11月3週目。140人の大所帯になり、今後の動きについて話す博之。正月にふるまい飯をするために無理にでも港と伊勢に横丁を作る
十一月の中旬、博之はまた屋敷に古参たちを集めた。
今回はただの話し合いではない。飯会だった。
膳には、野菜の天ぷら、親子丼、そして数種類の混ぜ飯が並んだ。たくあん飯、
紫蘇飯、梅飯、粗汁握り。天ぷらは、ごぼう、なす、大葉、しいたけ、山菜。つけだれには
味噌だまりと出汁を合わせたものを用意した。
「まず食うてくれ」
博之が言うと、皆は遠慮なく箸を伸ばした。
「やっぱり天ぷらはうまいな」
「親子丼も、これはもう名物でええんちゃいますか」
「混ぜ飯も、選べるのがええです」
そんな声が上がる。
場がほどよく温まったところで、博之は帳面を開いた。
「今、うちはだいぶ大所帯になった」
ヨイチが頷く。
「屋敷も増えたしな」
「帳簿上で見ると、直近で雇ったやつはまた三割ほど辞めた。それでも、合わせて百四十人ぐらいおる」
その数字に、少し場が静まった。
百四十人。
最初のボロ小屋を知る者にとっては、信じられない数だった。
「えらいことになりましたね」
お花がしみじみ言う。
「ほんまにな」
博之は苦笑する。
「で、銭も余っとる」
ヨイチが少し警戒した顔をする。
「また銭を減らす話か」
「そうや」
博之は即答した。
「正月には振る舞い飯をやりたい。せやから、その前に少し無茶をする」
「無茶?」
「二か所に横丁を作る」
皆の箸が止まった。
「一つは松坂港、九鬼水軍のお膝元。もう一つは伊勢や」
「旦那、それはちょっと無茶ちゃうか」
ヨイチがすぐに言った。
「九鬼水軍の方は、まだ分かる。海道沿いでもう店を出して、挨拶もしてる。けど、
伊勢はまだ敷居が高いやろ」
「わしもそう思う」
博之はあっさり認めた。
「けど、理由がいるんや」
「理由?」
「振る舞う理由や」
博之は帳面の横に置いていた紙を広げた。
松坂。
港。
伊勢。
津。
その間に線が引かれている。
「正月に振る舞い飯をする。そこで銭を吐き出す。どうせ吐き出すなら、伊勢で吐き出したい」
「くさびを打つ、ということですか」
侍の一人が言った。
「そうや」
博之は頷いた。
「伊勢で赤字でもええ。トントンなら上出来や。そこで一回、伊勢松坂屋の飯を食ってもらう。
名前を覚えてもらう。そうすれば、松坂でやったことをもう一回できる」
お花が静かに紙を見つめる。
「松坂だけでは、受け皿が足りなくなる、ということですね」
「そうや」
博之は言った。
「松坂ではもう、郊外で横丁をやって、城下でやって、養鶏場も椎茸も湯浴みも漬物もやっとる。
戦災孤児も未亡人も流れ者も受け入れてきた」
だが、ここばかり膨らめば危うい。
人が増えすぎる。
銭が集まりすぎる。
外からも目立つ。
「ここで育ったやつが古参になって、別の土地でまた横丁を作る。その方が先々ええ」
博之は続ける。
「もちろん、ここで暮らしたいやつはここでええ。結婚して松坂で家庭を持つのもええ」
けれど、それだけでは先が細い。
「新しい町に行って、うちの丸に井の袴を着て商売する。飯屋を立ち上げる。
人を育てる。それも悪ないやろ」
場の空気が変わった。
ただの拡張ではない。
人の行き先を作る話だった。
「なるほどな」
ヨイチがぽつりと言う。
「松坂で詰まる前に、外を作るんやな」
「そうや」
「それに、松坂が襲われたら終わり、ということもありますね」
侍が言った。
博之は頷く。
「銭があるうちに分ける。人も分ける。店も分ける。伊勢と松坂港、この二つをまず押さえる」
お花とヨイチが顔を見合わせて、少し笑った。
「本当に大名みたいに動き出しましたね」
「争う気はないで」
博之はすぐに言う。
「刀で取るんやない。飯でつなぐんや」
その言葉に、侍たちも笑った。
「九鬼水軍には、もう一度挨拶に行く」
博之は話を進めた。
「今回は五千文を納める。弁当も持っていく。港に横丁を作るなら、筋を通さなあかん」
「五千文……」
「高いけど、海はそれだけ大事や」
博之は地図の港を指す。
「海を使えれば、海道をずっと歩くより早い。伊勢にも船で行けるかもしれん。津も先々見るなら、
水軍さんとは仲良くしておく方がええ」
海産物の仕入れだけではない。
船。
人の移動。
情報。
流通。
「松坂港から伊勢の港へ。そこから伊勢の郊外に入り、中心へ攻める」
博之は指で線をなぞる。
「陸からだけやない。海からも入る」
ヨイチが紙を覗き込む。
「こうして見ると、ほんまにすごいな」
「面白いやろ」
「面白いけど、怖いわ」
「わしも怖い」
博之は笑った。
「けど、今やらな、あとでできるとは限らん」
お花は少し考えてから言った。
「伊勢へ行く者は、きちんと選ばないといけませんね」
「せや。古参を中心にする。飯を作れる者、帳面をつけられる者、揉め事を起こさない者」
侍も頷く。
「港には、用心棒も必要です」
「もちろんや」
博之は言う。
「九鬼水軍のお膝元とはいえ、こちらの顔も必要や」
話はどんどん具体的になっていく。
港には、魚、田楽、鶏串、団子、弁当。
伊勢には、まず弁当と団子、田楽、握り飯。
大きく黒字を狙うのではない。最初は名を売る。飯を食ってもらう。
正月の振る舞い飯で印象を残す。
「銭は吐き出す」
博之は言った。
「でも、ただ捨てるんやない。飯にして、人に食わせて、名前に変える」
しばらく沈黙があった。
それからヨイチが、親子丼の椀を持ち上げながら言った。
「まあ、旦那の飯なら、食ったら忘れへんやろ」
「それはありがたいな」
「それに、天ぷらもあるしな」
侍が笑う。
「普通の武士でもなかなか食えん飯ですわ」
場に笑いが戻った。
博之は少しだけ肩の力を抜いた。
無茶なのは分かっている。
だが、松坂だけにすべてを抱え込む方が、もっと危ない。
港と伊勢。
道と海。
飯と人。
その線がつながれば、伊勢松坂屋はただの松坂の横丁ではなくなる。
博之は地図を畳みながら言った。
「まずは九鬼水軍や。そこからやる」
ヨイチが頷く。
「ほな、また弁当作らなあかんな」
「作るで」
博之は笑った。
「飯屋は、飯持って挨拶に行くのが一番や」
十一月の冷えた夜、屋敷の中には天ぷらの香りと出汁の湯気が残っていた。
その湯気の向こうで、松坂屋の次の道が、少しずつ見え始めていた。




