10月下旬に飯会を開催する。前回好評だったので期待が膨らむ。野菜の天ぷら定食と親子丼。その他布団の話
月末になると、博之はまた古参の幹部連中を屋敷に呼んだ。
「今日は飯会や」
その一言を聞いた時点で、ヨイチもお花も、侍たちも、子ども上がりの古参たちも、
どこかそわそわしていた。
この前は親子丼や弁当が出た。あれが思いのほかうまかったものだから、
今回も何かあるのではないかと、皆が勝手に期待していた。
「また新しい飯ですか」
お花が少し笑いながら聞く。
「まあ、試しや」
博之はそう言って、下働きの者たちに指示を出しつつ、自分でも火の前に立った。
今日は、菜種油を使う。
油が少しずつ流通するようになり、まとまった量を手に入れられるようになった。とはいえ、
まだまだ贅沢品に近い。だからこそ、いきなり店で出す前に、まず幹部連中に食わせて反応を見る。
小麦粉に卵を混ぜ、水で溶く。
野菜には塩を少し振る。
ごぼう、なす、大葉、山菜、しいたけ。さらに小エビも少し用意した。
油が温まると、鍋の中で衣がじゅっと音を立てる。
「なんや、めっちゃええ匂いやん」
ヨイチが、まだ飯が並ぶ前から覗き込んできた。
「危ないから近寄るな」
「いや、これ絶対うまいやろ」
油の香りと、野菜の甘い匂いが屋敷に広がる。そこへ別の鍋では親子丼の具も温められていた。
鶏と卵、出汁の香り。前に食べた者たちは、その匂いだけで顔が緩む。
やがて膳が並んだ。
一つは親子丼。
もう一つは、たくあん混ぜ込み飯に、野菜のかき揚げ、ごぼうのかき揚げ、なすの天ぷら、
大葉の天ぷら、山菜の天ぷら、しいたけの天ぷらを添えたもの。
さらに、別皿に小エビのかき揚げ。
つけだれは、味噌だまりの上澄みと、豚汁に使う野菜出汁を合わせたものだった。
「……なんやこれ」
侍の一人が思わず呟いた。
「めちゃくちゃうまそうやないか」
お花も、目を細める。
「見た目もきれいですね」
大葉の緑、なすの紫、かき揚げの薄い黄金色。いつもの豚汁や団子とは違う、少し華やかな飯だった。
「ほな、食うてみてくれ」
博之が言うと、皆が箸を伸ばした。
最初に声を上げたのはヨイチだった。
「……さくさくや」
「せやろ」
「なんやこれ。油で揚げただけやのに、全然違う」
侍がごぼうのかき揚げを食べて頷く。
「これは酒にも合いそうやな」
「酒はほどほどや」
博之がすかさず言うと、場に笑いが起きた。
しいたけの天ぷらを食べたお花は、少し驚いたように言った。
「香りが強いですね。出汁だけでなく、こうして食べてもおいしい」
「それは当たりやな」
博之も満足げに頷く。
小エビのかき揚げは、さらに評判が良かった。
「これは高く売れるで」
ヨイチが言う。
「海のもんが入ると、やっぱり違う」
皆が食べる様子を見て、博之は少し照れたように頭をかいた。
「だんだん、旦那は料理人の才能あるんちゃうかと思ってきたわ」
侍がそう言うと、博之は笑った。
「才能というより、うまい飯が食いたい気持ちが強いだけや」
「それが才能ちゃうんか」
「まあ、天ぷらはだいぶ考えた」
胡椒があれば面白いかもしれない。だが、高すぎる。店で出すなら、塩と出汁だまりで
勝負するしかない。
「これは城下向けやな」
博之は言った。
「親子丼は六十文。天ぷら定食は八十文。小エビのかき揚げを足したら百文」
「百文!」
子ども上がりの古参が目を丸くする。
「強い値やな」
「油が高い。小麦粉も卵も使う。毎日食う飯やない」
博之ははっきり言った。
「たまの贅沢や」
ヨイチは皿を見ながら頷いた。
「でも、食うやつおるで」
「ほんまか」
「幹部のわしらでも、たまにはこういう飯食いたいと思うもん」
お花も静かに続ける。
「祝いの日や、よく働いた日の褒美なら、頼む人はいると思います」
「毎日は無理やけどな」
侍も笑う。
「逆に、毎日食える値段やないから良いんやろ」
博之はその言葉を聞いて、少し安心した。
飯の話が一段落したところで、次は布団の話になった。
「そろそろ寒くなる」
博之は切り出した。
「布団をどうするかや」
皆が少し真面目な顔になる。
「幹部連中には、運搬料込みで二千五百文のものを用意しようと思う」
「二千五百文……」
「若い衆には、少し落ちるけど千五百文」
ヨイチが眉を上げる。
「高ないか?」
「高い」
博之はすぐに認めた。
「布団屋で自分で買えば、その半分か三分の一で済むかもしれん」
「なら、なんでそんな値段にするんや」
「うちだけで安く回したら、布団屋の角が立つ」
博之は言った。
「それに、運搬も保管も見立てもある。郊外まで持ってくる手間もある」
お花が頷く。
「女衆の中には、一人で布団屋へ行って買い、運ぶのが難しい者もいます」
「そこや」
博之はお花を指した。
「男衆は、自分で行って買って担いで帰るかもしれん。けど、女衆や若い子には面倒やし不安もある」
「それなら買う人はいますね」
お花は静かに言った。
「高くても、ここで選んでもらえて、寝床まで届くなら」
ヨイチがまた呆れた顔になる。
「旦那、また分かってへんようで分かってるな」
「どっちやねん」
「でも、寒い時にええ布団あったら、みんな欲しがるで」
「それは困る」
博之は真顔で言った。
「順番待ちや。布団屋と相談しながら量を調整する」
「また商売が増えたな」
「増やしたくて増やしてるわけやない」
博之がそう言うと、皆が笑った。
天ぷら定食。
親子丼。
冬の布団。
飯も暮らしも、少しずつ贅沢になっていく。
けれど、それはただの贅沢ではなかった。
働いた者が、少し良い飯を食える。
寒い夜に、少し良い布団で眠れる。
そういう場所に、伊勢松坂屋はなりつつあった。




