採用活動の前に交流スペースで座談会をひらく。給金や看板、買付隊よりもコツコツ頑張って仲間を大事にできる奴が欲しいな
津での採用は、ひとまず落ち着き始めていた。
港の横丁も、郊外の横丁も、長野の若い衆が揉まれながら動くようになり、
最初のように「とにかく人を入れろ」という空気ではなくなった。
けれど、松阪も伊勢も、採用そのものを止められるわけではない。
北伊勢、信楽、名張、大和八木。
これからまた新しい拠点を立ち上げるなら、人はいる。
飯を炊く者、皿を洗う者、荷を運ぶ者、帳面を見る者、売り子、焼き手、火の番、子どもを見る者。
どれも足りなくなる。
博之は、交流スペースの端で茶を飲みながら言った。
「いきなり面接して、見て、断って、嫌われるよりな。まずは茶でも飲みながら、
うちってこういうところやでって話す方がええ気がするんよ」
ヨイチが頷く。
「採用前の説明会ですね」
「説明会って言うと堅いけどな。茶飲み話や。松阪でも伊勢でも、各地でやった方がええ」
お花も同意した。
「今の伊勢松坂屋は、外から見ると良いところばかり目立ちますからね。飯がある、
寝床がある、給金が良い、珍しいものが買える。そこだけ見て来られると、
後で合わないこともあります」
「そうやねん」
博之は、茶碗を置いた。
「まず言わなあかん。うちで働くのは、楽なことばっかりちゃうって」
その日、交流スペースには、働いてみたいという者が何人か来ていた。
若い男。
身寄りの薄い女。
前の店が潰れた料理人見習い。
買い付け隊に憧れている者。
伊勢松坂屋の棚に並ぶ信楽焼や伊勢小物を見て、目を輝かせている者。
博之は、彼らに向かってゆっくり話した。
「うちは飯と寝床は出す。給金も、悪くはないと思う。けど、その分、ちゃんと働いてもらう。
新しい拠点ができたら、そっちに行ってもらうこともある」
一人の女が聞いた。
「買い付け隊にも入れるんですか」
「入りたい人は多いな」
博之は苦笑した。
「でも、今の買い付け隊は距離が鬼や。伊賀まで行く組なんか、拠点に着くまで結構しんどい。
道も悪い。荷も重い。雨の日もある。女の人でも、かなり歩ける人じゃないときつい」
「女でも行けるんですか」
「行ける人は行ける。松阪まで定期便で来る子どもらも、頑張って歩いてきてるからな。
絶対無理とは言わん。けど、“伊勢松坂屋で働いたら綺麗な店で売り子だけできる”
と思って来たら、たぶん違う」
若い男が、棚に並んだ信楽焼を見て言った。
「でも、こんなにいろんなものがあるんですね。見てるだけで楽しいです。これをひょいひょい
買っていく従業員さんが羨ましいです」
博之は笑った。
「飯と寝床があるからな。金が減りにくいんよ」
「それなら、すごく働きたいです」
「いやいやいや」
博之は手を振った。
「金だけ聞いて働きたい、は弱いで」
男は少し驚いた顔をした。
「弱い、ですか」
「うん。給金が良いから来る。それは悪くない。誰だって食わなあかんし、銭は欲しい。
けど、金だけで来た人は、しんどくなった時に折れやすい」
博之は、周りを見渡した。
「うちは今、名前が通ってる。松阪でも伊勢でも、内宮でも、いろんなところで
知られるようになってきた。正直、俺がいなくても、普通の店としてはある程度回ると思う」
ヨイチが横から言う。
「新商品開発と揉め事処理以外は、です」
「そこ大事やな」
座が少し笑った。
「まあ、それでもな。名前があるから入りたい、楽そうだから入りたい、給金が良いから入りたい。
それだけの人より、コツコツやれる人がええ」
お花が続けた。
「最初は皿洗いかもしれません。飯炊きかもしれません。荷ほどきかもしれません。
棚の掃除かもしれません。でも、そこから役目は増えます」
博之は頷いた。
「飯がうまくなりたい。人と話せるようになりたい。帳面を覚えたい。荷運びをやりたい。
子どもらに教えたい。そういうのはええ」
別の女が小さく聞いた。
「仲間を大事にする、というのも必要ですか」
「それが一番いるかもしれん」
博之はすぐ答えた。
「うちは、変な店や。飯屋やのに、買い付け隊があって、回覧板があって、御礼札があって、
寺社の縁会があって、信楽焼を運んで、砂糖の道を探してる。だから一人で完結せえへん」
ヨイチが言った。
「誰かが炊いた飯を、誰かが運び、誰かが売り、誰かが帳面につけ、誰かが回覧板に書きます」
「そう。それで回ってる」
博之は、少し真面目な声になった。
「うちの名前に憧れるだけの人は、うちが落ち目になった時に頑張らずに辞めるかもしれん。けど、
仲間とコツコツやれる人は、しんどい時も一緒に考えてくれる」
交流スペースの空気が、少し静かになった。
棚には信楽焼。
壁には回覧板。
奥では女衆が茶を淹れ、子どもが皿を数えている。
外から見れば、賑やかで景気のいい店だ。
けれど中に入れば、地味な仕事の積み重ねでできている。
「だから、今日ここで決めなくてええ」
博之は言った。
「茶を飲んで、棚を見て、話を聞いて、合いそうならまた来てくれ。合わんと思ったら、
それでええ。いきなり働いて、嫌になって辞めるより、お互いその方がええ」
若い男が、少し考えてから言った。
「給金だけじゃなくて、続けられるか考えろ、ということですね」
「そうや」
「でも、飯はうまいんですよね」
「そこは任せろ」
博之は少し得意げに胸を張った。
お花がすぐ刺した。
「旦那様が作らなくても、今は皆が作れますけどね」
「そこは俺の手柄でええやろ」
「少しだけ」
「少しなんか」
場に笑いが戻った。
博之は、その笑いを聞いて少し安心した。
採用は、人を集めることではない。
同じ飯を囲める人を探すことだ。
伊勢松坂屋は、これからも広がる。
でも、名前だけで人を集める店にはしたくなかった。
「まあ、うちはこんなところや」
博之は茶を飲みながら言った。
「しんどい。けど、飯はある。寝るところもある。仲間もいる。あと、俺がしょうもないこと
言うたら、誰かが突っ込んでくれる」
ヨイチが即座に言った。
「そこは採用条件ではありません」
「大事やろ」
「まあ、大事かもしれません」
お花が笑った。
交流スペースには、穏やかな茶の香りが広がっていた。
採用は、面接より先に、まず茶飲み話から始まることになった。




