伊勢松坂屋本店の今後を話す打ち合わせ。伊勢の松坂周辺の進出計画を話す。
ある日の夜、博之は初期から残っている面々を屋敷に集めた。
ヨイチ、お花、最初に拾った子どもたち、そして最初の方に雇った侍たち。
人数は増えたが、この場に呼んだのは、博之が「腹を割って話せる」と思っている者たちだった。
火を囲み、簡単な飯を食い終えたあと、博之は膝の上に紙を広げた。
「今日は、ちょっと先の話をする」
ヨイチが首をかしげる。
「また店増やす話か?」
「まあ、そうや」
博之は苦笑する。
「今うちは、松坂の郊外に横丁が二つ。城下に一つ。だいぶ形にはなってきた」
お花が静かにうなずく。
「人も増えましたね」
「増えた。けど、まだ足らん」
博之は筆を取り、紙に大きく「松坂」と書いた。
「ここが本店や。これは変えへん」
その横に、ゆっくり線を引く。
「で、ここからどう伸ばすかや」
紙の上に三つの方向を書き込んだ。
一つ目は、伊勢。
二つ目は、海。
三つ目は、津。
「大きく分けると、この三つやと思っとる」
侍の一人が身を乗り出す。
「伊勢は、神宮の方か」
「そうや。人が多い。飯は売れる」
博之はうなずく。
「津は、港と町。物が動く。商売人も多いはずや」
「で、海は?」
ヨイチが聞いた。
「海産物や」
博之はすぐに答える。
「うちは飯屋や。魚、海藻、干物、出汁。この辺を押さえたい」
お花が少し考える。
「海藻というと、わかめやひじきですか」
「そうやな。昆布は遠い。けど、伊勢湾で取れるもんはある」
博之は紙に、松坂から海へ向かう線を描いた。
「だから、まずは港方面に一つ、拠点を出したい」
「伊勢より先にか」
ヨイチが少し驚く。
「ほんまなら、北畠様の勢力下の伊勢の方が筋はええ」
博之は認める。
「けど、今のうちに必要なんは魚や。出汁や。飯屋の根っこを強くするもんや」
その言葉に、場が少し静かになった。
博之は続ける。
「港方面に出す店は、三軒か四軒で考えとる」
紙に小さく丸を描く。
「鶏。田楽。団子。それと弁当や」
「弁当?」
子どもの一人が目を丸くする。
「せや。米を炊いて、田楽と鶏を詰める。たくあんも入れる」
ヨイチが「ああ」と頷く。
「街道沿いか」
「そうや。歩くやつ、荷を運ぶやつ、港に行くやつ。そういうやつらに売る」
侍が腕を組む。
「持って食えるのは強いな」
「せやろ」
博之は紙の上に、さらに小さな点を打つ。
「いきなり伊勢や津に行くんやない。その間に、小さい中継を作る」
線を引く。
「松坂から港。松坂から伊勢。松坂から津」
紙の上に、道が伸びていく。
「ここに一つずつ、飯が食える場所を作る」
お花が小さく息を吐いた。
「……話が大きくなってきましたね」
その一言で、皆がざわついた。
「港に店……」
「伊勢にも?」
「津って、遠いやろ」
子どもたちは顔を見合わせ、侍たちも黙って紙を見つめている。
博之は手を上げて、場を落ち着かせた。
「一気には無理や」
はっきり言う。
「人も足らん。金も、あるようで使えばすぐ消える」
紙を指で叩く。
「だから、順番や」
まず松坂を固める。
次に港方面。
その後、伊勢。
さらに余裕ができれば津。
「伊賀の話もあるけど、それはまだ先や」
侍の一人が笑う。
「旦那、もう国取りの話みたいやな」
「違う」
博之は即座に首を振った。
「国を取るんやない。道を押さえるんや」
いつもの言葉だった。
「飯があるところに、人は寄る。人が寄れば、物も話も寄る」
ゆっくりと皆を見渡す。
「うちはそれをやる」
ヨイチが、じっと紙を見ていた。
「……ほんまに、松坂から外へ行くんやな」
「ああ」
博之はうなずく。
「でも、ここが本店や。お前らが核や」
お花も、子どもたちも、侍たちも顔を上げる。
「だから今日は、頭に入れといてほしかった」
火がぱちりと鳴った。
誰もすぐには言葉を返さない。
ただ、その紙に描かれた線を見ていた。
小さな飯屋から始まったものが、道へ、海へ、伊勢へ、津へと伸びようとしている。
皆の胸の中に、不安と期待が同時に広がっていた。




