10月、城下に2つ目の横丁を開き、芸人を呼びにぎやかしを作る。思わぬところから反響が来る。着物屋や寝具屋、湯あみや等
北畠様の許しを得てからの博之の動きは、早かった。
城下にもう一筋、横丁を作る。そう決めた以上、半端に出して様子を見るより、
今ある形をそのまま移す方がよい。博之はそう考えていた。
「やることは変えへん。今あるもんを、そのままもう一筋に出す」
豚汁、団子、鶏串、田楽、魚の塩焼き。そこに漬物屋を加える。
親子丼はまだ早い。卵の数も安定していないし、味もまだ詰め切れていない。
だから今は看板にしない。
「親子丼はまだ奥に置いとく。今は横丁そのものを覚えてもらう方が先や」
博之はそう言って、人を割り振った。
城下の新しい通りに小屋を並べ、火を入れ、鍋を置き、串を打たせる。漬物屋には、たくあん、
かぶ漬け、なすの浅漬けを少しずつ並べた。派手さはないが、飯に添えるにはちょうどいい。
さらに、市の日には芸人を呼ぶ。
琵琶法師か、弾き語りか、曲芸か。細かいところは任せるとして、とにかく人が足を止めるものを
用意した。
「今回だけやで。毎回やるわけちゃうからな」
そう触れ回らせながらも、従業員たちには、しっかり噂を広めさせた。
「今度の市の日、伊勢松坂屋が芸人呼ぶらしいで」
「飯も出るし、田楽もうまいらしい」
「鶏串もあるで」
そんな声が、城下のあちこちで聞こえるようになった。
そして当日。
新しい横丁には、以前にも増して人が集まった。
芸人の声に足を止める者。琵琶の音に引かれて近寄る者。子どもを連れて覗きに来る者。
そこに豚汁の匂い、田楽の味噌の香り、鶏串の焼ける匂いが重なる。
「せっかくやし、一本食うか」
「豚汁もあるんか」
「飯屋にしては賑やかやな」
売上だけで言えば、最初から大きな黒にはならない。芸人代もかかるし、人の整理にも手が取られる。
おそらく、立ち上げとしてはトントンに近い。
だが、それでよかった。
この日は、稼ぐ日ではなく、覚えてもらう日だった。
伊勢松坂屋は、市の日に何かやるかもしれない。
あそこの飯はうまい。
気前がいい。
そういう噂が立つだけで十分だった。
「今回だけや言うてるのに、次もあると思われてるな」
ヨイチが笑う。
「まあ、それでええ」
博之も苦笑した。
「期待されるのは悪いことやない。毎回やるとは言わんけどな」
その数日後、思わぬところから反応が来た。
布団屋の主人が、わざわざ博之の屋敷まで訪ねてきたのである。
「いやあ、伊勢松坂屋さんには世話になってますわ」
博之は首をかしげた。
「うちが、ですか」
「そちらで働いてる者が、布団や枕を買いに来るんですわ。それも、前よりええものを買う」
「ああ……」
博之は思い当たった。
以前、幹部たちと話して、給金を町に落とすようにと言った。その流れで、
下の者たちが湯浴みや着物、寝具を買うようになっていたのだ。
「飯と寝る場所は用意してますけど、まあ、自分の布団くらいは持ちたいでしょうしね」
「それがありがたいんですわ」
布団屋はにこにこと笑い、幾ばくかの布団と毛布を置いていった。
「これはまあ、お礼です。古いものも混じってますが、使えるものです」
「いや、そんな」
「ええんです。これからもよろしく頼みますわ」
博之は頭を下げながら、内心で少し驚いていた。
銭を町に回す。
それが、こういう形で返ってくるとは思っていなかった。
湯浴みの方も同じだった。
湯屋の者が、最近は伊勢松坂屋の者がよく来ると、上機嫌で話していた。着物屋も、
古着や普段着がよく売れると言っている。
ただし、良い話ばかりでもない。
「ちょっと混みすぎてる時があるんですわ」
湯屋の者にはそう言われた。
「一度にどっと来られると、他のお客さんが困る時もあります」
「それはすみません」
博之は頭を下げた。
寝具も同じで、買いに行く者が増えれば、店側の在庫も揺れる。自前で簡易の寝具や予備布団を、
ある程度蓄えておく必要があるかもしれない。
「全部外に任せるのも、また違うな」
博之はそう思った。
町に銭を落とすことは大事だ。だが、急に人を流しすぎると、町の側も困る。
塩梅がいる。
その夜、博之はまた帳面を広げた。
城下の新しい横丁の立ち上げ費用。芸人代。警備の手当。食材の仕入れ。漬物の売れ行き。
布団屋から受け取った品の価値。湯屋への配慮。
数字だけでは見えないものが増えている。
それでも、数字にしなければ判断できない。
「……またやること増えたな」
博之は苦笑しながら筆を取った。
だが、悪い気分ではなかった。
横丁は根を張り始めている。
町に銭が回り、町から礼が返ってくる。
それは、伊勢松坂屋が少しずつ松坂の一部になっている証でもあった。




