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ご飯会のあと、博之は婚活もどきの紅葉会を提案する。みんな店で完結しすぎや。宗教になる。孤立する。町のものと交流しろ

天ぷら定食と布団の話でひとしきり盛り上がったあと、博之は少し声の調子を変えた。

「まあ、あとあれやで」

 皆が箸を置き、博之を見る。

「三月に、ほんまボロ小屋で飯屋始めた俺が言うのもなんやけどな」

 博之は苦笑しながら続けた。

「うちは元々、居場所のない者の集まりみたいなもんやったやんか」

 ヨイチも、お花も、侍たちも、黙って頷いた。

 孤児。未亡人。流れ者。食い口を失った者。行く先のない者。

 伊勢松坂屋は、そういう者たちを拾いながら大きくなってきた。

「最近は、少し格好がついてきたから、そうじゃないやつも入ってきとる」

 博之は言う。

「でも、元はそうや。せやから、そういう者らは大事にしていかなあかんと思っとる」

 お花が静かに言った。

「はい」

「ただな」

 博之は少し間を置いた。

「最終的に、みんな伊勢松坂屋にずっとおるんかと言われたら、それはそれで、どうなんやと思う

俺もおる」

 ヨイチが首を傾げる。

「ええやん。おったら」

「もちろん、おってもええ」

 博之はすぐに言った。

「中で結婚するのも、ありやと思う」

 そこで少し眉をひそめる。

「でもな、みんながみんな中で完結してもうたら、それはもう宗教や」

 その言葉に、数人が吹き出した。

「宗教て」

「いや、笑いごとちゃうぞ」

 博之は真面目だった。

「飯もある、寝床もある、湯浴みもある、布団もある。最近は中におるのが心地よくなりすぎとる」

 お花は少し考え込むように視線を落とした

「確かに、外に出る理由が減っていますね」

「そうや」

 博之は頷く。

「町のもんとも交流せなあかん」

 結婚しろ、と言いたいわけではない。

 だが、外とのつながりは必要だった。

「だから、きっかけ作りや」

「きっかけ?」

「季節もええ。紅葉や」

 博之は少し表情を明るくした。

「弁当持って、紅葉見でもやろうかと思っとる」

 ヨイチが目を丸くする。

「紅葉見?」

「せや。女衆に握り飯二つと弁当を持たせる。ひと組六十文くらいやな」

「売るんか」

「売る。無料にしたら、またややこしい」

 博之は真顔で言う。

「城下の若い衆や、職人、小商人、その辺に声かけて、一緒に飯食う場を作る」

 お花が少し笑う。

「慰労会のようなものですね」

「そうそう。縁談言うたら重い。まずは飯食って、顔を覚える会や」

 侍の一人が頷いた。

「それなら自然やな」

「武家との縁も、いずれはあるかもしれん」

 博之は続けた。

「北畠様や九鬼様のところへ弁当持っていく時に、女衆に持たせるというのも考えられる」

 だが、すぐに首を振る。

「でも、それはいきなりは危ない」

「荒い者もおるからな」

「せや」

 まずは松坂の城下。

 顔の見える相手。

 お花や侍の目が届く範囲。

 そこから始めるのが安全だった。

「別に、着物屋や小物屋に買い物へ行くでもええねん」

 博之は言った。

「ただ、公式というか、こっちで場を作ってやるのも悪くないかなと思ってな」

 場の空気が少し明るくなる。

 子ども上がりの女の子たちは顔を見合わせて、少し照れている。未亡人たちも、表情こそ

 落ち着いているが、どこか楽しそうだった。

「紅葉見かあ」

「弁当持って行くんやろ」

「着物、どうしよう」

 そんな小さな声が聞こえる。

 ヨイチが博之を見て、にやりと笑った。

「旦那、自分の嫁のことは全然考えへんくせに、人のことは考えるんやな」

「うるさいわ」

 博之は即座に返した。

「俺は店が嫁みたいなもんや」

「またそういうこと言う」

 ヨイチが笑い、侍たちも吹き出す。

「でも俺が若い女の子を手当たり次第嫁にしてたら、それはそれでみんな変な顔するやろ」

「それはする」

 ヨイチは即答した。

 お花も笑いをこらえながら言う。

「それは、少し困りますね」

「ほら見ろ」

「でも、旦那は奥手やからな」

 ヨイチが追い打ちをかける。

「どうせ、何かあっても中途半端に距離取るんやろ」

「めちゃめちゃ馬鹿にしてくるやんけ」

 博之が抗議すると、場は大きく笑いに包まれた。

 笑いが落ち着いたところで、お花が静かに言った。

「でも、良いと思います」

「ほんまか」

「ええ。女衆にも、町を知る機会が必要です」

 侍も頷いた。

「男衆にもええ。伊勢松坂屋の者が、どういう者か知ってもらえる」

「ほな、やるか」

 博之は決めた。

「まずは小さくやる。城下の若い衆に声をかける。酒は少なめ。侍とお花さんが見守る。

変なことしたやつは出禁や」

「出禁て何や」

「うちの飯を食わせん」

 ヨイチが笑う。

「それはきついな」

「きついやろ」

 博之も笑った。

 紅葉見の弁当会。

 名目は慰労。

 中身は、外とつながるための小さな試み。

 それがうまくいけば、伊勢松坂屋の者たちは、ただの雇われ人ではなく、町に根を下ろす

 人間になっていく。

 博之は、少し照れくさそうに言った。

「飯だけやと、人は生きられる。でも、根は張れへん」

 皆は静かに頷いた。

 火の明かりの中で、新しい企画がまた一つ決まった。

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