9月3週目。淡々と人を取り、見極める日々。同時並行で養鶏場や弁当箱を準備して次の策に備える
九月の一週目から、さらに二週間ほどが過ぎた。
夏の暑さはまだ残っているものの、朝晩の空気には少しだけ秋の気配が混じり始めていた。
けれども、伊勢松坂屋本店のまわりだけは、相変わらず慌ただしい。
博之は、また人を集めていた。
「郊外で二十人、城下で十人や」
帳面を見ながら、そう呟く。
ヨイチが隣で苦笑した。
「また結構採るな」
「採らな回らん」
博之はすぐに答えた。
横丁は増え、城下の店も動き始め、さらに港方面や街道沿いの構想まである。弁当、漬物、鶏、田楽、魚、団子。やりたいことは増える一方だった。
だが、人は簡単には育たない。
「どうせ三割は辞める」
博之は淡々と言う。
「またそれか」
「それや」
ヨイチも、もう驚かない。
新しく雇えば、三割は抜ける。しんどい、思っていたより忙しい、飯屋なのに薪を運ばされる、
掃除もある、先にいる孤児や未亡人に頭を下げるのが嫌だ――理由はいくらでもある。
だが、それでいい。
「残るやつを探すんや」
博之は言った。
「最初から完璧なやつなんか、そうそう来ん。逃げへんやつ、盗まへんやつ、嘘つかんやつ。
そこからや」
採用は、前よりも丁寧になっていた。
飯と寝る場所は用意する。湯浴みと着物も最低限は出す。だが、最初から高くは扱わない。
先にいる者を馬鹿にしないこと。下働きを嫌がらないこと。そこを何度も確認した。
一方で、店の裏では新しい準備も進んでいた。
竹を割り、曲げ、簡単な弁当箱を作る。
笹を集め、おにぎりを包むために使う。
漬物用の桶も増やした。たくあんだけではなく、かぶ、なす、きゅうり、大葉、梅。
できるものから試していく。
そして、ついに養鶏の準備にも手をつけた。
「場所は郊外やな」
博之はそう判断した。
「城下で鶏はうるさい。臭いも出る。揉める」
そこで、郊外に小さく場所を取り、鶏を仕入れた。最初から大きくはしない。まずは世話が
できる者を探し、餌をどうするか、卵がどれくらい取れるかを見ながら進める。
「これも失敗するかもしれん」
博之は言う。
「でも、失敗せんと分からん」
ヨイチは笑った。
「旦那、最近そればっかやな」
「商売なんか、だいたいそれや」
数字の方は、思っていたより悪くなかった。
九月一週目の時点で、手元の銭は十四万二千文ほどあった。そこから二週間で、
利益はざっくり十万文出た。
横丁、城下、弁当の試し売り、漬物、魚、田楽、鶏。全部が少しずつ回っている。
だが、出ていく金も大きい。
人を雇えば、湯浴み、着物、寝具がいる。飯も食わせる。新しい道具もいる。竹細工、漬物桶、
養鶏場の準備、鶏の仕入れ、屋敷の家賃、備蓄。
諸々を合わせると、この二週間で五万五千文ほどが消えた。
「利益は十万。出費が五万五千」
博之は帳面に筆を走らせる。
「増えた分は、四万五千八百文くらいやな」
ヨイチが目を丸くする。
「それでも増えとるんやな」
「増えとる」
博之は頷く。
「けど、油断したらすぐ消える」
新しく人が増えたため、郊外に屋敷を二つ借りることになった。住む場所がなければ、
人は定着しない。働かせるなら、寝る場所と食う場所は必要だ。
その屋敷にも、それぞれ蓄えを置く。
米、味噌、塩、干物、たくあん。いざという時の予備費も入れる。
「屋敷ごとに備える」
博之は言った。
「一か所に集めたら、火事でも盗みでも終わる」
お花が静かに頷く。
「分けることで、守るんですね」
「そうや」
最終的に、手元には十七万文ほどが残った。
ただ、それは単に銭だけの話ではない。
各屋敷には食料と予備費が入り、漬物桶が並び、竹の弁当箱が積まれ、鶏が鳴き始めた。
人も増えた。
逃げる者もいるだろう。
だが、残る者もいる。
その残る者たちが、また次の店を回していく。
夜、屋敷の外で鶏の声を聞きながら、博之は空を見上げた。
「……ほんまに、でかくなってきたな」
最初は、ただ自分が腹を満たすためだった。
それが今では、何十人もの飯になり、町の道になり、次の商売の種になっている。
九月の風が、少し涼しくなってきた。
博之は帳面を閉じる。
「まずは一年」
前にも言った言葉を、もう一度口にする。
「一年、崩れんように回す」
そのために、今日も人を集め、物を蓄え、飯を作る。
伊勢松坂屋本店は、また一つ、大きくなっていた。




