商いは順調やが人材確保が難しい。採用希望、採用まで行くが残らへん。城下の者の覚悟が足らん。
松坂の横丁が二つ、城下にも足場ができてからの二週間。商いは回っている。だが、回っているからこそ見えてくる歪みもあった。
「……城下のやつ、抜けすぎやな」
帳面を閉じながら、博之はそう言った。
郊外の横丁では六人、城下では五人。合わせて十一人が二週間で抜けた計算になる。
理由はだいたい同じだ。
「思ったよりしんどい」
「なんで薪までやらなあかんねん」
飯屋であることを忘れ、楽に稼げる場所だと思っていた連中だ。
ヨイチが鼻で笑う。
「甘いな」
「せやな」
博之も同意する。
「でもな、こっちも悪い」
ヨイチがちらりと見る。
「どういうことや」
「見た目や」
博之はゆっくり言った。
「横丁が整って、人もおって、飯も出る。そら、楽そうに見える」
「……確かにな」
「だから来るやつも、そのつもりで来る」
少し間を置く。
「それで、現実見て逃げる」
静かに結論を出す。
「採用、変える」
ヨイチが頷く。
「厳しくするんか」
「する」
はっきりと言った。
まず、条件は変えない。
飯は出す。寝るところも用意する。
だが、それだけではない。
「ちゃんと働けるか。裏切らんか。盗まんか」
これはこれまで通り。
そこにもう一つ、はっきりと加える。
「しんどいこともやる。それでも残れるか」
これを最初から言う。
そしてもう一つ。
「先におるやつに、敬意払えるか」
孤児も未亡人も侍もいる。
上下はある。
だが、それを理由に見下すやつはいらない。
「そこ守れへんやつは、いらん」
ヨイチがにやりと笑う。
「だいぶ絞るな」
「絞る」
その代わり、もう一つ決めたことがある。
「城下の給金、上げる」
「……ほんまか」
「ほんまや」
博之は即答する。
「同じ仕事でも、城下はしんどい。人も多いし、揉め事も増える」
それなら、その分は払う。
「おだちん上げる。その代わり、選ぶ」
シンプルな話だった。
ヨイチは少し考えてから頷いた。
「それなら納得するやつも増えるやろな」
「せやろ」
博之も頷く。
安い給金で人を集めて、すぐ辞められるより、多少高く払ってでも残るやつを選ぶ。
その方が、結果的に安定する。
「取り直しやな」
ヨイチが言う。
「せや」
博之は帳面を開き直す。
「抜けた分、もう一回入れる。ただし、今度はちゃんと見る」
城下の採用は、これまでより時間をかけることにした。
すぐに店に入れず、まずは横丁で様子を見る。
薪を運ばせる。仕込みを手伝わせる。掃除をさせる。
その中で、残るやつだけを上げる。
「選別やな」
「そうや」
博之は短く答える。
その日の夕方、早速数人が面接に来た。
「ここで働きたいんですが」
「ええで」
博之は淡々と答える。
「飯と寝るとこは出す」
相手の目を見る。
「その代わり、楽な仕事やないで。薪もやる。掃除もやる。それでもええか」
少し迷う顔。
「……やります」
「先におるやつ、バカにせんか」
「しません」
「逃げんか」
「逃げません」
博之はしばらく黙ってから頷く。
「ほな、一回入ってみ」
こうして、また少しずつ人が入れ替わっていく。
夜、火を囲みながら、ヨイチがぽつりと言った。
「だいぶ変わるな」
「変える」
博之は静かに言う。
「ここから先は、数だけやない」
横丁が二つ、城下に拠点が一つ。
もうただの飯屋ではない。
組織として、形を作る段階に入っていた。
「残るやつで回す」
博之はそう言って、箸を取った。
静かな夜だったが、その中に、次の段階へ進む確かな手応えがあった。




