豚汁屋が回り始める。孤児に薪の調達を任せる。湯あみをし、着るものを最低限整える。一歩ずつ確実に。
翌朝は、少しだけ静かだった。
まだ客の気配はない。昨日の残りの豚汁を温め直しながら、俺は火加減を見ていた。
鍋の底を焦がさないように、ゆっくりとかき混ぜる。
「ほら、食え」
椀によそって差し出すと、少年は少し驚いたような顔をしたが、すぐに両手で受け取った。
「……いいのか?」
「働くやつには食わせる。それだけだ」
それ以上は言わない。少年は黙って汁をすすり、握り飯にかぶりついた。
その様子を見ながら、俺は次の段取りを頭の中で組み立てる。
――まずは、燃料だ。
「いいか。これからお前にやってもらうことがある」
少年が顔を上げる。
「薪を買ってこい。毎日だ」
「……薪?」
「ああ。これがねえと何もできねえ。飯も炊けねえし、汁も煮えねえ」
俺は銭を十五文取り出して、少年に渡した。
「だいたい十文で一日分は買える。残りの五文は……まあ、お前の駄賃にしていい」
少年の目が、わずかに見開かれる。
「……ほんとに?」
「ただしだ。ちゃんと買ってこい。ごまかしたら終わりだ」
少しだけ強めに言う。
少年は小さくうなずいた。
「……わかった」
「場所はわかるか?」
首を横に振る。
やっぱりな、と思う。
「じゃあ、最初だけ連れてく。明日からは一人で行け」
俺は立ち上がり、少年を連れて町の外れへ向かった。薪を扱っている小さな露店に着き、
実際に買わせる。値段を見せ、量を確かめさせる。
「いいか、これくらいで十文だ。覚えろ」
「……うん」
帰り道、荷を少年に持たせる。
最初はふらついていたが、なんとか持って歩いている。
――まあ、これくらいはできるな。
店に戻ると、すぐに次の指示を出す。
「次だ。客が来たら、これを渡す」
椀と握り飯を見せる。
「俺がよそう。お前は運べ」
「……うん」
「落とすなよ。落としたら損だ」
「……気をつける」
簡単なことだが、これで一人分の手が空く。仕込みと火の管理に集中できる。
しばらくして、客が来始めた。
昨日と同じ顔もいれば、初めての顔もいる。少年はぎこちない動きながらも、言われた通りに椀を運ぶ。何度かこぼしそうになりながらも、必死に食らいついている。
昼前には、ひと段落した。
「よし、一回休むぞ」
俺は火を弱めて、腰を下ろした。
「……休んでいいのか?」
少年が恐る恐る聞く。
「ああ。ずっとやってたら潰れる」
立ち上がり、手で合図する。
「行くぞ。湯浴みだ」
「……湯浴み?」
「体洗うとこだ。臭えままじゃ客も寄りつかねえ」
近くの湯屋に向かう。簡素な造りだが、湯はある。二人で体を流し、汗と汚れを落とす。
湯から上がると、俺はそのまま服屋の前に立った。
「お前も、俺も、これじゃダメだ」
自分のボロ布をつまんで見せる。
「店やるなら、それなりの格好しねえと舐められる」
店主に声をかけ、手頃な古着を見繕う。
「……これ、いいのか?」
少年が戸惑う。
「出す。ここまでは面倒見る」
「……なんで」
まっすぐな目で聞いてくる。
俺は少しだけ間を置いてから答えた。
「投資だ」
少年は意味が分からないという顔をする。
「恩に感じるなら、裏切るな。それだけでいい」
「……わかった」
その返事は小さかったが、嘘ではなかった。
店に戻ると、すぐに準備を再開する。
薪を積み、鍋を火にかける。
「いいか。今日の分は全部売り切るぞ」
「うん」
「終わったら、片付けて、明日の仕込みだ。それからだ」
一つずつだ。焦るな。
その時、少年が少し迷うように口を開いた。
「……あのさ」
「なんだ」
「他のやつも、呼んでいいか?」
やっぱり来たか、と思う。
俺は周りを見渡す。
まだ小さな店。鍋も一つ。回せる人数は限られている。
「この状況、見てみろ」
少年も視線を追う。
「まだ余裕ねえだろ」
「……うん」
「それにな、人数増やせばいいってもんじゃねえ。女も混じってきたら、余計ややこしくなる」
正直なところも混ぜて言う。
「……そうか」
「抱えられる分だけだ。無理に増やしたら、底が抜ける」
鍋を指さす。
「こいつと一緒だ。入れすぎたら溢れるだろ」
少年は黙ってうなずいた。
「残ったら、握り飯くらいは渡してもいい。だが、それは責任を持てる範囲だけだ」
「……責任?」
「食わせるってのは、面倒見るってことだ。適当にやるな」
少しだけ強く言う。
少年は背筋を伸ばした。
「……わかった」
その顔を見て、俺は火加減を調整する。
――とりあえず、やっていけそうだな。
まだ小さい。だが、回り始めている。
「よし、いくぞ」
鍋が煮立つ。
匂いが広がる。
客がまた、集まり始めていた。




