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メンヘラオジサン、戦国で飯屋を始める ~戦えない俺は食と金で成り上がる~★241万PV突破★  作者: メンヘラオジサン【監視アカウント】


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堺の町で存在感を出す伊勢松坂屋。海鮮焼きが売れすぎてもお礼札を周囲に撒き客を囲わない。信楽焼が手ごろな値で帰る。住人の評判もよい。置いておく価値がある

堺の中心部で、伊勢松坂屋は少しずつ店を切り盛りするようになっていた。

 最初は、市の一角で小さく始めるだけのはずだった。

 下魚のすり身揚げ。

 伊勢の飯。

 信楽や瀬戸の器。

 そして、海沿いで試していた海鮮焼き。

 その中でも、特に海鮮焼きの威力が凄まじかった。

 海鮮焼きといっても、魚や貝をただ鉄板で焼くわけではない。鉄砲鍛冶筋に頼んで作らせた、

 半球のくぼみが並んだ鉄板を使う。そこへ、小麦と水と卵を溶いたゆるい種を流し込む。

 中には、タコやイカの切り身、細かく刻んだ魚、時には貝の身を少し入れる。

 最初は、白い種が鉄板のくぼみに沈んでいるだけに見える。

 だが、火が通り始めると、端が少しずつ固まり、職人が細い串でくるりと返す。

 くるり。

 また、くるり。

 半分焼けた丸い生地が、鉄板の中で転がされる。見ている客は、それだけで足を止めた。

「なんや、あれ」

「丸い飯か?」

「中に何か入ってるんか」

「くるくる回しとるぞ」

 堺の町衆にとって、その作り方そのものが珍しかった。

 さらに、焼けた丸い海鮮焼きに、仕上げで味噌醤油のたれを薄く塗る。じゅっと音がして、

 焦げた醤油と味噌の匂いが一気に立ち上がる。

 その匂いが、まず人を呼んだ。

 港で働く男が鼻を動かす。

 小間物を見ていた女房が振り返る。

 荷を担いでいた若い衆が、思わず足を止める。

「ええ匂いやな」

「酒に合いそうや」

「いや、これは飯にも合うやろ」

 焼き手は慣れた手つきで、丸い海鮮焼きを舟形の薄い木皿に六つ並べた。

 上から刻んだ葱を少し散らし、さらに軽く味噌醤油を塗る。

「熱いので、お気をつけください」

 客がひとつ口に入れた。

「あっつ!」

 周りが笑う。

 だが、次の瞬間、その客の顔が変わる。

「……うまい」

 外は少し香ばしく、中は柔らかい。タコやイカの切り身が噛むたびに弾み、魚の旨味と

 味噌醤油の焼けた香りが口に広がる。海のものなのに、手軽に食える。片手でつまめる。

 歩きながらでも食える。子どもにも面白い。

 それが堺の町に刺さった。

「わしにも一皿」

「こっちもくれ」

「中身は何や」

「今日はイカと小魚です」

「タコ入りはないんか」

「次の鉄板で焼きます」

「ほな待つわ」

 気づけば、伊勢松坂屋の店先だけに人だかりができていた。

 これはまずい、とまとめ役はすぐに思った。

 うまくいきすぎている。

 新参の飯屋が、匂いと珍しさで客を持っていく。これは、周りの店からすれば面白くない。

 堺は商いの町である。売れること自体は評価されるが、周囲を踏みつければ、すぐに嫌われる。

 そこで、まとめ役はすぐに札を出した。

「伊勢松坂屋より、お礼札をお配りします!」

 客が振り向く。

「うちで海鮮焼きを食べてくださった方には、この札をお渡しします。近くのお店で

 十五文引きで食べられるよう、話をつけております。ぜひ、よそのお店にも寄ってください!」

「よその店で使えるんか」

「はい。使われた札は、後で伊勢松坂屋が買い取ります。お店の方も損はいたしません」

 もちろん、それだけでは足りない。

 まとめ役たちは、周辺の店を一軒一軒回った。

「うちの海鮮焼きは、匂いが強いので人を集めてしまいます。ご迷惑をおかけしないよう、

 お礼札を配ります。この札を持ったお客様が来たら、十五文引きで出していただけませんか。

 値引き分は、後でうちが買い取ります」

「ほんまに買い取るんか」

「はい。帳面につけて、まとめてお支払いします」

「客を持っていくんやなくて、回すわけか」

「はい。うちは新参です。堺の町に混ぜていただく立場です。うちだけが儲かればよい、

 とは思っておりません」

 その言い方が、堺の者たちには心にくかった。

 伊勢松坂屋は、海鮮焼きで客を集める力がある。

 半球の鉄板でくるくる焼く珍しさがある。

 味噌醤油の焦げる匂いで、人の腹をつかむ力がある。

 だが、奪いっぱなしにしない。

 札を配り、客を周辺の店へ流し、後で札を買い取る。そうすることで、伊勢松坂屋に集まった

 人の流れが、堺の町の中へ広がる。

「あの飯屋、よう考えとるな」

「普通なら客を囲い込むところや」

「海鮮焼きで足を止めさせて、札で町へ流す。敵を作りにくい」

「しかも、帳面もきっちりしとる」

 堺の旦那衆も、その動きを聞いて舌を巻いた。

「ただの飯屋やないな」

「飯の匂いで人を寄せ、札で町を回す。商いの勘所がある」

「比叡山と揉めても残るわけや」

 伊勢松坂屋は、さらに堺のものもよく買った。

 塩、干物、布、油、鍋釜、細かな金物。もちろん、砂糖や小豆、南蛮物など、

 堺の旦那衆が触らせたくないものには勝手に手を出さない。

 その代わり、許された範囲ではよく買い、よく売った。

 伊勢の小物。

 信楽焼き。

 瀬戸焼き。

 日々使える手頃な器。

 特に信楽焼きは、堺の町衆に人気が出た。

「この値段で信楽が買えるんか」

「形は少し違うけど、ええな」

「火の入り方も面白い」

 町衆が迷っている横から、商人筋の者がさっと手を伸ばして買っていく。

「あっ、大旦那、ずるいですよ。そんなことされたら、うちら買えませんやん」

 商人は笑った。

「いや、これはええもんやぞ。この値段では普通に出えへん」

 伊勢松坂屋の店番も頷く。

「この値で出せるのは、うちの物流の力です。伊賀にも名張にも拠点がありまして、

 信楽の品を名張から大和八木へ抜けて堺へ入れております」

「伊賀越えまでするんかい」

「はい。道ができておりますので」

「そら安う入るわけや」

 堺の町衆は、海鮮焼きを食べ、礼札を持って近くの店へ行き、帰りに信楽の器を買っていく。

 堺の商人たちは、その流れを見て思った。

 これは、断りにくい。

 飯はうまい。

 匂いで人を集める。

 だが、周りへ客を回す。

 堺のものを買う。

 伊勢や伊賀や信楽の品を持ち込む。

 しかも、新参の顔をして頭を下げる。

 警戒は必要だ。

 砂糖、小豆、南蛮物の流れに勝手に触れられては困る。堺の領分を荒らされては困る。

 だが、締め出すには惜しい。

 伊勢松坂屋の店先では、今日も半球の鉄板の中で、丸い海鮮焼きがくるくる回っていた。

 じゅっと味噌醤油が焼ける。

 客が振り向く。

 札が配られる。

 人が町へ流れる。

 堺の町は、まだ完全に伊勢松坂屋を信用してはいない。

 だが、こう思い始めていた。

 この飯屋は、置いておく価値がある。

 商いの町・堺において、それは何より大きな評価だった。

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