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10月初旬。松坂城下に横丁をもう一つ作る。にぎやかしに芸人を呼ぶために北畠様の許可を取りに行く。

10月初旬。次に作るのは、松坂の城下にもう一筋の横丁だった。

郊外の横丁二つは回っている。城下の横丁も、ようやく形になってきた。

ならば、城下でもう一つ筋を作る。博之はそう考えていた。

ただし、最初からうまくいくとは思っていない。

「どうせ、立ち上げはトントンや」

 帳面を見ながら博之が言うと、ヨイチは苦笑した。

「まあ、今まで見ててもそうやな。最初からどかんとはいかん」

「せやからな」

 博之は少し考えてから言った。

「芸人でも呼ぼうかと思ってる」

「芸人?」

「琵琶法師でもええし、弾き語りでもええ。曲芸でもええ。とにかく人が足止めるもんや」

 ヨイチは少し目を丸くしたあと、すぐに笑った。

「ああ、それええな」

「ええか」

「ええやろ。新しい横丁作っても、どうせ最初は暇や。だったら賑やかして、

 みんなの暇つぶしになればええ」

 博之は頷いた。

「二回やる。最初の市と、次の市や」

「二回か」

「城下の横丁が二つになるから、朝の部と昼の部に分けてもええ。芸人にも回ってもらう」

「で、いくら使うんや」

「六千文」

 ヨイチが一瞬、固まった。

「六千文?」

「二回分や。芸人代、滞在費、飯代、警備の手当、ちょっとした振る舞いも込みや」

「……結構使うな」

「使う」

 博之はあっさり言った。

「けど、これは遊びやない。城下に“ここに人が集まる”って覚えさせる銭や」

 ヨイチは腕を組み、しばらく考えてから頷いた。

「まあ、広告やな」

「そういうことや」

 ただし、城下で人を集める以上、勝手にやるわけにはいかない。揉め事になれば、

 横丁どころではない。

「北畠様には、筋通しとく」

 博之はそう決めた。

 持っていくのは二千文。それに、弁当。

 以前、九鬼水軍に挨拶へ行った時と同じように、飯屋は飯を持っていく。たくあん混ぜ込みの握り飯、 

 鶏串、味噌田楽を入れた弁当を用意した。

 翌日、博之は侍を連れ、城下の役所へ向かった。

 家臣に取り次がれると、相手は博之を見るなり、少し笑った。

「最近、伊勢松坂屋はよう聞くな」

「ありがたいことです」

 博之は頭を下げた。

「郊外だけやなく、海道沿いにも店を出したそうやな」

「はい。まだぼちぼちですが、なんとかやらせてもらっております」

「で、今日は何用や」

 博之は二千文の包みを差し出した。

「城下で、もう一筋横丁を作ろうと思っております」

「また横丁か」

「はい。ただ、立ち上げの折には客足も読みづらく、商いもすぐには安定しませんので……」

 そこで一拍置く。

「市の日に、芸人を呼ぼうかと考えております。琵琶法師や弾き語り、曲芸のようなものを少し。

 客寄せと、町の賑わいになればと思いまして」

 家臣は少し考え、それから肩をすくめた。

「まあ、あれやな。皆、暇しとるからな」

「ありがとうございます」

「市の日ぐらいならええやろ。ただし、揉め事だけは起こすな」

「心得ております」

「酒は出しすぎるなよ」

「そこも気をつけます」

 博之が頭を下げると、家臣はふと横の包みに目をやった。

「で、それはなんや」

「弁当でございます」

「弁当?」

「海道沿いで始めておりまして」

 博之は弁当箱を開けた。

「こちらが、たくあんを細かく刻んで混ぜ込んだ握り飯です。こちらが、横丁で売っております

 味噌田楽と鶏串。それを握り飯と合わせ、笹でくくって持ち運べるようにしたものです」

 家臣は面白そうに覗き込んだ。

「ほう。握り飯は食い飽きとるが……これは少し違うな」

 一つ手に取り、かじる。

「……うまいな」

「ありがとうございます」

「たくあんを混ぜるだけで、こんな変わるか」

「旅の途中でも食べやすいように、塩気を少し効かせております」

「これは陣中食にも良さそうやな」

 家臣は鶏串も口にした。

「ふむ。飯屋としては、なかなか考えとる」

 そして、二千文の包みに目を戻す。

「まあ、商売も上手くいっとるようやし、筋も通しとる。揉め事さえ起こさんなら、好きにやれ」

 博之は深く頭を下げた。

「ありがとうございます」

「ただし、あまり騒がしすぎるなよ」

「はい。町に迷惑がかからぬようにいたします」

 話は思ったより穏やかに済んだ。

 城を出て、しばらく歩いたところで、同行していた侍が言った。

「おおむね、うまくいきましたな」

「そうやな」

 博之はほっと息を吐いた。

「弁当、効いたな」

「飯を持っていくのは、やっぱり強いですね」

「うちは飯屋やからな」

 そう言いながら、博之は城下の通りを見た。

 ここにもう一筋、横丁を作る。

 最初は賑やかしからでいい。芸人を呼び、人を止め、団子を売り、田楽を焼き、鶏串の匂いを立てる。

 そのうち、客は横丁の場所を覚える。

 「あそこに行けば何かある」と思うようになる。

 それが定着すれば勝ちだった。

「地道に商いやな」

 侍が言う。

「派手に見えて、やることは地味や」

 博之は苦笑した。

「飯を作って、人を集めて、揉めんようにして、また飯を作るだけや」

 けれど、その積み重ねで横丁は増えてきた。

 郊外から城下へ。

 城下から海沿いへ。

 そしてまた、城下にもう一筋。

 博之は帰り道、次の支度を頭の中で並べ始めていた。

 芸人を探す。

 場所を整える。

 警備をつける。

 弁当を多めに仕込む。

 団子と田楽を切らさない。

 酒は控えめにする。

 やることは山ほどある。

 それでも、許しは得た。

 あとは動くだけだった。

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