坂屋は」
さらに、湯浴みと飯の話が広がると、周囲の見方も少し変わってきた。
「仕事終わりに風呂を使えるらしいな」
「飯もうまいんやろ」
「海鮮焼き、堺でも売れとるらしいぞ」
「鉄板が足らんとかいう話も聞いた」
馬鹿にしていた鍛冶師たちも、だんだん気になり始めた。
「そんなに儲かるんかいな」
「いや、ぼろ儲けという話ではない。ただ、仕事としては悪くない」
藤井寺職人のまとめ役は、火の前で鉄を冷ましながら言った。
「それに、鉄砲がこの先ずっと売れ続けるかどうかは分からんぞ」
その言葉に、周りの鍛冶師たちの顔色が少し変わった。
「何を言うとる。戦はなくならんやろ」
「今日明日はな」
まとめ役は頷いた。
「三好、六角、浅井、朝倉、織田、北畠、毛利。どこも火種だらけや。
鉄砲の仕事が明日なくなるとは思わん」
「ならええやないか」
「ただ、前に伊勢松坂屋の旦那と話した時、妙なことを言うてな」
「妙なこと?」
「どこぞの大勢力が一気に鉄砲の鍛冶場や火薬の道を押さえたら、
その後、うちらは用済みになるかもしれん、と」
周りが黙った。
火の音だけが、ぱちぱちと鳴る。
「火の元を押さえられたら、腕があっても自由には作れん。戦があるうちは重宝されるが、
どこかが勝ちすぎたら、逆に囲われるか、捨てられるかもしれん。そういう話や」
「……それは、ないとは言えんな」
「まあ、先の話や。今日明日の話やない。ただ、飯焼く鉄板みたいな仕事も、
一本持っておいて損はない」
まとめ役は、半球の鉄板を指で叩いた。
「鉄砲だけが鉄の仕事やない。火を使うのは、戦だけやない。飯にも使う」
その言葉に、若い鍛冶師が少し頷いた。
「それで、鉄板の方にも手を伸ばすわけか」
「そうや。しかも、伊勢松坂屋はちゃんと買う。風呂も使わせる。飯も出す。悪い客やない」
「そこかい」
「そこも大事や」
職人たちは、また笑った。
そうこうしているうちに、松阪の博之から文が届いた。
藤井寺のまとめ役が封を開き、ざっと目を通す。
「……また来たぞ」
「今度は何や。海鮮焼きの鉄板か」
「いや、新しい金型を作ってくれ、やと」
「金型?」
「ふくふく焼きのやつや」
その言葉を聞いた瞬間、何人かが笑い出した。
「ああ、旦那の四十五文のやつか」
「始終ご縁がありますように、ってやつやろ」
「旦那が言うと福が逃げるって聞いたぞ」
「それやそれ」
職人たちは、文を回し読みしながらげらげら笑った。
文には、ふくふく焼きの説明が書かれていた。
小麦の生地を丸く焼く。
二枚を一組にする。
間に餡を挟む。
一つ五十文、二つで九十文。
二人で分ければ四十五文。
始終ご縁がありますように。
そして、そのために、同じ大きさの丸い皮を焼ける平たい鉄板が欲しい、とあった。
藤家のまとめ役は、笑いを収めてから文を見直した。
「まあ、確かに海鮮焼きに比べたら作りやすいな」
「半球やなくて、浅い丸の溝でええんやろ」
「そうや。皮を同じ大きさに焼くための溝や。小麦の種を流して、薄く丸く焼く。二枚重ねるから、
大きさが揃ってないと見た目が悪い」
「二掛ける十で考えとるって書いてあるな」
「二十枚焼ける形やな。十個分」
若い職人が鉄板に炭で軽く線を引き始めた。
「二掛ける十が一枚。いや、二枚あった方がええんちゃいますか」
「そうやな。焼く人が慣れたら、一枚では足らんかもしれん。二掛ける十を二枚作れば、
四十枚。二十個分や」
「でも、砂糖と小豆の物流を考えると、そんなでかいものは作らんやろ」
「せやな。餡が貴重や。値段も一つ五十文やろ。大きすぎたら採算が合わん」
「ちっちゃいのを、ちょこちょこ作る感じやな」
「ご縁会とか、催し物の時に出すんやろうな」
「女衆と男衆で分けて食うやつや」
「旦那、好きそうやなあ」
また笑いが起きた。
だが、職人たちの手はもう動いていた。
海鮮焼きの半球と違い、ふくふく焼きの鉄板は浅い丸溝を均一に作るのが要だった。
深すぎれば皮が厚くなる。浅すぎれば流れ出る。丸が歪めば、二枚を重ねた時にずれる。
「縁起物なら、形が大事やな」
「丸く、同じ大きさ。そこはきっちりやらなあかん」
「焼き印は?」
「文には、伊勢松坂屋の印でよいとある。福や縁は露骨すぎるからやめるらしい」
「旦那にも恥ずかしいという感覚あるんやな」
「ある時はあるんやろ」
藤井寺のまとめ役は、試作の段取りを決めた。
「まずは何枚か作るぞ。浅さを変えたもの、丸の大きさを変えたもの、
二掛ける十の並びを変えたもの。実際に焼いてもらって、使いやすいものを選んでもらう」
「伊勢松坂屋に送るんですか」
「いや、近くの飯場で一回焼かせる。生地を流して、ひっくり返して、餡を挟むところまで見る。
職人が作りやすいものと、料理人が使いやすいものは違うからな」
「なるほど」
「良かったやつを採用してもらえばええ」
まとめ役は、半球の海鮮焼き鉄板と、これから打つ平たいふくふく焼き鉄板を見比べた。
鉄砲を作る鉄。
海鮮焼きを作る鉄。
ふくふく焼きを作る鉄。
同じ鉄でも、向かう先はまるで違う。
「戦の火だけやない。飯の火もある、か」
まとめ役は小さく呟いた。
そして、職人たちに声をかけた。
「よし、やるぞ。旦那の始終ご縁とやらが、ちゃんと丸く焼けるようにしてやろうやないか」
「旦那が言うと福は逃げますけどね」
「なら、鉄板だけでも福が逃げんように作ったれ」
職人衆は笑いながら、また火の前に戻った。
湯浴みとまかないにすっかり馴染んだ鉄砲鍛冶たちは、今日も鉄を打つ。
ただし、その鉄はもう、戦だけのものではなかった。
堺の町で人を寄せる海鮮焼きの鉄板となり、やがて縁をこじつける小さな甘味、
ふくふく焼きの金型となる。
伊勢松坂屋の飯の道は、火と鉄の職人たちの手にも、静かに広がり始めていた。




