十一月の前半が終わり、博之は帳面と格闘中。商売がうまくいきすぎて銭が余るので布団を仕入れて従業員に買わせる
十一月の前半が終わり、博之はまた帳面と格闘していた。
市は無事に終わった。多少の不満は出たが、芸人を呼び、団子を振る舞ったことで、
新しい横丁の名はかなり広まった。街道沿いにも店が増え、握り飯屋も思ったよりよく回っている。
「混ぜ飯屋、意外と出てますね」
古参の一人が帳面を見ながら言った。
「たくあん飯、梅飯、紫蘇飯、粗汁握り。二つ選んで笹で包むのが、けっこう受けてます」
「やっぱり選べるのは強いな」
博之は頷いた。
街道沿いの拠点も、最初のトントンから少しずつ利益が出る状態になっていた。
弁当、団子、田楽、鶏串、握り飯。どれも単体では小さいが、まとまると強い。
十一月前半の半月利益は、ざっくり三十万六千文。
さらに湯浴み場の売上も四万文ほど立っている。
椎茸、養鶏場、油、小麦粉、弁当箱、漬物桶などの費用。新たに借りた郊外と城下の屋敷。
新しく雇う者たちへの初期手当。人件費、運搬代、寺社への挨拶、細かな諸経費。
それらを差し引いても、十三万五千文ほど残る計算になった。
博之は帳面を見て、深いため息をついた。
「……また増えとる」
ヨイチが横から覗き込んで笑った。
「ええことやろ」
「ええことやけど、怖いねん」
「また始まった」
「銭を一か所に固めすぎると狙われる。けど、店を増やすにも人の修行が追いついてへん」
博之は筆を置き、しばらく考えた。
そこで出てきたのが、冬支度だった。
「布団を仕入れる」
その言葉に、お花が頷いた。
「そろそろ寒くなりますからね」
「ただし、支給やない」
博之は強めに言った。
ヨイチが顔を上げる。
「支給ちゃうんか」
「ちゃう。売る」
そこは大事だった。
最低限の寝床は用意する。むしろや藁寝床、最低限の掛け物くらいは整える。だが、
良い布団まで全部ただで配ってしまうと、何でも伊勢松坂屋の旦那が揃える、という空気になる。
それは避けなければならない。
「飯も寝床もある。湯浴みもある。布団まで全部ただで揃えたら、外で銭を使わんようになる」
博之は言った。
「それに、町の布団屋にも銭が回らん」
お花が静かに頷く。
「町に根を張るためにも、外の店との付き合いは必要ですね」
「そうや」
だから、伊勢松坂屋が布団を仕入れる。
ただし、それを従業員に売る。
特に郊外に住んでいる下の者たちは、自分で城下まで買いに行くのも大変だ。女衆や若い者なら、
なおさらである。運ぶ手間もある。見立ても必要になる。
その代わり、値段は高めにする。
「千五百文で仕入れたものは、二千五百文で売る」
博之は帳面に書き込んだ。
「千文で仕入れたものは、千五百文で売る」
ヨイチが眉を上げる。
「結構乗せるな」
「乗せる」
博之は即答した。
「運搬代、保管代、手間賃、見立て代や。何より、安くしすぎたら布団屋の商売を邪魔する」
自分で買いに行ける者は、布団屋に直接行けばいい。
そこならもっと安く買える。
だが、伊勢松坂屋で買うなら、寝床まで届く。外れを掴まされにくい。お花や古参が見立てる。
分割で払えるようにもできる。
「便利を買うんや」
博之は言った。
「ただの布団やない。ここまで運んで、すぐ使える形にする」
お花が少し笑った。
「女衆には、それでも買う人がいると思います」
「やっぱりそうか」
「ええ。特に寒い夜に、良い布団で眠れるなら」
ヨイチも腕を組む。
「男衆でも買うやつおるやろ。飯と寝床があるから、銭余っとるやつも多いしな」
「せやから売る」
博之は頷いた。
「使わせなあかん」
銭をただ貯め込ませるのは危ない。持っていると狙われる。使い方を知らない者は、
変な酒や博打に流れることもある。
ならば、働いて得た銭を、自分の暮らしを良くするものに使わせる。
それが良い。
「ただし、順番待ちや」
博之は付け加えた。
「布団屋にも一気に負担をかけへんようにする。仕入れすぎても角が立つ」
この冬、まずは一定数だけ仕入れる。
幹部や古参向けの良い布団。
下の者向けの中古布団。
必要な者から申し込ませる。
代金はその場で払える者は払う。無理なら給金から少しずつ引く。
「でも、借金漬けにはせん」
博之は言った。
「寒さをしのぐためのものやからな」
そして、もう一つ。
紋付き袴を五十着ほど作る話も進める。
丸に井の印を入れた、伊勢松坂屋の正式な装いだ。寺社や城下、九鬼水軍への挨拶に出る者、
古参や幹部、客前に立つ者に着せる。
これは売るものではない。
仕事のための装いとして、必要な者に持たせる。
布団は、従業員が自分で買う生活用品。
紋付き袴は、伊勢松坂屋としての顔。
そこは分ける。
計算し直すと、十三万五千文あった黒字は、布団の仕入れと紋付き袴の支払いで大きく減った。
最終的に、増える銭は一万五千文ほどに落ち着く。
博之はようやく少し安心した。
「よし、これぐらいでええ」
ヨイチは呆れた顔をする。
「普通は十三万五千文残ったら喜ぶんやで」
「喜んでる」
「全然そう見えへん」
「銭は使ってこそや」
博之は帳面を閉じた。
布団を仕入れる。
だが、配るのではない。
働いた者が、自分の銭で、少し良い眠りを買う。
町の布団屋にも銭が回る。
伊勢松坂屋の中にも暮らしが整う。
「施しすぎたら、人は弱くなる」
博之は静かに言った。
「でも、使い道を作れば、人は自分で暮らしを整えられる」
お花はその言葉を聞いて、穏やかに頷いた。
「それは、良いことだと思います」
十一月の風は冷たくなっていた。
冬は近い。
だが、伊勢松坂屋の者たちは、自分の稼ぎで布団を買い、少しずつ寒さに備えようとしていた。




